表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

白光

作者: 頼守シロロ


びゃっこうって読むよ(読んで欲しいの意味です



 




とある会社のメイクルーム。三人の女性が居た。一人は派手目の化粧をしており、二十代前半のセラ トモコ。この中でも一番年上の二十七歳である冷めた目付きが印象的な女性は、名をカナコと言った。


二人と偶々、一緒になった二十三歳の女が、二つ年上の相手と連絡を取っていると、不意に二人から目を向けられた。

視線に気が付いて振り返り、「どうしたんですか?」と聞くと、にやにやとしていたトモコの方が口を開いた。


「いえそのぉ。結婚するなら誰が良いですかって話をしてたんですけども、貴女なら誰をあげます?」

「私とこの子は佐久間さんか、|小楢≪こなら≫はアリかなって。」

「あ!コナラサンとか確かに有りですよねぇ?流石はカナコ先輩ですねぇ!」

「あっそ。」


小楢は、第一印象はパッとしない男。見ていると、次第に普通に男性としては良い線行っているのでは、と気付く様にはなるが、直ぐ近くのより魅力的な男性には一、二歩及ばない。そんな男だ。けれども、逆に言えば、そう見えないからこそ、安心して女は付いて行く。それだけは、よく知っていた。


一瞬、ピクリ、と目の下が引き攣った女は、思わず、その人を選ぶんですか、と質問しそうになり、僅かに開いた口を直ぐに閉じた。

二人はその様子に気付いた気配は無かったが、平らな声で、「そうなんですね。自分は、人気のお二人とかが狙い目かなーと。」と発した女の言葉には、素早い反応を示した。


「えぇえ?!!あの二人ですかあ!!流石に……それは、無いんじゃないですかね……。ね、カナコ先輩。」

「ま、そうねぇ。あの二人は魅力的だけれども、ほら。何て言うか。」

「ぶっちゃけ、遊んでそうですし、クールぶってる方のアズキ君は何だかんだ落ち着いた時期に逆に浮気しそうですもん。」


散々な言い様だったが、それでもうっかりと納得してしまいそうな女子人気が根付いていた人物たちだったので、否定する気も起らなかった。寧ろ、気になるのは。


大仰に驚いて見せたセラと、セラからチラチラと目配りをされて、悩まし気ながらも薄っすらと苦く笑ったカナコの二人を、冷静に眺めていた女は、疲れた目を伏せた後、ニコリと笑った。


「そうですよね。冗談ですよ。」

「っあ、やっぱりそうですよねぇ!!」

「ふう。私も安心したわ。」

「でも、本当に良かった~。何か騙され易そうですもん。」

「セラ。ちょっと言い方がアレよ。」


二度瞬きをしたトモコは、仲の良い先輩に気まずげにされて、慌てて手を顔の前で振った。


「あ、勿論、悪い意味じゃなくて、そのっ、優しくて包容力があるので、って意味ですよ~。へへ。」

「気を付けなさいよ。私からも謝るわ。それじゃ、先に行くわね。」

「わ、待って下さいよー!アタシも行きますぅ~。」

「早くしなさいよ。」


バタバタと出て行った二人が去り、騒がしさが消えたメイクルームを見つめ、首の後ろに手を当てるとぐるりと首を回した。

化粧を整え直す前に、一度、振りで頬を掻いた女は、再度携帯の画面を点けると、名前の並ぶトークルーム選択画面にある一つの名前、『クズイ君』と表示された地面を一瞥すると、深々と溜め息を吐き、アプリを落としてから即座に画面を消した。



ある日の夜、男が女の部屋に訪れていた。もう交際が始まってから数年が経ち、どちらかと言うと友人同士の空気感に近い気安さを感じられる二人の関係性は、良い意味であっさりしていた。山のプリントがされた黒い半袖のシャツを着た男の背中を見ながら、携帯を弄っていた手を止めて、女は言った。


「そういやさ。」

「おう、何だ。」

「昼に話してたんだけど。」

「ああ。」


通知のポップが来て、うっかりと反射的に指が動き、押し間違えた女は、丁度、探していて欲しいものがその画面にあったのを見て、「そんで……。」と、一つ間を置きつつそれをカートに入れてから、戻るボタンを押した。

