エピローグ
「私は殿下がブラックローズだとは気づいていませんでした。でも殿下は昨日、私と城壁の前で会った時、あの私だとわかったのですよね……?」
「はい! 驚きました。驚き、目の前の課題が一気に解決されたと大喜びでしたが……。アマレットは何も知らないのです。しかもご自身が生贄だと思っている。ひとまず生贄ではないこと、無理に娶るつもりなどないことだけは伝えました。私がブラックローズであることは、きちんと話す場を設けてと思っていたのです。……本当は昨晩が、その話をするいいチャンスでした。ですがまさかの催淫効果が……。解毒剤を用意する猶予もなかったのは不覚です。今後は解毒剤を持ち歩きます」
ハニートラップが多いなら解毒剤も必要そうだけど、今回は完全に事故なので、そこまでもしなくてもと思う。でも解毒剤のことを口にするぐらい、セルジュは真面目なのだ。そこは何だが不器用で、可愛いくてならない!
「隠していたわけではないですが、後から正体を明かすような形となり、本当に申し訳なかったです」
「そこはまったく気にしていません! むしろブラックローズに再会できて、嬉しかったです!」
「……もしやブラックキャットの姿のわたしといる方が落ち着きますか?」
それは何とも難しい問いかけ!
私にとってブラックローズは愛らしいもふもふ。見ると気持ちが緩み、もふもふしたくなる。対して人型の本来のセルジュは……。
拝みたくなる美貌の青年なのだ。目の保養になるが、それは遠くで眺めている時の話。そばにいるとどうしたって緊張してしまう。
(だからと言ってブラックローズのセルジュの方が落ち着きます!なんて伝えたら、私と会う時はブラックキャットの姿になってくれそうだけど、それは彼の本来の姿を否定するようなもの。ブラックキャットであろうと人型であろうと、セルジュはセルジュだわ!)
「見た目が違っていても、中身は同じなんです。殿下は殿下であり、姿により性格が変わるわけでないですよね。私はどちらの殿下でも大丈夫です。無理に私に合わせる必要はありません。ありのままの殿下でいてください!」
「アマレット……!」
「この国でお世話になること。図々しいとも思ったのですが……。殿下を助けた恩返しで置いてもらえる──そう考えてもいいなら、気が楽になります」
「その考えで大丈夫です!」
「ありがとうございます!」
◇
乙女ゲームの世界に、悪役令嬢として転生したら、ヒロインが強すぎた。
昨今の悪役令嬢ハッピーエンドが許せないアンチヒロインにより、まさかのドアマット悪役令嬢に私はなってしまう。
いくらあがいても、ヒロインにより、ハッピーエンドの芽は摘まれてしまう。それどころか悪役令嬢が絶対に叛逆出来ないよう、かつ全ルートをお手軽にヒロインが制覇するために、私はまさかの魔王への生贄にされてしまったが……。
蓋を開けたら魔の国に来て大正解だった!
今の私は……。
「アマレット様、準備が出来ました! 途中で一泊するということで、荷物を整え、帰りに沢山荷物を詰めるよう、空のトランクも用意しました!」
「ありがとう、スティ! 助かるわ!」
「でも極東に行くことを思いつくなんて、アマレット様は海外について幅広い見識をお持ちなんですね!」
これには「あははは」と笑って誤魔化すしかない。
幅広い見識というより、前世の記憶があるだけなのだ。そして極東に行けば、様々な調味料や食材が手に入る! しかもセルジュの魔力なら、途中の都市で休憩して、二度目の転移で極東に到着できることがわかったのだ!
あの時は漠然と人間界へ向かい、そこで食材と調味料の調達を考えていた。
というのも魔族の皆様は美男美女で、文化水準はレーガン王国より進んでいるし、生活水準も高い。唯一気になるのは食文化の違いだった。その違いを乗り越えるために、食材と調味料を手に入れたい!と思いついたわけだ。
そんな折、私は知ることになる。初対面でセルジュは騎乗だったが、彼は別に移動手段で馬は必須ではない。魔術を使えば、セルジュは行きたい場所に転移できるのだと。
「転移では魔力を結構使うので、大陸の端やその先に行くのでしたら、一度休憩を挟む必要はありますが……」
「それって……もしかして極東の島国にも行けるのですか?」
「ええ、五名ほどであれば、一度の転移で半分は移動できるでしょう。数時間の休憩を挟み、二度目の転移で、東の果ての島国にも行けますよ」
前世のテクノロジーを駆使しても無理な移動が、魔術を使えば出来てしまうのだ!
(でもだからと言って強行軍にする必要はないわ。中継地点で一泊して、東の国に行ければ、味噌も醤油もみりんも。昆布や煮干しも手に入る!)
というわけで今日、私はセルジュとグラマラス美女三姉妹の計五人で、東の国にふらりと向かうことになったのだ!
(今の季節なら山菜も摘んで、ルミナリア王国へ戻ったら天ぷらを作るわ! あ、多分干し蕎麦があるはずだから、それも手に入れて、山菜天ぷら蕎麦を作るのがいいわね!)
私がウキウキしていると――。
「それでは向かいましょうか」
漆黒の艶やかな髪を揺らし、その瞳を輝かせ、美貌のセルジュが微笑む。
ダークグレーのスーツにパールシルバーのマントを羽織る彼が目に眩しい。眼福なその姿に満足している私に、彼はそっとその手を差し出す。
優しく紳士的なセルジュにエスコートされ、私はご機嫌で歩き出した。
グラマラス美女三姉妹は、それぞれトランクを手に、私とセルジュの後に続く。
「瞬きをして、ゆっくり開けた時には、大陸の中央の国ロワールのモルスクに到着です」
そう言うとセルジュが私の腰をふわりと抱き寄せた。
◇
「ただ今、戻りました。聖女ルルシャさま」
長身の聖騎士が聖女の前で恭しく跪く。
「おかえりなさい。それで……お姉様は?」
「はい。魔の国の城門の前にとめた馬車の中に残してきました。確保していたバジリスクも解き放っています。魔族たちの生贄になるか、バジリスクの餌になるか。どのみち、悪女の命運は尽きるかと」
「そう。それなら安心ね。悪役令嬢なのだから、末路はバッドエンドではないと!」
何も知らない正統派ヒロインを自負するルルシャ・リリー・リプトンは、してやったりと高笑いをした――。
~お・し・ま・い~
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