絶対的な窮地
「アステア。僕が君に婚約破棄を告げる理由は、分かっているだろうな?」
マーティンは、汚いゴミでも見るかのような視線を私に向けた。その視線にたじろぎそうになるが、それをなんとか堪える。声が震えないことを願い、口を開く。
「フリン公爵令嬢に対し、厳しい言葉をかけたのは事実です。それは……謝罪するべきことと思います。ですがそれだけで婚約破棄というのは……いささか厳しくはないでしょうか」
私の答えに、マーティンとベアリリスが失笑した。その瞳は「お前は馬鹿か」と言っているように思える。
「不敬罪を問えるのは、王族のみの特権。さすがに厳しい言葉だけで、婚約破棄などできない。アステア、君が婚約破棄されるのは、このベアリリスのことを階段から突き落とそうとしたからだ」
「階段から突き落とす……?」
「そうだ。我が国においては、殺人及び殺人未遂、その両方に極刑が課せられる。つまりは……絞首刑だ。そんな大罪を犯す女性と王太子である僕が婚約? 大問題だ。よって婚約は破棄だ」
勝ち誇った顔のマーティンとベアリリスに、もはや窮鼠猫を嚙むの反撃を試みる。
「私は殿下の婚約者になるべく、血が滲むような努力をしてきました。それなのに私の婚約者の立場を脅かすような言動を、そちらのフリン公爵令嬢はされたのです。よって『舞踏会へエスコートされるのは、婚約者であるこの私よ!』と怒鳴ったり、『婚約者がいる王太子殿下と、従者や騎士の同伴なしで、二人きりで会うのは、やめていただけないかしら!』と叱責したりしたのは、事実です」
そこで息が苦しくなり、一旦深呼吸をする。今の私の言い分に同情する貴族の声が、聞こえてきた。「公爵家の令嬢なのに、婚約者がいる方と二人きりで会うなんて!」「婚約者にエスコートを求めるのは、妥当なことですわ」そんな声に励まされ、私は再び口を開く。
「でもそれだけです。そう言った注意は何度かしましたが、階段から突き落とすなどの犯罪には、一切加担していません!」
「口ではなんとでも言える。残念だがアステア、僕には証人がいるんだよ。前に出てきてほしい」
あらかじめそうすると、決めていたのだろう。マーティンの言葉に、私達を取り囲む貴族の輪から出てきたのは……。
トロン子爵の令息、ポロ伯爵令嬢、そして……私の父親、ユーリー伯爵だ。
父親の顔は既に顔面蒼白。舞踏会に向かう馬車の中では青ざめていたが、完全に血の気が引いた状態だ。それは……そうだろう。自分の娘が、せっかく王太子の婚約者にした娘なのに。格上公爵家の令嬢であるベアリリスを、階段から突き落とそうとしたと、断罪されているのだ。その上で証人として、前に出るようにと言われたのだから。
「三人とも、あの日見たことを話してくれたまえ」
自信満々のマーティンに問われ、三人は順番に話し始めた。
「あの日、ボクは宰相秘書官として、宰相の執務室に向かうため、中庭を歩いていました。そこからは王宮の離れが見えます。離れのエントランスホールは吹き抜けで、壁の一面に大きな縦長のガラス窓がありました。その窓ガラスからは、二階へ向かう赤絨毯が敷かれた階段が見えます。その二階の踊り場に、殿下とフリン公爵令嬢、そしてユーリー伯爵令嬢がいたのです。なんだか言い争いをしているようで、そして……ユーリー伯爵令嬢が、フリン公爵令嬢を突き落とそうとしたのを、殿下が止めるのを見ました」
トロン子爵の令息が早口でそう話すと、ポロ伯爵令嬢も同意する。
「その日、私はアン王女様のお茶会に参加していました。お茶会は庭園で行われ、滞りなく終わったのです。ただ私はお茶を飲み過ぎしてしまい……。屋敷へ帰る前に、庭園から近い離れのレストルームを、お借りすることになりました。そこで用を終え、エントランスホールに向かった時、言い争う声が聞こえたのです。振り返ると二階の階段の踊り場で、まさにユーリー伯爵令嬢が、フリン公爵令嬢を突き落とそうとして……。思わず悲鳴が出ました。でも殿下がお止めになり、事なきを得ました」






















