何の話をしていたかを一瞬考えつつ、そうだったと続きを話す。


「何かさ、結婚するならどの男が良いか的な話振られて。」

「おぉ。」


いきなりの話題選びに吃驚しているな、と、首を傾げた背中に目を細めた女は、落ち着いた色合いの機能性と肌触り重視なパジャマの裾から覗く己の薄紫に染まる爪先に視線を移した。


「そんでさ、女子人気が固い二人いるじゃん?そいつら推したんだけど、遊びそうとか遊んでそうとかぶっちゃけられて、冗談にしたんだけどさ。」

「そうか、あの二人な。ま、トウジの遊び癖の方は兎も角、あいつら二人とも良い男ではあるからな。」

「あっそう?男目線でもそう思うの?」


やっと目が合った。此方だけが見つめていた筈なのに、つまらない。


視線が逸らされたと分かると、何故か、わざわざ一人用の椅子から立ち上がって、ベッドの上でクッションを抱えて座る女との距離を詰めて来た男に、こういう所がどうかと思うと眉を寄せそうになり、堪えた結果、真顔になった。


「っぷ、何だその顔。……ま。大学の同級だからな、嫌でも、根が良い奴らなのは分かるよ。」

「へぇー。」

「興味なさそうだな。良いけど。あいつらはな、ん。」


先を続けようとした男が、話の途中で、一言謝りを入れ、携帯を触り出したかと思うと、唐突に、「今度スキー行かね?」と言って来たので、「いや行かないやろ。」と即座に断った。


気を取り直して、実は大学時から知り合いだったという二人の事を語り出した。女は黙って聞き流していた。


「詰まりは、アズキマンの方が小学校からの幼馴染なんだけど見事に知り合わずに居たら大学で再会して、彼方から話し掛けられてマブになり、喧嘩別れして今は偶に飯食いに行く仲で落ち着いて見守っていると。」

「そそ。」

「トウジは何故か子犬属性で、大学時代は顔見知りだったけど、ここで再会してから困っている所を一度助けたら、以降懐かれていると。」

「ホントうにそれ。」


うにって何だよ。再び通知のポップが来たので、スムーズな動作で指を滑らせて機内モードにした。そもそも、家に居る時は基本的に携帯は触らないか、疲れている時には機内モードが常時だった。何故か今日は手離し忘れていたものの、この男の所為かと一人でに納得していた。





その後、二人は別れ、何かしらの形で子犬の方と縁があり、女は寿退社をする。そうして数年が経ち、男が課長となった頃、彼女は現れた。


すっかりと垢抜けた落ち着きのある美女へと変貌していた彼女は言った。


「ちょっと話があるんだけど。良い?」

「ああ、俺も話し掛けようと思ってた所だよ。」


嘘だった。本当は、避けて通れないだろうけれども、避けて帰れると信じて休憩に席を立とうとしていた男だった。

辞めた煙草を吸いたくなったあの感覚が一瞬、彼を包んだが、彼女の遠ざかるヒールの音に、慌てて目に付いた荷物を引っ掴み、後を追った。


自販機の前で今飲みたいものを尋ねられ、「駄賃」と言って手渡された飲み物を手にした後、男は、この時間帯には人っ子一人通らない廊下まで歩く彼女について行った。やはり、一緒に居る所を見られたくないのは、自分と一緒らしい。


「アイツはどうしたんだよ。離婚したって聞いたが、良い奴だったろ?」

「あぁ、それね。」


少し黙った後、ゆるゆると首を横に振った女は、息を漏らす様にして小さく笑った。


「育成が完成しちゃって満足しちゃったから。」

「は?何だよ、それ。」

「まあそうね。分からないわよね、昔は駄目男製造機だったもの、私。」


不意に、その台詞を聞いた男の脳内に、蘇った記憶は、とても鮮明なものだった。


『私ね、人を駄目にしちゃうの。』

『うん?』

『だからね、そんな私を叱ってくれる様な人となら結婚しても良いかなって思って。』

『ほう。』


しかも、この会話をした後に自然と関係は解消され、すんなりと結婚して目の前から立ち去って行った。


確かに、嘗ての彼女は相手を駄目にする、良くも悪くも『尽くす女』だった。それでいて、手放し難く思える人物でもあった。


何の肩肘も張らなくても良い居心地の良さはもう得られないと知った後の自身の変貌振りは、女と出会う前の元からの要領の良さもあって、見事なまでに開花していた。

今や独身貴族を謳歌していると見られている節があるが、正直、周囲のそこら辺の評価よりも、何かに打ち込めていれば、彼女を忘れられるのであれば、最早、男とってはそれが仕事でも何でも良かったのだ。……ただ、女相手だと空しくなるからという理由で、一切、すっぱりさっぱりとこれまでの女達との関係を切り、誘いものらりくらりと躱す様になっていった。


