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ドアマット悪役令嬢はざまぁと断罪回避を逆境の中、成功させる~私はいませんでした~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中
第三弾のおまけの物語(読み切り)

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どうしても作りたい料理(後編)

 ぐつぐつと煮込むほど三十分。

 宮殿の厨房は実は三つに分かれており、下ごしらえ、調理、煮込みと、それぞれの部屋に竈がある。さらにそれとは別に、製菓専用の厨房もあり、そちらにも竈があるのだ。製菓部屋には二つ、各部屋三つの竈があり、合計十一台の竈をフル稼働させ、おでんが完成した。


 こうなると普段晩餐会で使うホールを解放してもらい、テーブルにおでんの鍋を等間隔で並べ、使用人の手が空いている者も参加しての「おでん祭り」状態になる。


「皆さま、今日は『おでん祭り』に食材を提供いただき、ありがとうございます! 無事、皆さまと食べるおでんを用意出来ました」


 冒頭、挨拶をとなり、私が口を開くと、着席した魔王夫妻、セルジュ、騎士、使用人たちが拍手してくれる。


「このおでん、東の国では屋台で提供され、米で作った酒と共に楽しむのが王道です。そして先日、東の国に行った際、酒をいくつか購入してきました! お酒を飲める年齢の皆さまは、ぜひ試してみてください」


 雛段に置いた酒樽について説明を始める。


「まず一つ目がこちらの純米酒です。米……ライスの甘みを感じやすく、皆さまが普段お飲みの白の葡萄酒の甘口をイメージいただくといいかもしれません。今回は肉系のおでん、ウィンナー、ベーコン、豚足などと一緒に純米酒を味わうといいでしょう。今日はポテトや卵のおでんもあります。出汁の味がしみこんだポテトと濃厚な黄身のある卵も、こちらの純米酒でいただくのが正解です。コクのあるお酒なので、濃い味とたっぷりの脂にも負けません!」


 これには皆、口々に「肉料理に負けない極東のお酒」「ぜひ味わいたい」と期待の笑顔になる。


「もう一つもご紹介させてください。純米吟醸酒と呼ばれ、原料は純米酒と同じ、ライス、米麹、水です。ただ、ライスを精米しており、四十%以上、削られています。すっきりとした軽やかな味わいが特徴で、よく冷やして飲むのがおススメです。こちらは氷室でしっかり冷やしておきました。今回のおでんには、絶対に食べていただきたい大根、トマト、ホワイトアスパラガスがあります。こちらをいただく時は、ぜひこの純米吟醸酒と合わせてみてください。大根の旨味、トマトの酸味、ホワイトアスパラガスの甘味を、このお酒が引き立ててくれます!」


 自信を持っておススメしたお酒とおでんのペアリングは、初めて食べることになる皆の心を掴んだようで、拍手が起きる。


「わかりやすく、食べたい気持ちを高める説明、ありがとうございます!」


 セルジュが極上の笑顔になる。


「もはや全員が限界。食べたい、飲みたい! 乾杯でいいだろう」

「もちろんです、陛下! ここは陛下が音頭をお取りくださいませ」

「アマレットはセルジュの妃。ここはセルジュに任せよう」

「わかりました!」


 椅子から立ち上がったセルジュは手に盃を持つ。


「皆の盃には既に純米酒、純米吟醸酒が注がれている。右が純米酒、左が純米吟醸酒。乾杯の後に食べるおでんに合わせ、盃を手にどうぞ」


 皆が思い思いで盃を手にとる。私は純米酒の入った盃を持つ。


「では、初めてのおでんと酒に、乾杯」

「「「「「乾杯」」」」」


 そこで一口飲んだ純米酒は……。


 お米の旨味をしっかりと感じられる。


(こくもあるから、これと一緒に食べても間違いないわ!)


 前世持ちの私としては、おでんの定番中の定番、大根からスタートしたい気持ちはあった。だが今回は……。


 口の中でパリッと皮がはじけ、昆布の出汁の味わいにスモーキーな香りが混ざり合い、和洋折衷な旨味で満たされる。


「ウィンナー、最高! 美味しい~!」と唸り、純米酒を口に運ぶ。

 舌に残る脂が純米酒で上書きされ、口の中がリセットされる。

「お次は」とベーコンを頬張ると、じゅわーっと出汁と肉汁があふれ、これまた堪らない!


(おでんにベーコンを入れることを思いついた人、天才!)


 はむはむと咀嚼して気付く。

 前世では誰かがおでん×ベーコンを思いついた。

 でもこの世界におでんにベーコンの文化はない。

 ウィンナーも含め、おでんに投入することを思いついたのは……。


(セルジュがこの世界では天才だったわ!)


「殿下、おでんにウィンナーとベーコンは大正解です! 本当に、本当に、美味しいです!」

「それはよかったです! 東の国の料理は蕎麦といい、濃い味でもさっぱりしています。そこにこってり味のウィンナーとベーコンを合わせる。吉と出るか凶と出るか、半信半疑でしたが、どうやら正解のようですね。後ほど、わたしも確認しますが……」


 そこでセルジュは盃を手にこんなことを言ってくれる。


「わたしはアマレットのおススメの大根をいただきました。そして純米吟醸も飲んだのですが、これは東の国の食文化の神髄を感じますね。大根がスポンジのようにコンブの出汁を吸い込み、旨味の塊になっていました。歯で噛み締めると、じゅわーっとその旨味が口の中で溢れます。その幸福な余韻を楽しみたいと思いつつ、純米吟醸を口に運ぶと……。出汁の風味を損なわない! その状態で再び大根を頬張る。純米吟醸のライスの味わいと出汁が口の中で混ざり、やはり最高でした。アマレットがおでんで大根を一押しにした理由もよくわかります。そして純米吟醸はとても美味しいです!」


 金色の瞳の目元をほんのり赤くして微笑むセルジュは実に艶めいている。

 美味しい物を食べ、心が満たされることで、喜びの笑顔となり、それまた秀麗!


