最期はぼろ雑巾
気づくと全身の力が抜け、ぐらぐら揺れていることが分かった。頭がぼーっとして思考がうまく回らない。何が起きたのだろう?
目を開けると地面が揺れており、自分が誰かに担がれ、移動していると分かった。
「珍しい髪色と瞳のガキだな。初めて見たぞ、紫の瞳なんて」
「ああ。ベンジュリの旦那は、異国の人間を高く買い取ってくれる。なんでも異国の女好きの乗客がいるらしい。それにコイツ、ガキかと思ったが、胸は意外にある。痩せてはいるが、もしかすると十七・八歳なのかもしれない」
「なるほど。……ろくに食っていない。でも着ている服はボロボロだが、質はいいもんだ。あれかな。貴族の家で虐待されている子供。最近多いよな、そういうの。屋敷から逃げたはいいが、生きる術をもたない。捕まえられて売られても、逃げる場所もないわけだろう。結局、買われた先で搾取され、最期はぼろ雑巾だ。大人しく屋敷にいればいいものを」
いきなり聞かされたこの会話に、いろいろと衝撃を受ける。
虐待されている貴族の子供って、そんなにいるものなの?と。でも思い出せば、シンデレラも白雪姫も虐待されていたわよね。
虐待されていても、王子様に助けられ、ハッピーエンドになるなんて、稀なことなのだろう。実際は……私のように、虐待に耐え兼ね、逃げ出しても、こうやって更なる不幸に襲われる。
私を担ぐ男、その隣で話す男。この二人は、人身売買をしている闇ブローカーの人攫いであると、すぐに理解できた。
そうか。私、明るいし、昼間だからとピクニック気分になって、身を隠しながら行動していなかった。このまま攫われ、売られてしまう……。
一瞬、無気力になり、あきらめそうになるが。
ううん。こんなところで躓いて、投げ出してはいけない。いつも心の中で辛い時に思い出す、前世の言葉がある。諦めたらここで、私の人生終わってしまう。そうはさせない。悪役令嬢ではあったが、転生できたのだから!
気力を振り絞り、決意を新たにする。
逃げないと!
そう思ったが、今、自分がいる場所が分からなかった。地面の様子や周囲の物音から察するに、まだ森の中だ。森の中で逃げたとしても……すぐに捕まる。
理由は単純。
森の中は人間が歩いたり、走ったりするための道がない。そんなところを走れば、木の根に躓く。思いがけないところに大きな木の枝が落ちていて、それに足をとられる。よって森にいる今、逃げ出すのは、懸命ではない。
この国では人身売買が禁じられた。つまり大昔には悪習として、奴隷制度が存在していたのだ。しかしそれもかつての話。現在、奴隷制度は廃止されている。だがその取引は、闇市場で続いていた。そしてそんな恐ろしい取引は、街外れや村外れで、行われているわけではない。表向きは商社や海運業で、裏で人身売買をやっていたりする。よってその取引が行われるのも、街中なのだ。
つまり私は、これからどこかの街へ、連れて行かれるだろう。
逃げるなら、そこだ。街へ着いてから。
街なら人も多い上に、建物も沢山あるので、隠れる場所が豊富にある。いざとなれば教会、修道院、孤児院に飛び込めばいい。意識を失ってから、そこまで時間は経っていないし、ここはまだ父親の領地内だろう。どこかに逃げ込んでも、一時しのぎに過ぎないかもしれないが、人身売買されるよりはましだ。
さっき、男が言っていた通り、「結局、買われた先で搾取され、最期はぼろ雑巾だ」は本当だと思う。既にドアマット悪役令嬢だが、もしここで人身売買されたら、その先に待つのは……。
しかもこいつらが私を売ろうとしている相手の顧客には、異国人の女好きがいる。そんな奴の手に渡ったら、取り返しのつかないことになってしまう!
この時ばかりは、悪役令嬢パメラの銀髪と紫の瞳を恨むことになる。
それはそれとして。冷静に考えよう。
何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
石橋を叩いて渡る、だ。本当に街に着いてから逃げるのでいいのか。再検証する。
森の中でやみくもに逃げ、逃げきれたとしても、そうなった時は間違いなく、迷子だ。それに彼らから逃げきれても、獣や別の犯罪者が潜んでいる可能性だってある。森の中はやはり危険だ。それならばやはり、街へ着くのを待とう。
そう決意し、お腹がなりそうになるのを堪え、人攫いに運ばれるままにする。
途中で休憩した人攫いの二人組は、慣れた手つきで火を起こし、持参していた干し肉をあぶり始めた。もう香ばしいいい匂いがあたりに漂い、お腹が何度も鳴りそうになった。目を覚ましたことにして、私も何か食べていいか尋ねたいと思ったが……。
今は気絶していると思われ、手足を拘束されていない。もし私が目覚めたと分かったら、逃げないようにロープで結わかれるだろう。そうなると、街へ着いても逃げ出せなくなる。
だから我慢した。
あの時程、お腹がすいたことは、後に先にもない。屋敷にいれば、隠れてストロベリー一粒ぐらいは食べることができた。でも干し肉の食欲をそそる匂いを嗅ぎながら、何も食べられないなんて……。
本当に、切ない体験だった。
「食った、食った。あ、この女のカバンにリンゴがあるぞ」
私のリンゴ……!
