第三夜 元盗賊の男と元奴隷の妻の物語
二夜眠れた王子は、吟遊詩人をいたく気に入りました。
「吟遊詩人。お前の名を覚えてやろう。名誉なことだろう」
吟遊詩人は問い返します。
「王子は、これまで屠った者の名を覚えておいでですか?」
「死者のことを覚えておいてなんになる」
「ならば、わたしが名乗る意味はありません。王子が眠らなければ、今宵で死ぬかもしれないのですから」
言質をとられ、王子は何も言い返せませんでした。
吟遊詩人はまた、静かにうたい始めます。
ある町に盗賊の男がいました。
金の瞳を持つ剣の達人です。
善良な人からは盗まず、盗賊や詐欺師からものを盗む悪党専門の盗賊でした。
そんな男は、奴隷市場で一人の少女を見初めました。
鎖でつながれている奴隷の一人、藍の髪を持つ少女です。
青に一滴の墨を垂らしたような、夜空のような色に見惚れ、有金のすべてをはたいて少女を買いました。
男は盗賊から足を洗って大工の職につき、少女を妻にして、毎日妻に愛をささやきます。
そんな幸せの絶頂のときに悲劇は起こりました。
かつて男が財宝を奪った盗賊が、報復にきたのです。
家にある金品を奪い、妻もさらったのです。
男は妻を取り戻すため盗賊団のもとに行き、妻を解放してくれと訴えます。
盗賊の首領は、
妻を自由にしたいなら、おまえの命と引き換えだ。
と条件をつけます。
妻は夫と引き換えに助かっても嬉しくないと言って泣きますが、男は迷いませんでした。
金はいらない、有り金すべてなくすよりも、妻を失うほうが辛い。
男の覚悟を聞いて、盗賊の首領はならばと剣をふるい、妻を切ってしまいました。
財産も妻も失い、男は妻の亡骸を抱えて涙します。
何度も妻の名を呼んでも泣きます。
そして男もその場で殺されてしまうのでした。