(人生で初めて男性を押し倒したいと思ってしまったわ!)


 絶対に恩人にそんなことをしてはいけない。

 余計な妄想を打ち消すには食べるのが一番!


「大根を気に入っていただけてよかったです。おでんの大根はオーソドックスですが、今回、使用人の皆さまがいろいろな食材を持参くださいました。ホグの足をおでんに合わせるなんて初ですが……食べて見ませんか?」

「アマレットにそんなふうに言われ、食べない手はありません。いただきましょう」


 そう言うとセルジュは自ら豚足を器にとり、なんと私に渡してくれたのだ!


「あ、ありがとうございます……!」

「……なるべく見た目が落ち着いたものにしましたが、大丈夫ですか?」


 この気遣いには頬が緩み「大丈夫です!」と応じ、早速、かぶりつく。


「!」


 これはまさに開眼する案件だった。

 昆布だしに豚足のコラーゲンと脂が溶け出し、既にスープの方が濃厚になっている。その深くコクのある味わいが、豚足にも染み込んでいるのだ。しかもその肉は歯が簡単に通り、柔らかくほぐれていく。


「これは……大根とはまったく違う味わいです。普段の料理の味に近いのですが、旨味が増しています。きっとコンブのおかげですね?」

「はい。そうだと思います! そしてここで純米酒をどうぞ」

「そうですね」


 セルジュと二人で純米酒を一口飲み、その瞬間。


「はあ~」「しみますね」


 セルジュと声を揃えて目を閉じる。

 豚足の濃厚な味の余韻が、純米酒と共に胃袋へと落ちて行く。

 まさに五臓六腑にこの濃い味が、広がって行くような気がする。


「口の中がさっぱりしたので、豚足を再び食べたくなりますね、アマレット」

「はい! 濃い味でお腹いっぱいにならない秘訣がここにある気がします!」


 豚足は綺麗に平らげ、次は珍しい系でトマトを食べて――。


 沢山のおでん、食べ切れるかと思ったが、お酒もあったので、ひとまず全ネタを完食したが……。


「アマレット、部屋まで送ります!」

「あ、すみません。そうしてください……」


 久々にお酒を何杯も飲み、すっかり酔ってしまった。

 足元がふらつく私を抱き寄せるようにして、セルジュがエスコートしてくれる。


 そうするとムスクの甘い香りがして、その体に擦り寄りたくなってしまう。


「アマレット、失礼して抱き上げてもいいでしょうか」


 確かに今の私をエスコートするのは難儀だと思う。

「はい、お願いします」と素直に応じると、セルジュは軽々と私を抱き上げる。


「落ちないように、首に腕を回してください」

「は、はいっ」


 ぎゅっと抱きつくセルジュからは先程以上にムスクの甘い香りがする。

 さらに体が触れ合うことで、その引き締まり、鍛えあげられた躰を感じ、ドキドキしてしまう。


 このドキドキを誤魔化すように、私は鼻歌をハミングすることにした。

 それは童謡の『ふるさと』。

 前世の懐かしい味を堪能したことで、この曲が頭に浮かんだのだ。


「……アマレット、もしやレーガン王国が恋しいのですか?」

「!? いえ、そちらではなく、その……もしかしたら私、東の国の人間だったのかもしれません。おでんとお酒に郷愁を覚えました!」

「なるほど。東方では魂の生まれ変わりが信じられているといいますからね。……もしアマレットが東の国の方の生まれ変わりなら……帰りたいですか、東の国に」


 気付けば寝室に到着し、セルジュは私を優しくベッドへと下ろしてくれる。


「帰りたい……どうでしょうか。食材を手に入れるためにたまに訪れることができたら嬉しい感じです」

「……そうですか」

「だって私の居場所はルミナリア王国ここですから」

「アマレット……!」


 うるうるの瞳になったセルジュは、なんとも切なげな表情になり、腕をこちらへと伸ばしたと思った瞬間。ハッと我に返り、そして――。


「みゃぉーん(アマレット!)」


 ブラックローズの姿になったセルジュが私に抱きつき、床には彼が着ていた衣装がふわりと落ちて行く。


「ブラックローズ……殿下、どうされましたか!?」

「なぉーっ(酔いました!)」


 そういって私の頬に顔を摺り寄せるブラックローズは、破壊的な愛らしさ!


(これはセルジュとわかっているけど、こうなると私には、ただのもふもふ……)


「私も殿下も酔っています。今日はここで一緒に休みましょう」

「みゃぁ(はい!)」


 ブラックローズのもふもふの体を抱きしめ、私は目を閉じた。


 春の宵

 おでんとお酒 朧月

 恋しい君は 浅き夢の中  (詠み手:セルジュ)


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