罪と罰
温室での話し合いからはもう、目まぐるしい日々を送ることになった。
両親が待つウィンザーフィールド帝国へ帰る必要もあったが、まずはローゼンクランチ王国でしておくべきことが、沢山あった。
想像以上に迅速に進んだのは、継母とロージーの裁判だ。現状、ローゼンクランチ王国の法では、私に対する虐待の罪を、継母にもロージーにも問うことはできなかった。私がウィンザーフィールド帝国の皇女であることは、後になり分かったこと。よって皇女を虐待していた!という形での追及も、難しいというのは、歯がゆいばかり。
その一方で、これはいわゆる歴史の闇。つまりはウィンザーフィールド帝国へ、秘密裡に二人を引き渡し、皇族を虐待したということで消す……という案もないわけではなかった。ただ、法治国家から転生してきた私としては、このアウトローなやり方は……と思ってしまう。ローゼンクランチ王国内で起きたことなので、その法に従い、裁いてもらうことにした。
その結果。
継母には、不敬罪による死刑。ロージーは強盗罪による終身刑だ。
ロージーに対しては、私を脅して奪ったあのペンダントの罪が、問われたわけだ。しかもそのペンダントに使われている宝石は、ヴィオレータという、とても希少性が高く高価な物。鑑定の結果、その価値は銀山一つ分に相当と判断された。その結果が刑に反映されての終身刑だった。
さらにマクシエンとは婚約解消になったわけだが、ここは痛み分けとなった。私が不在だと継母が嘘をつき、ロージーとマクシエンが親しくなる=浮気の状態を作っていたのだが。婚約契約書は、家同士で締結していた。つまりこの場合、ライヴリィ男爵家が浮気を許すような状況を作っていたと、みなされてしまうのだ。
でもそれはその通りだった。
その一方でマクシエンは、ロージーの誘いにほいほい乗ってしまったことや、私が置かれている状況がどうもおかしいと思いつつも、ロージーに現を抜かした負い目もあった。それにもはや私が、ウィンザーフィールド帝国の皇女だったことも判明している。
そこはもう、スクリフ子爵が最大限の忖度をし、マクシエンと私の婚約は円満解消。むしろいろいろ気がつけず、申し訳なかった――ということで着地した。
気になるこの世界の本来の主人公、つまりはヒロイン。その名はアンヌがどうなったのか。
調べてみると、攻略対象の一人、宰相の息子と婚約をしていた。学園を卒業すると同時に二人は、前世の大学にあたる学術研究院への進学が決定。入学式となる九月までは、二人で隣国を旅行している。
宰相の息子を選んだのは、ヒロインが堅実で律儀な男性が好きなのだろうと思ったものの。ヴィクターは、攻略対象の人気投票で、不動の一位を誇っていた。その彼と一切何もなかったことを不思議に感じ、さらに調べてもらうと……。
驚きの事実を知ることになった。
なんと、ヴィクターは自らの意志で、ヒロインはおろか、女生徒との接触を避けていた。女生徒がゼロと言われる理数系を専攻し、部活動に当たる課外クラブでは剣術を選択。生徒会長になると、生徒会のメンバーは男子生徒で埋める徹底ぶり。学園では女嫌いと思われていたようだが、それはそうだろう。そこまでしていたら、そう思われてもおかしくない。
では実際のヴィクターが女嫌いなのか?
それは……そんなことはないと思う。私のイブニングドレスの胸元が、普段より少し深めに開いているだけで、顔を赤くする。身の回りを世話する侍女には親切だし、自身の女性の家族にも優しい。とても女嫌いとは思えない。
これは間違いなく、一目惚れしてしまった私のためにしていたことだ。
そう思うとヴィクターの一途さを、ひしひしと感じることになる。
そんな彼と過ごす時間は、なんだか夢のようだった。
明確に自分への好意があるという相手と散歩をしたり、食事をしたり、観劇をするのだ。彼の気遣い、優しさ、親切さを目の当たりにする度に、胸がキュンキュンしている。その一方で、私はウィンザーフィールド帝国へ向かう必要があった。皇女であると、判明したのだから、それは当然。
時間が限られている。それが分かっているヴィクターはふとした瞬間にとても切なそうな表情を見せる。楽しく笑い合った直後に、泣きそうになる顔を見ると……。
このまま思い出を作り、そして私は母国へ帰る。
そんなこと……できるわけがなかった。
この想いをどうしたらいいのか。
ずっとあの屋敷に閉じ込められた私に、この気持ちを相談できるような女友達はいない。そこで頼るのはもう、兄しかいなかった。素直に自分の気持ちを打ち明けると……。
「なるほど。イリシーヤは間違いないよ、恋をしているのだろう、ヴィクター殿下に。彼はイリシーヤを救い出すために、とてもよく協力してくれた。なんて親切な青年かと思ったけれど、そうか、下心があったのか」
「カディウスお兄様!」
「はは。冗談だよ、イリシーヤ。……王族であれ、皇族であれ、恋愛結婚は難しい。いろいろとしがらみがあるからね。でもイリシーヤは特別だ。何せこれまで誘拐され、失われた存在になっていた。だからこの年齢でも婚約者がいない。ヴィクター殿下も、婚約者がいないんだ。これはある意味、奇跡だと思うよ」
奇跡。
そう言われると、いろいろなことの巡り合わせが、奇跡に思えてくる。そして今、兄が言うように、政略結婚が当たり前の王族と皇族でありながら、ヴィクターと私は婚約者がいなかった。
「両親に事前に相談せずに、自分の気持ちのままに行動してもいいのでしょうか?」
「イリシーヤは真面目だ。気持ちのままに行動と言っても、取り返しのつかないことをするわけではないのだろう。お互いの気持ちを確認し合うぐらいなら、問題ないはずだ。気持ちが一致するなら、後は両親の説得だろうが……」
そこで兄は、私の頭にぽすっと手を乗せた。
高身長な兄のことを、私はいつも見上げながら話すことになる。
「少なくとも自分は反対しないぞ。イリシーヤを応援する。父上も母上も、イリシーヤが生きているだけでも嬉しい状況だ」
まだ見ぬ両親の姿が脳裏に浮かぶ。どんな方なのだろう。諦めずに私を探し続けてくれた二人だ。きっと心優しい人に違いない。
兄は頭に乗せた手を肩に移し、こう続ける。
「しかも相手は王族。平民を好きになった!――では大変なことになるが、そうではないだろう。反対はしないと思うよ」
そしてこんなアドバイスをしてくれた。
「明日はイリシーヤにとって、社交界デビューだ。気持ちを伝えるなら、そこがチャンスではないか。まずは二人の気持ちが一つになること。気持ちが一つであれば、その後のどんなことも、乗り超えていけるはずだ」
確かに明日、私は初めて宮殿で開かれる舞踏会に、出席することになっていた。
――まずは二人の気持ちが一つになる。
そうね。確かにそうだと思った。
明日、ヴィクターに気持ちを伝えよう!



















