ここは子供らしく
娼館行きを、回避しなければならない。
でも父親が作った膨大の借金を私が肩代わりするのも、瞬時にお金を稼ぐのも、無理なこと。
そこで思い出す。
スクリフ子爵のことを。
御年六十九歳と、この乙女ゲームの世界ではかなり高齢のスクリフ子爵は、ライヴリィ男爵の一族と領地を接しているため、昔から交流があった。スクリフ子爵の一族は、男系のようで、自身の子供にも孫にも女性がいない。よって私を見ると、とても可愛がってくれた記憶があったのだ。
だから、スクリフ子爵に泣きつくことにした。
父親が外出中に、レディースメイドと従者を連れ、スクリフ子爵のところへ訪れ「娼館に売られてしまいそうなので、助けてください!」と頼み込むことにしたのだ。
子爵邸を訪問するのだからと、アイボリーのドレスで、襟、袖、裾にラベンダー色のフリルがついており、身頃には飾りボタンが並ぶものを選んだ。これを着ると大変可愛らしく、お嬢様っぽく見えるからだ。
事前に訪問することを伝え、スクリフ子爵の屋敷に向かうと……。
数日前に結構な雨が降った。そしてスクリフ子爵の領地には沼が多く、少しばかり水はけがわるい土地も多いと言われていた。そしてぬかるみにハマり、立ち往生している馬車に遭遇してしまった。
これを見た時はドキリとする。
娼館に売られることを恐れ、回避行動をとっているのだけど、まさかこれは断罪回避行動のように、ゲームの見えざる抑止力が働いているわけはないわよね……?と。
天気はいいのに、なんだか不安な気持ちになりながら、馬車の窓から様子を見る。馬車も騎士も立派に思える。馬車の装飾にはゴールドが使われているし、騎士の装備に疲れた感じはない。ただ、ぬかるみに慣れていないようで、抜け出すことがないようだった。
手際の悪さから、普段は石畳の舗装された道ばかり走っているのでは?と思う。つまりはこの辺に住む貴族ではなく、王都から来た貴族ではないかと。
そうなるとこの作業に時間がかかるだろうし、手伝いを申し出た方がいいだろう。
御者に声をかけ、牽引を申し出ることにした。
スクリフ子爵にはあらかじめ訪問時間を伝えているし、気がせいたこともあり、早めに屋敷は出発している。とはいえ、もたもたはしたくなかった。
こうして私達が協力したことで、ぬかるみにハマっていた馬車は、ようやく抜け出すことができた。私達は牽引の際、馬車から降りたが、相手は降りてこない。
姿を見せないということは。かなり高位な貴族で、しかもご令嬢の可能性が高かった。不用意に見知らぬ人に姿をさらすと、何かあって危険――という考え方が、この世界にはあったからだ。
でも助けてくれた御礼として、なんと金貨をもらえた。牽引したぐらいで金貨なんて! これって乙女ゲーム的には、かなりボーナスだと思う。
この思いがけない金貨ゲットの状況を踏まえると。娼館回避したら、ゲームの変な力が発動したのかと思ったけれど、そんなことはないようだ。安堵し、その後はもう、ひたすらスクリフ子爵の屋敷を目指した。すると途中、スクリフ子爵の騎士が、迎えに来てくれたのだ。伝えていた到着時間が過ぎても私が現れなかったので、心配してくれた結果だった。
こんなに優しいスクリフ子爵なら、きっと助けてくれる!
「やあ、パメラ。よく来たね」
私を出迎えてくれたスクリフ子爵は、綺麗に整えられた顔周りの真っ白な髭と、ふさふさな真っ白の髪の毛と、まるで真っ白な大型犬みたいだった。思わず駆け寄り「おじいちゃ~ん」と抱きつきたくなるのをぐっと我慢する。
スクリフ子爵は私のために、特製のスイーツを沢山用意してくれた。案内された応接室のテーブルには色鮮やかなマカロン、フルーツタルト、パウンドケーキ、様々な形のクッキーがテーブルいっぱいに並べられていた。
「さあ、好きなだけ食べなさい」
そう言われた私は、しばし夢中でスイーツを食べ、やがてここに来た目的を思い出す。紅茶で口の中をさっぱりさせ、そして遂にスクリフ子爵に事の次第を話した。
私の話を聞いているうちに、スクリフ子爵の顔は、驚きで固まっている。全てを話し終えると「なんてひどいことを!」と語気を強めてくれた。
「パメラ。まさかそんな話が出ているなんて。それはさぞかし不安だっただろう。本当に、可哀そうに。男爵も困ったものだ。あやつは昔から、一つのことしかできないタイプなんじゃよ。こうと決めたらそれだけで、周りのことが見えなくなるから……」
そこで盛大なため息をついたが、スクリフ子爵は背筋を伸ばし、断言してくれた。
「大丈夫だ。わしが男爵と話をつけるから、もう娼館へ売られると、心配する必要はない」
私の目論見は大正解。スクリフ子爵は大変驚き、そして私を助けるために、動いてくれた。娼館に売るのではなく、自身の孫の婚約者に迎えようと、申し出てくれたのだ。まさかこんな展開になるとは思わず、もう驚いてしまう。
私の想定では、借金を肩代わりしてくれるか、もしかしたら養女として引き取ってもらえるかもしれない――ぐらいに考えていた。孫の婚約者になる可能性は、想定していなかった。
「パメラを守るためには、わしの孫と婚約するのが一番だ。借金を肩代わりしたとしても。また鉱山の採掘を続ければ、再び借金ができるだろう。そうなったら再度、娼館話が出てしまう。それにこのまま万一があれば、孫の婚約者であるパメラを、我が家に迎えることもできる」
スクリフ子爵はそう言って、私の頭を撫でてくれた。
この時は、スクリフ子爵が自分の祖父のように思え、心からじーんとしたものだ。それに思いがけずスクリフ子爵の孫――マクシエンの婚約者になることで、将来悪役令嬢にならずに済むのでは?と気が付いたのだ。
娼館行きを回避することで、悪役令嬢も回避できるなら、まさに一石二鳥。
でもそうなるためには……。
今のこの状況が、壊れないようにしないといけない。
それはつまり、こういうことだ。
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