男達は、私の貴重な食料であるリンゴをそれぞれ齧りながら、再び私を担いで歩き出した。
この時の私は……もう、くそーっ! だった。
リンゴがシャリ、シャリといい音を立て、男達の胃袋に収まっていくかと思うと……。
歯軋りしたくなるのを、我慢することになった。
そしてそこからどれぐらい男達は歩いたのだろう。痩せているだろうが、人一人を担いでいるのだ。しかも舗装された道ではなく、森の中の道を歩いている。定期的に男達が休憩をとることで、頭に血がのぼり、目が回るような事態は避けられていた。そして景色の変化も確認でき――。
どうやら街道に出たようだ。
街道の人馬共に休める休憩所に来たようで、そこで二人の男は、私を荷馬車の荷台にのせた。その荷台には、家具が置かれており、私は……チェストの中に入れられたのだ。これはサイズ的にキツイ!
私が入れられた家具以外にも、クローゼットやキャビネットもあった。多分、家具に人間を隠し、検問所を通過するつもりなのだろう。
こうしてしばらくは、荷馬車の中のチェストで、揺られることになる。
姿勢がキツくなければ、寝ていたかもしれない。でも狭いし、圧迫感があるし、苦しいしで、寝ることはできない。とにかく早く街へ着くことを願った。
そしてその時が遂にやってくる。
検問所を通過し「おい、待て。酒を買ってくる」と、男の一人が御者席からいなくなる気配を察知した。
検問所の通過には、それなりに時間がかかっている。それは時間的に街への往来が増える時間だったからだろう。そのせいで家具は、例えばクローゼットの扉を開けて中を見る……なんて確認もなかったようだ。……いや、そうじゃないわね。そもそも賄賂を渡し、そこまでチェックされない状態だったのかもしれない。
ともかく周囲にも人が沢山いるような気配を感じるし、この隙に逃げようと、チェストの蓋を持ち上げた時。すぐそばを馬車が通り過ぎ、息を呑む。
今、勢いよく飛び出したら、馬車に頭からぶつかっていたかもしれない。
すぐに状況を理解した。私は、荷馬車の右寄りに載せられたチェストの中にいる。そして歩道は左側。今、このチェストから逃げ出すと、右側を走行する馬車にはねられる……。
せっかく逃げ出せると思ったのに! これは、断念するしかない。そうこうしているうちに、着いてしまった。闇人身売買ブローカーの本拠地らしき建物に。
これにはさすがに心臓が、バクバクしてしまう。建物の中に入ってしまうと、逃げ出すのが難しいのでは?――という気持ちになっていた。チェストから出され、牢屋や鍵のかかる部屋に閉じ込められたら、もうお終いだ。そうなる前に、逃げたい気持ちは山々だった。だがしかし、検問所を通過した直後とは、状況がまったく違う。本拠地の建物なら、見張りがいるに違いない。
どうしてもたもたしてしまったのかと焦る一方で、こんな風にさらわれることに、慣れているわけではない。手際よくやるなんて、最初から無理な話。それ以前に、そもそも逃げること自体が、無理だったのでは……? 絶望的になりかけた私に、さらに追い打ちをかける声が、聞こえてくる。
「ベンジュリ様、こんにちは。今日は異国の女が、手に入りましたよ。少し痩せ気味ですが、食わせれば、男が喜ぶ体になると思います。目が紫で、銀髪なんですよ。珍しいですよね?」
人攫いの男の言葉に、心臓が止まりそうになる。このままでは、異国の女を好む、変態貴族に売られてしまう……!
「そうか。もしやそれは、領主様のところの子供かもしれんな。今朝、検問所の人間が、そんなことを言っていた。なんでも領主様の奥方から、通達が来たってな」
……!
これには、実に微妙な気持ちになる。変態貴族に売られないで済んでも、継母の所へ戻らされることになる……。助かるような、助からないような。
「へ、そうでしたか。……そうなると、ベンジュリ様、その女の買い取りは……?」
お読みいただき、ありがとうございます!
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