明かされる事実
「突然、訪問することになり、申し訳ありません。ライヴリィ男爵とは連絡を取り続けていたのですが……。詳しい理由は後ほどご説明します。……私の隣にいる彼は、国賓としてお迎えしている方。ウィンザーフィールド帝国の皇太子カディウス・オリバー・ウィンザーフィールド殿下です」
これには継母、ロージー、マクシエン、私が「「「えええ」」」と溜まらず声を出していた。
ウィンザーフィールド帝国は、この大陸で多くの領土を持つ、まさに大国。
国土がとても広く、首都はかなり東より。
大陸でつながっているとはいえ、ウィンザーフィールド帝国の首都に到達するには、大陸一と言われる万年雪で覆われた山を越える必要があったし、船旅でも相当かかる。
よってウィンザーフィールド帝国に行ったことがある人、逆にこちらへやってきた人は、ほぼいない。ウィンザーフィールド帝国出身の人間に会ったことがあるなんて人は稀であり、一体どんな国なのか。それは謎のベールに包まれていた。
これは何もローゼンクランチ王国だけの話ではない。多くの国が、ウィンザーフィールド帝国と国交は開いているものの、その遠さゆえに、実質の交流はない。つまりこの世界において、ウィンザーフィールド帝国がどんな国なのか、あまりに知られていなかった。まさに未知の大国というわけだ。
この事実を踏まえると、間違いない。
皇太子カディウスと私は、同じ銀髪に紫の瞳をしている。きっと私は、ウィンザーフィールド帝国出身の人間なのではないか。
改めてカディウスを見ると、とても長身で、瞳も大きく、鼻もかなり高い。そして何より肌が、とても美しい。まさに雪のようであり、大変すべすべしていそうな肌だった。そこは……なんだか私と同じだと、思わず嬉しくなる。
マクシエンは、私を奴隷と言っていた。
だがこの髪と瞳の色は、ウィンザーフィールド帝国由来のものに違いない。
思いがけず自分のルーツが明らかになったものの、でもなぜ遥か東の大帝国の、しかも皇太子がやってきたのか。もしや、と思う。いや、まさかと否定しつつ、期待はした状態で、カディウスの話を聞く。
「こちらにいるのは、わたしが信頼する護衛騎士筆頭のサー・ハロルドです。彼の父親であるオルロフ卿は、皇帝からの命を受け、長らく極秘任務についていました。ですが残念なことに、彼は病で倒れてしまいました。そこで今から一年半前に、その後を引き継いだのが、こちらのサー・ハロルドです。我が帝国に五つしかない公爵家の嫡男でもあります」
紹介されたハロルドは、騎士らしく美しくお辞儀をする。
サラリと絹糸のような銀髪が揺れ、ため息が出そうになった。騎士なので、よく鍛えられていると思うのだけど、いわゆる細マッチョ。着やせしていると思う。それにやはりカディウス同様、長身で鼻が高い。
「今回、ヴィクター殿下に私が同行した理由。それは皇帝からの命とも関連するのですが、まずはそちらの皆さんの紹介を、お願いできないでしょうか」
カディウスの言葉に父親は、マクシエンを含めた自身の家族を順番に紹介した。
それが終わると、カディウスが静かに口を開く。
「まず、大切なことを伝えさせていただきます。ウィンザーフィールド帝国の人間に会うのは皆様、初めてかと思います。帝国の人間が皆、銀髪にこのアメシストの瞳と言われる、紫の瞳を持つわけではないのですよ。銀髪にアメシストの瞳を持つのは、皇族のみ。サー・ハロルドは、皇族を祖先に持ちますから、ゆえにわたしと同じなのです。外で待機しているわたしの国の騎士の多くが、シルバーグレーの髪に、ほぼ黒に近い紫の瞳なのです。兜を被っているので、分かりにくいかもしれませんが」
心臓がドクンと大きく跳ね上がった。だって、そうなると私は……!
「こちらにいらっしゃるパメラ・ライヴリィ令嬢。彼女は間違いなく、我が一族の血を引いています。見るからに明らかです。……ウィンザーフィールド帝国の皇宮は、厳重な警備体制を敷いているのですが、ある時、賊が侵入しました」
その時を思い出したのだろうか。
カディウスがため息をついた。
一方の私はドキドキしながら、カディウスの話を聞いている。
「大陸ではない、ウィンザーフィールド帝国からさらに東に行った地にある島国の、手練れのスパイ組織で、彼らはわたしの暗殺を試みたようなのです。でもそれは失敗に終わり、代わりに生まれたばかりの妹が……イリシーヤ・レイア・ウィンザーフィールド。まだ赤ん坊だった妹がさらわれたのです」
ということは、この見目麗しいカディウスは……私の……お兄さん……!?
そ、そうだったの……!?
