自由への扉
自由につながる扉が、開かれている。
枷をつけられているわけではない。
ここから逃げ出せば――そう思った。
だがその扉から逃げれば、すぐにあの傭兵に見つかり、矢を放たれる。ならば。
開いている左手の扉ではなく、右手の扉から逃げればいいのでは!? 馬車の鍵は、通常内側からかける。でもこんな風に買い取った女を馬車に乗せるなら、外側から鍵をかけるタイプかもしれない。まずは鍵の位置を確認する。内鍵で、鍵はかかっていない! 窓から往来を確認する。
あの荷馬車が通過したら、扉をゆっくり開け、飛び出す。
頭の中でシミュレーションする。
まっすぐの路地に行きたいが、あれでは完全に背中を矢で狙われてしまう。ならばそのまま人通りの多い歩道に沿って、逃げることを決意した。人混みに紛れる私を矢で狙うのは、困難なはず。
ハーロルの馬車のそばを、荷馬車が通過した。
よし、今だわ!
こうして私は命からがらで馬車から、ハーロルから、傭兵の矢から、逃げ出すことに成功した。その後はすぐに街の教会へ飛び込み、保護を求めたのは、ある種の賭けでもあった。闇人身売買ブローカーが、平然と街で商売できるのは、いろいろなつながりを持っているためだ。もし教会もその魔の手に落ちていたら……そう思ったが、そんなことはなかった。
継母からの通達も来ていたので、そのまま保護された。
つまり選択肢は、最悪なものが二つしかなかった。
変態貴族の手に堕ちるか、継母の元へ戻されるか――そして後者に落ち着いた感じだ。
これは私にとっての救済だったのか、それとも……?
ともかく変態貴族の慰み者にはならずに済んだ。
その後、あの闇人身売買ブローカーはどうなったのか。
私の逃走がきっかけだったのかは分からない。
だが私が保護された同日に摘発を受け、一網打尽にされたようだ。それを知ったのは、バケツと一緒に渡された、ニュースペーパーの記事でだ。逃亡を企てたことを叱られ、物置に一週間、閉じ込められることになった。その時に渡されたニュースペーパーで、確認した。
ただ、ハーロルに関する情報は、一切なかった。変態貴族がうまいこと逃げ切ったのかと思うと、鳥肌が立つ。あんな大金を気軽に出せるなら、いろいろな人間の口を封じることも、お手の物だろう。きっと何事もなかったかのように、他の街にある闇人身売買ブローカーを、利用するに違いない。
ベンジュリらと共に、ハーロルも捕えられたら良かったのに。
悔しく思うが、物置に閉じ込められ、何もできない身。どこかで化けの皮が剝がれ、ハーロルが身を滅ぼすことを願うしかない。
ちなみに私の逃亡について、継母は父親に「突然、屋敷から消えて驚いたが、どうやら忍び込んだ人攫いに攫われていたようだ」と報告していた。闇人身売買ブローカーが、摘発されている。父親は微塵も疑うことなく、継母の言葉を信じてしまった。
ふとここで、私がいなくなれば、継母やロージーにとって、好都合なのでは?と思ったのだが、どうもそうでもないらしい。継母と父親は、既に険悪になっていた。しかも金山は、手中に収めている。こうなると父親は、別に継母とロージーを厄介払いすることもできたのだ。そうしないのは、私を育てさせるため――という理由があることは、メイドの噂話で理解した。
つまり継母とロージーにとって、私は憎たらしいが、追い出すことはできない。よって屋敷の中に閉じ込め、存分に虐げようと言うわけだ。
奮起して、屋敷からの逃亡を企てた結果。
あっさり人攫いに捕まり、変態貴族に売られた。そのまま変態貴族の屋敷に連れて行かれるという瀬戸際で、何とか助かった。だが結局、継母とロージーが待つ屋敷へ逆戻り。
私の一世一代の逃亡劇は、実にお粗末な結果で終わってしまった。
結局はただの男爵家の令嬢が逃亡を企てても、そうはうまくいかないと言うことだ。
