4:嫉妬……?
「お待たせしました! 怪魚の漬け丼、完成です!」
野宿で食べる夕食。
焚き火を囲み、車座でいただくことになる。
どうしても警備をする騎士は必要で、数名は夕食を一緒にすることはできない。だが残り全員で怪魚の漬け丼と、同時進行で手早く作っていたあら汁も出し、「いただきます!」となった。
グラマラス美女三姉妹と騎士、従者は、和風の味に少しずつ慣れていた。でも酢飯は初めて口にする。さらに農夫は和風の味付けが初めてなのだ。
(酸味のあるライス、どうかしら? 受け入れられる?)
だがその心配は杞憂であることは――すぐに判明する。
「これは……作っている時はあのビネガーの香りにビックリしてしまいましたが、こうやって冷めて怪魚の切り身と合わせると……この切り身を漬けていたタレともこのライスがとても合います! 脂ののった切り身、濃厚な漬けダレ、さらにビネガーを効かせたライス。この三つが口の中で、夢のような味わいを感じさせてくれています。なんというか脳がこの新しい味を喜んでいるのです……!」
セルジュがそう口火を切ると、スティも絶賛の声をあげてくれる。
「こんなに濃厚なのに、あっさりしている料理は初めてです! タレは濃い味、ライスはさっぱり。無限にいただくことができそうです!」
するとエリーとメディも喜びの声を聞かせてくれる。
「怪魚とライスを組み合わせて食べるなんて、初めてですが、とっても美味しいです! しかも一緒に出されたアラ汁というスープも本当に旨味が凝縮され、最高~!」
「私もアラ汁に感動しました! 魚臭さもなく、ごくごくと飲めます。怪魚の漬け丼が冷めた料理で、スープが温かい。二人三脚でバランスもとれています。この組み合わせが絶妙です!」
すると農夫の二人もこんな意見を口にした。
「初めてライスをいただきましたが……美味しいです! 食べ応えもあり、この怪魚の切り身、タレと相性が抜群。アラ汁も旨い! このライス、ぜひ作りたいと思いました!」
「自分も同じです! ライスは小麦とは全然違います。でも確かにこれなら主食になるに相応しい。漬け丼が美味しく感じるのも、このライスあってこそのことと思います。自分、ライス作りに挑戦したいと思えました!」
農夫二人にこう言ってもらえたのは、とても大きい。何より得たことがある。
(稲作を始める農夫には、事前にライスを食べてもらった方が絶対にいいわ。自分から、稲作をしたいという気持ちになれること。これが重要よね)
大いなる気づきを得た夕食となった。
◇
夕食後、川の水を温め、それで簡易入浴となった。綿の白の厚手の寝間着にラスベリー色のガウンを羽織り、辺りの様子を確認すると……。
焚火の近くに子犬が五頭いる。
(あれが従者ね。可愛い!)
そこで視界の端で、素早く動くものに気づくが……。
(今、一瞬、尻尾が見えたわ。きっとブラックウルフの姿になった騎士たちね。見張りにつく者も休む者も、目の付かない場所に潜むようね……)
「アマレット様、どうしました? お飲み物でも用意しましょうか?」
スティに尋ねられ、ナイトティーでも飲もうかしら?と思う。
レーガン王国では定番のナイトティーの習慣は、ルミナリア王国では特になかったのだ。
「あ、そうね。天幕で殿下がお待ちだろうから、ミルクは……ミルクは無理ね。紅茶……殿下は飲めるかしら?」
ブラックキャットの姿のセルジュといえば、飲み物はバフォメットのミルク! ピンク色の小さな舌で、チロチロ舐める愛らしい姿が思い浮かぶ。
「紅茶は熱いし、無理よ……」
「アマレット様、紅茶を飲む時は殿下に普段のお姿に戻っていただけばいいのでは?」
「確かにそうね! それで殿下は……?」
「先程、ブラックキャットのお姿で、従者たちと一緒に水浴びをされていました。その後、エリーが綺麗に乾かし……。既に天幕でお待ちかと思います!」
もふもふ度がアップしたブラックキャットの姿のセルジュを想像し、涎が出そうになる。
(お風呂の後は、毛がさらにふかふかになるのよね。もふるのが楽しみだわ……)
