エピローグ
これにはこの場にいる貴族から不安そうな空気が漂う。マーティンの瞳からは、光が消えたように思える。
「アステアがお前の不正を記録した書類を届けてくれた。本来、孤児院や病院に寄付するはずの金を使い、お前はそこの公爵令嬢に宝石やドレスを買い与えていたようだな。王太子として使える金はちゃんと渡している。だがそれを使い、婚約者以外の女性に高価な買い物を沢山贈ることは、許されない。そこでチャリティーパーティーで貴族達から集めた寄付金を使ったのだな」
マーティンが膝から崩れ落ち、大理石の床にへたりこんだ。周囲の貴族は口々に「人の金をなんだと思っている!」「王族の恥め!」「こんな王太子、廃太子にしろ!」ともう容赦ない。大勢が口にしているから、誰の言葉かは分からない。よって不敬罪にも問われないとばかりにみんな、言いたい放題だ。それに国王陛下も、貴族達の罵詈雑言を止めるつもりはない。
こうなると悲劇の開幕だ。
王太子に対する非難は、次にベアリリスにも向けられる。「婚約者がいる王太子をたぶらかすなんて!」「王太子に高価な宝石やドレスをねだったのだろう!」「これが公爵家の令嬢がすることか!」とこちらも非難の嵐。
同時に両親はスーザンに対し「お前はなんてことをしているのだ! 実の姉に対して、なんて仕打ちをしている!」「血のつながった姉に対して、どうして、スーザン、どうして……」父親は激高し、母親は泣き出す。
前世でも。もし父親が生きていて、兄妹の私への仕打ちを見たら、きっと同じように怒ってくれただろう。
崖から車ごと転落死した私は……犬死にで終わったのか。
そこはそうでもない。メリア王妃のような、絶対的な切り札となる証人は、用意できなかった。でも記録は残していた。兄妹のやったこと、私に投げかけたひどい言葉も全部、記録として残し、私に万一があった時に、公になるようにしていたのだ。
転落死した前日、車の整備を兄が申し出たことも。そしてその兄が車を整備したことも。妹が隣町の懐石料理のお店を提案し、予約したことも。弟が腹を割って話そうと言っていたことも。全部、記録として残していた。
警察はきっと捜査をしてくれているはずだ。兄妹の悪事はきっとバレる。
そう。前世でも今生でも、きっちりざまぁはできたと思うわ。
ホッとすると同時に。
緊張の糸が切れたのか、腰がへたりそうになっていた。それを支えてくれたのは……サラサラのホワイトブロンドに、グリーンがかった碧い瞳。通った鼻筋に形のいい唇、長身でメリア王妃同様心優しい、第二王子のオーランド・ウィリアム・スターリッジだ。
落ち着いた色合いのターコイズ色のテールコートを着ており、その姿を見ているだけで心が和む。何より、一年前に彼に助けられて以来。その笑顔に何度癒され、励まされたことか。私より三歳年下で、つい最近、社交界デビューしたばかりなのに。その落ち着きは、私より年上なのではないかと思うぐらいだ。
「ユーリー伯爵令嬢。よくぞこの大勢の前で、最後まで成し遂げましたね。立派でした。誰かの助けを得ることなく、お一人で最後までやり遂げた姿。尊敬します」
「オーランド第二王子殿下、お褒めの御言葉、ありがとうございます。でも今日があるのはすべて一年前のあの日、殿下が私を助けてくださったからです。王妃殿下と共に、私を応援し、励ましてくださったので……」
するとオーランドは、自身の性格を反映したかのような、ふわりと優しい笑顔になる。
「母上もわたしも。ただ、ユーリー伯爵令嬢の話を聞いていただけです。ドン底から這いあがったのは、ユーリー伯爵令嬢自身の強さ。それによくぞ兄上の不正の記録を暴いてくれました。まさか兄上がそんなことをしていたなんて……驚きました」
そこは前世において経理部で働いていた経験もあったからだと思う。でもこの不正を発見できたおかげで、マーティンとの婚約は解消。彼は……廃太子確定だろう。これだけ貴族の反感を買ったのだから。
ベアリリスは……どうだろう。ヒロインであり、公爵家の令嬢。お金で解決……かしら。でも間違いなく、嫁の貰い手はつかないわね。王太子に浪費させ、貢がせた令嬢というイメージはぬぐえない。それに王室は間違いなく、ベアリリスの一族とは距離を置く。王室から嫌われた公爵家と仲良くしたいと思う貴族は少ないだろう。
スーザンはどうかしら。マーティンが言っていた通り、この国では、未遂でも殺人を企てた人間には、絞首刑が待っている。前世の感覚からすると、未遂で絞首刑!? とは思ってしまうけれど……。
ともかくマーティン、ベアリリス、スーザンのお先は、真っ暗であることは間違いない。
「まさかマーティン王太子殿下の不正を見つけることになるとは、思ってもいませんでした。彼が着服したお金が正しく、孤児院や病院に寄付されるといいのですが……」
「そこは私と父上で動きますから、安心してください」と、ニッコリ笑顔になったオーランドは、国王陛下とメリア王妃に目配せをした。なにかしら?と思い、二人の方を見る。お二人は頷き、オーランドは私の手を取った。
「貴族の皆様は、兄上と二人の悪女への怒りが収まらないようです。舞踏会は中止になるでしょう。……ユーリー伯爵令嬢は一仕事終え、お疲れだと思います。別室でお茶を用意させますので、そこで気持ちを落ち着かせませんか。その後、わたしが用意する馬車で屋敷までお送りします」
それはありがたい提案だった。気づけば喉がからからだったからだ。しかも馬車も手配してくれるなんて。なんて気が利くのだろう!
「オーランド第二王子殿下、そのご提案、大変ありがたいです。ぜひお茶をいただいてもいいですか?」
「勿論ですよ。ご家族にはちゃんと伝えておきますから。では、参りましょうか」
「はい」
上品に私の手をとると、オーランドは私をエスコートして歩き出す。
「お茶と一緒に、僭越ながら今日の頑張りのご褒美も用意しました。……ご褒美と思っていただけるか。喜んでいただけるといいのですが」
「まあ、そうなのですか。わざわざありがとうございます。何かしら。楽しみですわ」
オーランドは端正な顔を少し赤くして、優しく微笑んだ。
~ Fin. ~
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