――たぶん、初恋だった。


「どんな話をしたんだ、そいつとは。」

「……?ああ、あっちからその手の話を振って来たのよ。」

「は?どうして。」


紅い唇から齎されたものは、俄かには信じ難い内容だった。


義理難く安定していて、何でも許してくれて受け入れてくれて、支える事を楽しく思ってくれて、一緒に居ると何だかんだで笑っていてくれる。


そりゃもう理想的な、男の素朴な願望をこれでもかと詰め込んだ良い女だった。人としても、分かり辛い所はあったとしても、信頼出来る人物だった。浮気?それは有り得ない。

あの男は、自分と別れる前からこの女にゾッコンだったし、実は元カレだと明かしてから疎遠気味ではあれども、偶に呼び出されて愚痴聞きかと思えば酔い絡みをされて何年経とうが女との惚気話を延々と聞かされて、タクシーを呼び出してからそいつを店に残して先に帰る事も度々あった。


それに、つい最近だって、会った時にも何も変わりは……。ふと、違和感を覚えたが、何に対してだったかは、靄掛かった様に掴み切れなかった。


「なーんか。円満離婚?って感じの持ち込み方をされて、気付いたら独り身だし、何ならこっち復帰するのも丁度良いか的な流れがあって。まあ、ぼんやりしてたら此処に居たってワケ。」


ぼんやり。何だ。かなりショックを受けているじゃないか。


でも、あの時の俺に対しては、やけにあっさりしていた癖して、そんな風に零すのか。悔しい筈なのに、不思議と、悪感情は生まれて来なかった。安堵に似た感情が男の胸中を満たしていた。


「それより、キミ君は何処に居るか知ってる?渡したいものがあってね。」


婿養子に入り、苗字の変わった、あの当時の二大勢力を築いていた片方の名前が出されて、気の抜けていた男は、思わず咽た。


「ちょっと大丈夫?」

「っげほ……ああ。心配ない。」


顔を上げると、彼女は、眉を片方だけ上げて、呆れた眼差しを向けて来ていた。男の耳に、何だその言い回し、と、聞こえない声が聞こえる来る様だった。


しかし、心配げにしていても、背に添えた手が絶妙に触れない距離感。実は、別れ話が出る前の三カ月間、この二人は、一度たりとも、手の先でさえ触れ合う事はなかった。

それとなく女の方が避けるので、そういうもんかと自身を納得させて、男は見ない振りをしていたのだったが、案の定、そうなっただけだった。


懐かしい様でいて、そうじゃない。全く以て悲しくも、終わりの時だと男は静かに己の中の恋を漸く終わらせられたと気が付いた。


それから数週間後、真相が判明した。


「何だよそれ。」


同じ事をこの前も行った気がすると、うんざりしつつ、男は自分が酔わせた結果、静かに泣き出したまま動かなくなった元子犬系、現体格の良い気が付けばスパダリと化していた後輩を睨んでいた。


休日には必ず予定が入るこの元子犬を捕まえる為に、男は、正直避けたかった、平日の夜に絞り誘いを掛けた。

昔から変わらず懐いてくれている彼は、予定が空いているこれまでの平時と同じく、即レスで了承した。


だが、こうなるとは、本人も、もしかしたら、これを企んでいた男でさえも思っていなかったのかもしれなかった。否、男の方は、個々の片隅で予想は付けてはいたが、そんな怠い展開は想像もしたくないと、一度は打ち消して忘れ去っていたのだ。主に、仕事に忙殺される日常によって。


まどろっこしさを好まなかった男は、手早くこの場から退去する為にも、的確んに質問をしていった。


「アレと別れたのは?」

「だからアレじゃなくってミユミさんだすって……あれ?今は、そっか、加藤さんなのかぅうう。別れたのは、離婚届を出す五日前にですよおぉ。」

「ッチ。で、そのM女史は、例の如く浮気でもなんかしてたのか?それとも、金関係?何絡みでお前が捨てる理由になるのか聞かせてくれよ。」

「何でぇえそんなにひどいコトになるんですかあ被害妄想逞しすぎますよ、後、あの人ケッペキ微妙に入ってるんで浮気とか自分だろうと俺がしようと即座に許さなくなるでしょうけどね……。」