ついほくそ笑みそうになるのにストップをかけ、スティに返事をする。
「わかったわ。ではスティ、紅茶の用意をお願い」
「かしこまりました、アマレット様」
天幕のそばにいくと、そこには人の姿の護衛の騎士がいる。
直立不動の騎士に会釈だけして、天幕の中に入ると――。
見事な艶のある黒髪に、額の★マーク、そして輝くような金色の瞳。高い鼻とローズ色の唇に、張りのある肌。引き締まった体躯を包む黒のローブには、見事な金糸の刺繍があしらわれている。
「殿下……! どうされたのですか? てっきりブラックキャットの姿でお休みになるのかと思ったのですが」
「眠る時はブラックキャットの姿に戻ります。ですがすぐには寝ませんよね?」
「はい、まだ眠るつもりはありません。それに殿下とお茶をできるようにスティに頼みました! まさにそのお姿に戻ることを提案しようと思っていたので、驚きましたが、ちょうどよかったです」
そこでセルジュの座る簡易ソファへ向かおうとすると……。
宮殿とは違い、天幕なのだ。
そこまで広い空間ではない。
だがセルジュはちゃんと私のところまで来て手を取り、ソファまでエスコートしてくれる。
(セルジュは本当に甲斐甲斐しいわ。レイールは最低限の礼儀しか私に払ってくれなかったから、こんな場合にわざわざエスコートすることはなかった。それを思い出してしまうと、セルジュがまめだと思う。というか、本当に優しい……)
私を座らせてから、セルジュも腰を下ろし、そこで目の前のローテーブルに魔草樹の種の入った巾着袋があることに気づく。
「殿下、魔草樹の種が使える、と言っていましたが……」
「ええ。この種に、先程わたしの魔力を付加しておきました」
「!」
「アマレットは姿を変えることも、魔術を使うこともできません。わたしはアマレットを守るつもりですし、あの三人の侍女にもあなたを守るよう命じています。それでも何かが起きた時。アマレットが身を守るために、この魔草樹の種が使えるでしょう」
そこでセルジュは巾着袋から、お菓子作りで使われるアラザンのような翡翠色の粒を一つ取り出す。
「これをひと粒投げれば、今日見たような巨大な蔓が現れます。魔草樹と言えど、植物です。通常は発芽し、成長してと、木になるまで数カ月はかかるもの。ですが魔力を使い、その過程を瞬時で終わらせ、さらに巨大化させることにしました。もしアマレットに手出しするものがいても、この魔草樹で足止めや撃退が可能です。数えたところ、全部三十二粒ありました」
「すごいです! 魔術を使えないのに、まるで魔術を使えるようですね」
「呪文は『BLASTĒSON!(ヴラースティソン)(芽吹け!)』です」
そこでスティが紅茶を届けてくれた。
その紅茶を飲みながら、私は「BLASTĒSON!」「BLASTĒSON!」と何度も呪文を唱えていると、セルジュがクスクスと秀麗な笑みを浮かべる。
「な、慣れない言葉なので、ちゃんと覚えないといけないですよね(汗)」
「そうですね。きちんと唱えないと、魔術は発動しませんから」
そう言ってからセルジュは「ちょっと嫉妬しただけです」と不思議なことを言い出す。
「嫉妬……?」
「BLASTĒSONという名に、改名しようかと思いました」
「え……」
「アマレットはわたしのことをいつも殿下、と呼ぶので……」
「それは……」
セルジュは次期魔王で、王太子。
第二王子の婚約者をしていたが、王太子は別格なのだ。
どうしたって尊称で呼びたくなってしまう。
(でも名前というのは、その人のアイデンティティーだ。尊称で呼ばれるより、名前で呼ばれたいというのは、自然な気持ちだと思う)
「セルジュ様」
「!」
「セルジュ様」
「!!!」
ふわりと空気が揺れた次の瞬間。
もふもふの姿になったセルジュが私に抱きつく。
「セルジュ様……そんなに名前で呼ばれるのが嬉しかったのですか……?」
「みゃーん!(嬉しいです!)」
ゴロゴロと喉を鳴らすセルジュを撫でていると、もう極上の癒し。
私の瞼はすぐに重くなり……。
旅の夜は更けて行く――。



