もうドキドキから、バクバクになっている。
「東の国から来ているということは、港を使い、国に戻るだろうと判断されました。そこで港や海岸沿いの警備を強化させるということを、大々的に知らせたのです。すると賊は内陸に向かったようで……」
なるほど。
賊を捕らえるため、あえて海岸沿い一帯の警備を強化したことを広め、船出できないようにしたのね。
私の兄だと判明した、秀麗な姿のカディウスは、落ち着いた様子で話し続けていた。
「その後、妹が何をどうしてローゼンクランチ王国まで流れつくことになったのか……。それは、分かりません。でもわたしの父親は……ニコロス皇帝は、皇女を諦めませんでした。捜索を続ける中で、どうやらライドル公国で勃発した戦に巻き込まれ、そのままローゼンクランチ王国へ連れて行かれた可能性があるという情報をつかみました」
この話でいろいろ腑に落ちた。
その戦に参戦した父親のパートナーだった騎士が、私を拾って連れ帰ったということね。
「その後、サー・ハロルドの父君であるオルロフ卿は、自身が病に倒れるまで、ローゼンクランチ王国内で妹を探し続けてくれたのです」
……! パメラ……イリシーヤの生みの親は、彼女のことを諦めていなかったのね! 前世において、失踪した子供を生きていると信じ、何十年も探す両親の姿を、ニュースで見たことがあるが……。親の子への愛情は、なんて深いのだろう。これには胸が、感動で震えてしまう。
「先程お伝えした通り、ウィンザーフィールドの皇族の容姿は、銀髪にアメシストのような瞳と、とても目立ちます。すぐに見つかるかと思いましたが、なかなか見つからず……。オルロフ卿が病に倒れた後、ローゼンクランチ王国に向かったサー・ハロルドは、これまでとは違うアプローチを始めました」
そこで一呼吸置くと、兄であるカディウスは、驚きの話を続けた。
「異国の人間は、闇人身売買ブローカーにより、売買されることが多いということから、そこで取引がないか、探ることにしたのです」
カディウスの言葉には当然だが「えっ」となってしまう。
ここにきて、闇人身売買ブローカーの話が出るとは、思わなかったのだ。
驚く私をチラッと見ると、ハロルドは静かに口を開いた。
「ローゼンクランチ王国には、闇人身売買ブローカーがいくつかありますが、その中で最大と言われているのが、ベンジュリという男が仕切る組織でした。自分は身分を偽り、ベンジュリの上客となったのです。そして彼から情報をいろいろと引き出すことにし、さらに異国の女性であれば必ず買い取ると告げました。ベンジュリの持つ情報網と人脈を使い、皇女様を探し出そうとしたのです」
ベンジュリの表向きの顔は家具屋、でも裏の顔では闇人身売買ブローカーだった。ベンジュリが商売をしている建物へ、私が運ばれた時。そこに現れた変態貴族ハーロル。
今、この場で始めて聞いたサー・ハロルドのその声は、間違いない。
彼とハーロルの声は一致している!
そうだったのね。ハーロルの正体が、サー・ハロルドだったなんて! あの時は自身の身分を偽っていたから、かつらを被り、薄い紫色のレンズのアイグラシズ(鼻眼鏡)をつけていた。つまりは変装していたということ。
それによくよく考えてみると、ハロルドとハーロルという名前は、よく似ていた。
今さらだけどあの時、私、馬車から逃げなければよかったのね……!
そう思うが、今、悔やんでも、どうにもならない。
「ようやく皇女様を見つけることができたのに。すぐに自分が正しい身分を名乗らなかったため、奴隷として買われたと思った皇女様は、馬車から逃げ出してしまい……」
そこでハロルドは自身の額に手を当て、大きく息をはき、そして話を再開させる。
「迂闊でした。すぐに捜索をしましたが、皇女様が教会に逃げ込んでいることが分かり、躊躇することになります。皇女様の捜索は非公式で行われているので、自分のことは勿論、皇女様の身分について話すこともできません。何より教会は神聖な場所ですし、ベンジュリのように、お金でどうこうするわけにはいきません」
サー・ハロルドは、さすが騎士だけある。
真面目だし、自らが信じる騎士道精神に従い、教会へ踏み込むことはなかった。
「手が届く場所に皇女様はいるのに、何もできない。大変歯がゆくなりましたが、皇女様がこの国おいて、どのような状況にあるのか、それを把握することができました」
継母とロージーの体が微妙に動いたように感じる。
サー・ハロルドの今の一言に、嫌な予感を覚えたのだろう。
「もし奴隷のような身分で虐げられているなら、お金で解決することもできると思います。ですが男爵家という貴族の令嬢として育てられていることが分かったのです。貴族であるならば、筋を通す必要があります。突然、娘が消えたとなれば、ご両親も悲しむでしょう」
確かに私は男爵家の令嬢として、途中までは育てられた。
しかしサー・ハロルドに会った時の私は、奴隷にも近かったと思う。
「そこからは、ウィンザーフィールド帝国として、動くことになりました」
国として動くとなると、いろいろと手続きを踏むということだ。つまり……。






















































