ナイトメア
見覚えのある街だった。
そうだ。何度も来たことがある。
だから、どこに何があるか、どの駅で何線に乗り換えられるか、ちゃんと知っている。というより、俺はここで生活してるんだ。
隣には大学の頃の友人と、就職してからの同僚が一緒にいて、これからいつもの店に昼メシを食いに行くところだ。
え? ちょっとメンバーがおかしくないかって?
そりゃあだって、夢なんだもの。
これは夢だって、俺は分かっている。
でも妙にリアルな夢で、夢の中なのにちゃんと食事だってできるんだ。そういう夢、見ることないかい?
俺はよくあるんだよ。
街の風景も、道も、いつも同じで、だいたい一緒にいるメンバーも同じだ。特に仲がいい相手ってわけでもないんだが。そういうメンバーと日常に近い生活を送っている夢だ。
その日常の内容は時々不条理だったりはするんだけどね。
午前中は仕事してて、昼飯を食ってからは大学で講義に出てる・・・みたいな。まあ、夢だからな。
夢ってのは脳学者によれば、前日の経験の残渣——つまりジャンクファイルみたいなものを脳から一掃している状態なんだとか。
その考え方でいくなら、一緒にいるメンバーも「ジャンクファイル」ってわけだ。(笑)
今日の夢では、いつもの店がいっぱいで入れなかった。
仕方なく俺たちは別の店を探すべく、道の先へ行ってみることにした。
不思議なことに、そこから先の道には人がいなかった。商店街もなんだかさびれた雰囲気で、閉店している店ばかりだ。
「困ったな。メシ食うとこねーぞ?」
一緒にいるMがそんなことを言う。
「ハラ減ったなぁ。」
その時、向こうの角から人の集団がこちらに向かって曲がってきた。あっちに開いてる店があるのかな?
いや・・・、どうも動きがヘンだ。
ゆらゆら、よろよろとしているようなゆっくりした動き。
老人?
いや・・・、そうじゃない。全員顔がただれて膿のようなものを流している。顔の向きも傾いていて、手もただれている。中には首が胸の前に垂れ下がっている者までいる。
ゾンビ?
グルグルるル・・・
おああ、ぉあぉあ・・・
ベタン、ベタン・・・
いや・・・、なんつーか・・・。
思いっきりベタな悪夢・・・。
「おい。戻ろう。この先メシ屋もなさそうだし・・・。」
Mがごく日常的な声で言う。
いや、そういう問題ではないとも思うが、そこはまあ夢だから——。
俺たちは最初の店まで引き返そうと向きを変えて歩き出すが、いつの間にこんな遠くまで来てしまったんだろう。最初にいっぱいだった店はうんと遠くに見えた。
背後からゾンビが近づいてくるというのに、みんな歩いているだけだ。
「おい。追いつかれるぞ。急ごう。」
「うん、そうだな。」
やっとみんな走り始める。・・・が、体がゆっくりしか動かない。
グルる、グロロろロロ・・・
ぁおあ、おおあぉあ・・・
ゾンビたちが迫ってくる。
急げ!
もっと早く動かないと・・・!
なぜか最初の店にまでたどり着けば大丈夫な気がして、俺たちは懸命に走ろうとするが体がゆっくりしか動かない。
そのうち、小太りのSが転んだ。
振り向くと、ゾンビ集団はもうすぐそこまで来ている。
誰もSを助けようとしない。
俺も助けようとはしない。別にSとはそんなに親しいわけでもないんだ。
「うわああああ!」
というSの悲鳴にふり返ってみると、3匹くらいのゾンビがSにのしかかって噛みついていた。
逃げなきゃ!
逃げなきゃ!
・・・・・そこで俺は目を覚ました。
時計を見ると、まだ夜中の2時だ。
まったく・・・。なんて悪夢だ。
明日・・・じゃない、今日は大事な会議があるんだから、ちゃんと睡眠取らなきゃいけないのに・・・。
あのゾンビは、資料作成にギリギリまでかかって追い詰められた気分の表象なんだろうか? まったく・・・。
水でも飲むか・・・? と思ったが、寒い中キッチンまで行く気もせず、俺はまた羽毛布団の中に潜り込んだ。
暖かい。
程なく眠気が俺を心地よく包み込んだ。
MとOと俺の3人はもどかしい動きの身体を必死に動かして走っている。背後からはゾンビが追いかけてくる。
なに? 続き?
夢の続きを見るってことは時たまあるが、こんなに時間も場所も状況も寸分違わず続くなんてことは初めてだ。
なんで、こんな悪夢を見るんだ? 今日の午後は年明け早々の重要な会議なのに・・・。
ちゃんと寝れなかったら、会議中に睡魔に襲われちゃったりするかもしれないじゃないか。
Mが遅れだした。
「ま・・・待って・・・。息が・・・」
待ってなんかいられるか! こっちだって必死なんだ。
動け!
動け! 脚!
「うわあ!」
Mの悲鳴にふり返ると、Mがゾンビに捕まったところだった。
あんなゆっくりの動きのゾンビが、なんでこんなに近くまで?
Mに襲いかかるゾンビの集団の中に、血だらけのSの姿があった。
「ぎゃああああ!」というMの悲鳴を聞きながら、俺とOは懸命に足を動かして走った。
あと少し。
あと100mほどで、あの賑わっていた店に着く。
その時、店の手前の路地から新手のゾンビ集団がぞろぞろと出てきた。
挟まれた!
「おしまいだぁ!」
Oが悲痛な声を上げた。
やり過ごせる路地はないか?
俺は走りながら左右を見回す。
その拍子に、何かにつまずいて転んだ。
「痛ってぇ!」
転んだ俺の上にゾンビ化したMが覆いかぶさってくる。
俺は右手に触れた石のような物で、思いっきりMの顔を殴った。
血飛沫が飛んで、Mが顔ごと横にぐらっと揺れる。
そこで俺は目を覚ました。
ぐっしょりと寝汗をかいている。
なんなんだ? この悪夢・・・。
今日は大事な会議なんだぞ・・・?
時計を見るとまだ3時5分だった。
ふと肘に痛みを感じて、パジャマをめくり上げてみる。
肘を怪我していた。今しがた擦りむいたように真っ赤な血が滲んでいる。
なんだ? これ・・・?
こんな怪我するような物、ベッドの中にはないぞ?
今日は大事な会議なんだ。睡眠不足で途中居眠りなんかしたら・・・。
・・・・・でも・・・。
了
あなただったら、もう一回寝ます? (・_・)