「……そうか。」

「あ、センパイには耳の痛い話でしたかあすみませんでしたー。」


眉を下げながらも、へらへらと笑い出した点は良いとして、悪いと思えば素直に即謝れる。しかも、相手の事は多少の事では責めないし、先ずは、話を聞きに来てくれる。こういう所は憎めないなと思う。そう考えると、本当に似合いの二人だったのだが。なんて、浮気しまくって愛想を尽かされた男自身が言える事では無いのだが。

無論、イラっとはしたので、トドメの水の注文を店員にする為に、秒で呼び鈴を鳴らして注文した。正気に戻ったら記憶がリセットさせるのは良いが、何か申し訳ないことをしたのでは、とか顔に書いてある状態で、蒼褪めて縮こまる姿さえ見れば、少しは溜飲が下がるだろう。大概、この男はこういう奴だった。


「うぇわあでっかいため息ですねえ~そんなんだと幸せが、ほら掴まえて~って言いながら逃げちゃいますよぉ?」

「んな事があって堪るか。ありがと。ほら、ちょっと水飲め。」

「えええええぇ要りませっがほっごほごぼ。ンんぐっ!!」

「っわー良い飲みっぷりだな~。」

「うぅ……先輩、オレの事。もしや、ころすきですたか???」


まさか。と、カラリと男は笑った。


男達が洒落た街並みから数歩離れた下町に近い住宅街付近の、小洒落た静かな飲み屋で騒ぐ一方で、希しくも同時刻、とあるビルに入ったバーのカウンター席にて、待ち合わせをしていた相手が来た事を知った女はにこやかに立ち上がると、抱き締めに行った。


紅いカラコンを入れ、細身を魅せるドレスを纏った黒髪の女性は、女の学生時代からの唯一の友人だった。社会人になってから、知り合いは増えても、友達になれそうな一歩手前で女の方から距離を取る為に、実質的には、海外暮らしのこの友人がこの国に居ない以上、普段から女は一匹狼だった。


だが、それが苦ではなかった。寧ろ、人の機微が分かり過ぎるがために、独りでの行動が彼女の気性的にも割に合っていたのである。


「久し振り~。やだー、めっちゃいい女になってんじゃん。まえもだったけど、磨きが仕上がり後になってる感じ?」

「そう言うミヨも、決まってんね。」

「でしょでしょう~?」


きゃらきゃらと笑い合いながら、女が着いていた席を変えて、四人席に移った二人は、すかさずに訪れた店員に、それぞれに好きな物を頼んでいた。

通い付けと言っても過言ではない昔馴染みのこの店の常連の二人には、迷いがなかった。けれど、と、ミヨは不思議そうに、懐かしそうな目をして、店内を見渡してから、対面に座る女の方を見た。ぼうっとした顔でメニューを眺めるその姿は、何だか、あの頃の今にも消えてしまいそうな面影と重なって見えた。


「もしかして、また失恋した感じ?」

「ぶっこむね。でもそういうトコが好きだよ。私はね。」

「ウン。わかるよ?ウチも、そんな自分が好きだもん。」

「そういうマインドが丁度良いよね。」

「アハハ!あんたってさ、偶に。」


人の事、温度とか空気感で測ってる(トコ)あるよね。


そう言おうとして、全く嚙み合わない視線に、ミヨは言葉を止めた。


「ん、|何≪なぁに≫。」

「ううん。何でも。」

「そう?」


遅れて目が合った。しかし、直ぐに逸れた。今度は、ミヨの白と青で蝶が描かれたネイルアートを見つめ出した彼女に、自身の右手と左手で赤と黒の背景に別れたネイルを釣られてミヨが目に入れた所で、注文したサバカレーと南瓜の冷製クリームスープがやって来た。


