詰めは甘くない
アステアが溺死しそうになった時、助けてくれたのは第二王子のオーランド・ウィリアム・スターリッジだった。そしてその母親がメリア王妃。
マーティンとオーランドは異母兄弟だ。つまり、母親が違う。マーティンの母親は隣国の王女として国王陛下と結婚した。いわゆる政略結婚だ。夫婦としての仲は……よくなかった。そして国王陛下の嫡男となるマーティンを生むと、自身の近衛騎士と共に、この国から彼女は姿を消した。
その後、新たに王妃となったのが、現王妃殿下のメリアだ。
メリア王妃は国王陛下と恋愛結婚している。政略結婚で失敗した国王陛下の心を癒した優しい方だった。王太子の五歳年下となるオーランド第二王子を生んだ後も、オーランドを無理に王太子に押すこともない。臣下は皆、近衛騎士と駆け落ちした前王妃を嫌い、オーランドを王太子にと押す声もあったが、そうはしなかった。
前王妃には非があった。でもマーティン自身には非がない。それなのに彼を廃太子するのは道に外れますと、メリア王妃は言って、国王陛下と臣下を説得したのだ。
賢く、優しい方。この方なら私の証人になってくれる。
そう思い、王太子妃教育の合間を見つけては、メリア王妃に会いに行き、沢山話をしてきた。そしてゲームをプレイしていた記憶から、濡れ衣を着せられる日時を特定したのだ。ベアリリスを階段から突き落とそうとした――あの茶番をマーティン達が行う日時に、私はメリア王妃に会いに行った。そこでマーティンとベアリリスが急接近し、悩んでいることも打ち明けていたのだ。
でも王妃と会っていることをマーティン達に知られたら、邪魔をされる。王妃が証人にならないよう画策されると、分かっていた。だからあえてスーザンに伝えたのだ。
「明日は、宮殿にある温室に籠るわ。あそこは本当に誰も来ないの。だから集中して読書するには最適。でも……もし一日私がそこに籠っていて、何か事件が起きたら、私が温室にいたと証明できる人はいないから、困ってしまうわね」
これを聞いたスーザンは狂喜乱舞。
なぜなら。
スーザンは、王太子の婚約者であるアステアを妬んでいた。先に助産婦に抱き上げられたからと、姉とみなされ、王太子の婚約者になるなんてズルい――と。
その一方でスーザンは、自身が王太子の婚約者になる気はさらさらなかった。王太子妃教育を受けるぐらいなら、美味しいスイーツを楽しみ、沢山の令息からちやほやされたい。だから願いはただ一つ。やがてはこの国の王妃になる姉アステアを、王太子の婚約者の座から引きずり下ろしたいと、ずっと思っていたのだ。
そこにヒロインであるベアリリスが登場した。ベアリリスはヒロイン。可愛らしさを詰め込んで、リボンで美しくラッピングしたような少女だった。マーティンもあっという間にベアリリスを好きになる。
その状況をつかんだスーザンは、マーティンとベアリリスに計画を持ち掛けた。
非がない相手と婚約解消をすれば、王太子としての名声に関わる。ここは私を……アステアを悪女に仕立てて、排除<婚約破棄>するのが一番。そう、そそのかしたのだ。
そこで提案したのが殺人未遂事件。
アステアがベアリリスを、階段から突き落とそうとしたという、でっちあげ事件だ。スーザンは前々からこの計画を練っていた。いつ、どこで実行すれば、より効果的か。沢山の目撃者を得られるか。すべて把握していた。
「多数の目撃者……証人を用意できる場所と時間は分かった。だが肝心のアステアは、階段を突き落とそうとした犯人は、どう仕立てる?」
そう問いかけている時点で、マーティンは詰んでいたと私は思う。そこは悩むところではない。なぜならアステアと瓜二つの双子、スーザンがいるのだから。
そう。
スーザンが私になりすまし、ベアリリスを階段から突き落とすという三文芝居を打っただけなのだ。
私がこの事実を打ち明けると、マーティン、ベアリリス、スーザンの顔から、一気に血の気が引く。私の両親は、驚愕の眼差しでスーザンの顔を見ている。
そこでメリア王妃が追い打ちをかけてくれた。
「私は確かにその日、その時間に、伯爵令嬢アステア・ユーリーとお茶をし、2時間程おしゃべりをさせていただきました。彼女が王宮の私の私室を訪ねたことは、公文書として記録されています。侍従長やメイド長、私の近衛騎士も見ていますし……」
そこでメリア王妃が、隣に座る国王陛下を見た。
ブロンドで青い瞳の国王陛下は、マーティンに見た目はよく似ている。だが性格や頭脳は、全くマーティンとは違う。
「陛下のこともお呼びしましたわよね。アステアが大変興味深い書類を持参してくれたので」
すると国王陛下はメリア王妃に対し「そうだな」と頷き、頭痛がするという感じで、眉間を押さえた。その上で、青い瞳をマーティンに向けた。
「……マーティン。お前は本当に……なんてことをしているのだ。こんな三文芝居を打ち、自分の正当な婚約者であるアステアを貶め、辱め、名誉を汚した。さらにはユーリー伯爵の膝まで折らせる始末」
国王陛下の言葉に、マーティンの唇がブルブルと震えている。
「メリアがお前を擁護するから、これまで王太子に据えてきた。だがそれも限界のようだ。マーティン、お前は自身の名で主催したチャリティーパーティーで貴族達から集めた寄付をどうしたのだ?」