24:その理由
普段、魔の国ルミナリア王国から出ることがないはずのセルジュ。
その彼が人間界で、しかもあんなに傷だらけになっていた理由は何なのか。
朝食をいただきながら、聞いてみることにしたのだ。
「物心ついた時から、わたしは父上から言われていました。『セルジュ、お前は魔王の子どもとして生まれた。ゆえに一人の魔族としての幸せより、魔王として生きることが求められる。側妃は魔族から選ぶこともできるが、正妃は人間界から迎える――それが魔王の一族として生まれたゆえの定めだ』と」
幼い頃からそう父親である魔王から言われて来たセルジュは自身の生まれながらの立場を悲観することなく「そういうものなのだ」と早くから理解することになった。
「魔族は長寿なので、わたしの婚姻はもう少し後でも構わなかったのです。ですが以前、少し話した通り、父上は母上を心から愛しています。そしてわたしも誕生し、無理に側妃を迎える必要もありません。そこでわたしが遂に人間の女性と婚姻を結ぶことになったのです」
セルジュは紅茶を飲みながら、その時を懐かしむような表情で語る。
「父上は母上を深く愛しています。幼い頃からわたしは両親に、魔王の一族の婚姻について、こう教えられてきました。『運命の相手と結ばれる――そう思うようにするといい。政略結婚とは思わない方がいいぞ、セルジュ』『人と人は合わせ鏡と言われています。魔族と人間でも同じです。相手を思う心があれば、相手も思ってくれます』と」
魔王とアグネス様。二人は魔の国と人間の国の平和のために婚姻関係で結ばれることになった。だが二人は前向きで相手を思いやる心を持てた。
その結果お二人は、国同士の平和維持のために結婚したと思えないほど、仲睦まじくなれたのだ。そんな二人の愛の結晶として誕生したセルジュ。両親から惜しみない愛を受け、彼もまた、思いやりの心を持つ優しい青年へと成長した。そんな彼だから――。
「父上と母上を見ていると『運命の相手と結ばれる』『相手を思えば、相手も思ってくれる』という言葉を自然と信じたい気持ちになれました。そして間もなくルミナリア王国にやってくる人間の女性。彼女が不便なくこの国で暮らせるよう、ちゃんと準備したいと考えるようになりました。慣れない魔族の国での生活です。家族と離れ離れになる。寂しい気持ちを少しでも慰めることができたら……そう思い、人間界から家具や調度品、衣類や宝飾品など、その女性に役立つ物を手に入れようと思ったのです」
「それでブラックキャットの姿でレーガン王国に向かったのですか?」
「はい。この姿ですと、どうしても注目を集めてしまいます。実際の買い物の手続きをする時は人型に戻るようにして、移動はブラックキャットの姿で行いました。そもそも魔族が人間界に入るこむことは、好ましくないとされています。正規の手続きを踏むといろいろと制約も多く……。そしてこれまではこの方法で何の問題も起きていませんでした」
そこでティーカップを口に運び、紅茶を一口飲むと、セルジュはため息をつく。
「それにブラックキャットの姿とはいえ、魔力がゼロというわけでありません。自分の身を守り、人間界で手に入れた様々な物を転移させるために使う魔力はあります。ただ、人間界で強い魔力を使うのは、掟に反すること。しかも王太子であるわたしがしていたとなれば、戦争が勃発してしまいます。そこで極力魔力を使わないようにしたのですが――」
ブラックキャットの姿のセルジュは実に愛らしく、そのサイズは人型に比べると大変小さい。野犬やカラスに狙われ、それでいて強い魔力を使えないのだ。さらに運悪くあの日は、野良犬の群れに追われたり、カラスの集団の襲撃に遭ったりしたという。
人間にも第六感があり、自分たちとは異なる種族の存在を知覚することもあるらしい。そして動物は人間以上に感覚が鋭く、ブラックキャットの見た目をしているとはいえ、自分たちとは違う、異質な存在であると、野良犬やカラスが気づいた可能性もあるとのこと。そのせいで野良犬やカラスに執拗に追われてしまったわけだ。
「あちこち怪我をして散々な状態になった時、泥棒猫に間違われ――。人間からも追われ、まさに満身創痍であの場で力尽きそうになっていました。そこをアマレットに助けていただいたのです。しかも御者はわたしを助けるのに否定的でしたが、アマレットは助けて当然だと考えてくださって……。その後、わたしが回復するまで手厚く看病して、部屋に置いてくれました。本当に感謝しています。ありがとうございます」
「そんな。御者のようなドライな考えをする人間もいます。でも全員が全員、そうではないですから! それにしてもいろいろとあの時は大変だったのですね」
「……確かに大変でしたが、アマレットの方が……。助けていただいた恩もあります。あなたを救い出したいと真剣に考えるようになった時、別れを告げられ……。あの時、本当の姿を見せ、一緒に魔の国に行かないか。そう告げたかったのですが、それではなくても切羽詰まった様子のあなたは、パニックになるのではないか。さらにわたしが中々戻らないので、心配した魔族も近くに来ていたのです」
確かにあの時、王都では魔獣の目撃情報があった。魔獣の中にはガーゴイルのように知性を持ち、魔王の一族に忠誠を誓う種もいるとセルジュが教えてくれた。だから魔獣はセルジュを探すため、王都に出没していたのだろう。
「いろいろなしがらみもあり、あの場で即行動することは諦め……。そこでルミナリア王国に戻ると、秋の予定のはずが、前倒しでこの春に人間界から花嫁が来ると聞かされ――。順番に対処するしかないと思いました。人間界から女性を迎えることは、百年前から定められていること。まずは彼女を受け入れる。そこがひと段落したら、アマレットを救いに行く。そう心に決めたものの。落ち着かない気持ちでした。あの日、最後に『バイバイ、ブラックローズ』と寂しそうに微笑んだあなたのことが忘れられず……。目の前のことに集中しなければならない――そう思っても、それがなかなか難しい状況でした」