「でもさ、二人して、酒飲む場所に来ておいて、フッツーに夕食ならぬ夜食喰いに来るの何なんだろうね。」

「ね。うま。」

「食べるの早。ってか、あんたの場合は、酒飲めないタイプじゃん。」

「飲めないじゃなくて飲まないの。」


何故かそれを知ってから、ミヨは女の目の前では酒を飲まなくなったが、無理して付き合わなくても良いのに。と、女は思っていた。

だが、前にそれを言ったら、父親に似て、酒飲みの性分だから、寧ろ、デトックスの丁度良い目安になるのだと言われて、そっかと頷く他無かった。それ以来、ミヨが海外に行っても、電話をしたりしながら、いつ連絡が来るか分からないから常時大体シラフにさせられてると愚痴られつつ、女はこの関係性を大切にし続けて来た。たぶん、結婚相手よりも。


「あ、今、変な事、考えたデショ。」

「うるさい。」

「うわ絶対考えってもう半分食べたの?!」

「そっちはコースメニュー順番がランダム(シェフの気まぐれによりない日もある)謎仕様選んだんでしょ。早く食べたら。」

「うわひどい。夜が明けるまで話そうと思ってたのに。フィーミちゃんの抱き枕貸してあげないんだからね、ふんだ。」

「るさいつってるでしょ。食べないなら食べるけど。」

「ぎゃーー!!手を出すな?!!我のものじゃぁあ。」


「あの、お客様。当店では、お静かにお願い致します。」


そろりと目を合わせた後、再度、店員へと目を向けた二人は、揃って頭を下げて謝った。


ここで、前までなら、「あんたの所為」「お前の所為やろ」理論が双方によって展開されていたのだが、今回に限っては、そうもならなさそうだった。


気もそぞろな、追加注文したサラダをもしゃもしゃと食べる女に、何故か素早さが逆転していて、コースメニューを迅速に食べ終えていたミヨは、心の中で、密かに、「どうしよう、この兎。」と呟いていた。


昔はハリネズミだと思っていたが、実際の所、別に一人にしか懐かないのではなくて、単純に、寂しいからこそ寂しさと仲良くなってしまったという、友達百人が常なミヨには、この女は、自分の中で究極的に対極に居て、近くても、更に遠くなるだけだった。

しかし、よく分からない人間の代表格の一人でもある彼女と知り合い、ここまで仲良くなった経緯は、今、彼女が直面しているものとどうせ同じであろう問題を抱えた彼女との愚痴大会(※初対面同士)が、一目、目がかち合っただけで自然と始まった所からだった。


そして、やはり、二人は、前と変わっていなかった。


「――そんでね。言うのさ。」

「なんて?」

「『君には、忘れられない人が居るだろう』って。……。たぶん、彼の主観入り混じったとしても何かしらの考えがあっての話しだったんだろう、けど。けども、だよ?……本ッ当っに、有 り 得 な い。」

「あーね。アンタの事言ってますか?ってなるよね、そういう時って。」


ミヨがジョージとレオンとアリアに対しての愚痴を零し尽くし切った後、漸く、緩み出したその口は、閉まらなくなった蛇口よりも物悲しく悲恋と言うよりは、何でやねんを相棒にして、ラップになりそうな話を刻んでいた。

もうラップにしちゃえば?と思わないでもないが、空気の読めるタイプに片足突っ込んでいたミヨは、ただただ頷いていた。そーね、図星じゃない点突かれても頭の中に空白の宇宙が広がるだけよね~、と。


しかし、女心をピンポイントに奇天烈に学んだのかと呆れとツッコミを通り越して、尊敬の念さえ浮かんで来る程、友人の話の中では外しまくる男の話を聞きながら、心に決めたミヨは静かに店員を呼び止めて、メニューを指差し、数と備考をあらかじめ書き終えていたメモ用紙を見せて示し、流れ作業の如く追いデザートを頼んでいた。