それを悟ると、後は――。
何のスキルもない男爵家の令嬢が逃亡を企てても、そうはうまくいかない。
そうなるともう、忍耐の日々となる。
この時の私を支えたのは、密かに部屋に持ち込んでいた数冊の本とニュースペーパーだ。その本を見て、読み書きを忘れないようにした。捨てるはずのニュースペーパーを部屋に持ち帰り、世の中の動きを把握するようにしたのだ。そうすることで、ネズミが大運動会し、手の届かない場所は蜘蛛の巣ばかりの屋根裏部屋でも、なんとか耐えることができた。
こうして私は、十五歳になっても社交界デビューすることなく、当然だがこの国の第三王子と出会うこともなく、ヒロインが登場する王立ローゼンクランチ・アカデミーに入学することもなかった。
私と同い年だったマクシエンには、当然だが、社交界デビューを兼ねた舞踏会へ共に行くことを誘われた。それに対する私の答えは「体調が悪いのでごめんなさい」だ。代わりにロージーが、マクシエンにエスコートされた。
マクシエンが屋敷にロージーを迎えに来た時。
私は屋根裏部屋に閉じ込められ、扉は外側から鍵をかけられていた。窓も板で止められ、開けることはできない。でもわずかな隙間があり、そこからマクシエンにエスコートされたロージーが見えた。
美しいピンク色のドレスを着て、黒のテールコートを着たマクシエンにエスコートされるロージーは、おとぎ話のお姫様みたいだった。対する私はメイド服姿で、手はあかぎれまみれ。
本来のゲームの流れであれば、悪役令嬢パメラは、社交界デビューした舞踏会で、自身のシルバーブロンドと紫の瞳が珍しいと注目を集め、この国の第三王子に見初められ、彼と婚約する。そして第三王子と共に、王立ローゼンクランチ・アカデミーに入学し、そこにヒロインが登場。第三王子は勿論、他の攻略対象であろうと、私、悪役令嬢パメラは、卒業舞踏会で断罪されるという流れだった。
自分が今置かれているこの状況は、そのゲームの流れからは、かなり逸脱している。まさにドアマット悪役令嬢。こんなことになるなら、断罪確定の悪役令嬢で構わなかった。第三王子と婚約し、王都に暮らし、彼と束の間の幸せな時間を、楽しみたかった。
ゲームのシナリオ通りの悪役令嬢になりたい――そんな風に思う事態になっていた。
だが今となっては、王都がとても遠い。
ゲームの正しいルートの悪役令嬢パメラは、第三王子と婚約するにあたり、父親には伯爵位が授けられている。王族と婚約するにふさわしい身分ということで、爵位がアップしたわけだ。
こうして父親は男爵から伯爵になり、王都で屋敷を手に入れる。その屋敷にパメラと父親は共に移った。そしてパメラは王都にあるアカデミーに通う。鉱山の採掘は続けているが、王族の婚約者に選ばれたパメラのことを、父親は大切に扱っている。よく二人で買い物に出掛けては、宝飾品からドレスまで、パメラが欲しがる物をすべて買い与えていた。豪華なレストランで、共に食事をしていたのだ。継母もロージーもいない。本当に、今とは大違いだ。
現状はどうなっているのか。
社交界デビューはなしで、屋敷では使用人扱い。婚約者はなし。学校にも通っていなかった。
ただ、断罪はされずに済んだ。
まさに今日。そして今頃、アカデミーでは卒業舞踏会が行われている。もし悪役令嬢として私が王都にいたら、丁度、第三王子による婚約破棄と断罪が始まっただろう。
その代わりなのだろうか?
翌日。卒業式を終えたマクシエンは、我が家を訪ねてきた。マクシエンは私に、話があるという。「エントランスホールに、今すぐ来るように」――そう、継母からと命じられた。
 






















