「え、」


無論、女の分まで一緒に。


「いやいらねーって。」

「良いから食うぞ。さあ食え、喰いなさい。」

「いややわー……って、美味いなこれ。」

「そうだろうそうだろう。」

「いや何であんたが自慢げなん何で?」

「オーナーのお孫さんと一緒にこのメニューのアイデア出し手伝ったからかなあ~。」

「何それ詳しく。」


巨大なパフェかの様に思えたものを、シャベル型のスプーンで掬い取り、吸い込んでいくと言っても良いペースで食べ切った二人は、楽しそうだった。


いつの間にか笑っていた女に、ミヨは、それでどうする、と聞いた。


女は、ただ一言だけを言った。


「ぶん回せないけど抱き締めて愛してるのはお前だって伝えて来るぜ|親友≪マイブラザー≫。」

「そうかそうか。だと思ったよ、|盟友≪マイファミリー≫。」


微妙にすれ違いながらも、二人は、別れた後に同じホテルに違う時間に戻り、それから三日程を遊び尽くした。

ちなみに、二人で時間を過ごしたのは、ミヨの乗るフライトの予定日を翌日に控えた最終日と、この夜だけだった。


「で、なんて話をするんだ?」

「や、別に。」


昼休憩の際に顔を合わせた二人は、気分の晴れた女の顔を見て、自然と声を掛けて、引き留めていた。振り返った彼女は、じっと男の顔を見てから、「そう言えば私もあった、話す事。ありがと。」と、何故か礼を言って後に付いてきた。


人気の無い廊下は、少し前に彼女と二人で話をした場所と同じ所だった。不思議と、違う場所に居る気分になるのは、あの時とは違って、影が濃過ぎる快晴ではなく、程好く春日和でいて、柔らかい光が廊下に満ちているからだろうと男は思った。


「話す程でも無いってか?それとも、俺には話す必要が無い的なアレ?」

「後者前者両取りとついでに、もう業務以外で話し掛けないでって言いに来た。」

「あ、そう、か。」

「そ。」


はぁ。全く。この夫婦は、どうしてこうも、似ているんだと己の顔を掴んだ後、目頭を押さえた小楢を見もせずに、「後ね。」と、女は零す。


「最後にお礼言いに来たの。」

「え。何で。何かしたっけ俺。昔の振られてからの、付き纏わなかった事の褒めとかはもう時効だと思いますけど。」


きょとんとした女は、直後、ツボに入った様子で、お腹と口元を手で押さえつつ、彼に背を向けて暫く肩を震わせて笑っていた。

子犬も笑い上戸で泣き上戸もついて来ているのだが、彼女の場合は、涙は見せないものの、よく笑う姿が印象的だった。先に惚れたのは、自分だったのだ。


優しい顔に、つい、なってしまった男は、視界に入った窓越しの桜を見る事にした。


「っふ、ふふ。何それ。ッはは。もー、笑える。そこら辺変わってないね。」

「……変わらずイイ男だろ?」

「いやそれはない。」

「何だよ。」

「さあ?」


一呼吸置いてから、彼女は、彼の目を見つめて、春の日差しが恐ろしく似合う、勝気な笑みを浮かべた。


「トウジと出会ってくれてありがとう。貴方と彼が出会えて良かった。」


沈黙がその場を支配した。僅かに、女の胸中に言葉選びを間違えたのでは、と、疑問が過ったものの、即座に、迷いに迷って選んだ台詞なのだからこれで良いと迷いを打ち消した。


女が腕時計を見るのを見守った男は、小さく、溜め息を吐いて、わざと耳をほじった。


「何だそれ。俺なんて言えば良いの?」

「何にも言わなくても良いし。好きな事言えば良いんじゃない。」

「あっそぅ。うん、正直、何か怖かったわ、言い方が。」

「変な疑い掛けられそうで?」

「いいや?既に掛けられていそうな感じで。」

「そりゃ失礼致しましたわ、上司様。」

「あーそーですか。元カノさん。」

「それは無い。」

「そうか。無いか。」

「うん、無い。じゃ、行くね。」


え。


「もう用は無いし。あ、再婚する時のお祝いには呼んだげるから、来たかったら来なよ。トウジに好きな料理聞かせといて。予算は決めてあるからそれ以内なら何でもOK出す。」

「マジかそれなら行く、訳ねーだろって言いたいけど行くわ。お前らの事見に行くから。結果がどうあれ。」


既に数歩進んでいた歩みを止めた彼女は、振り返らないまま、片手を上げて、「一言余計だ馬鹿阿呆男。」と笑いを滲ませた声で言い逃げした。


「俺はな、お前らの事が大好きだよ。さて、俺も縁談組んで貰いますかね。」


季節は廻り、次の春の日が来た。迎え入れた新婦の友人であるミヨと、新郎の繋がりで来たコナラを始めとして、招待した客人達に見守られ、実はやっていなかった挙式を慎ましやかながらも美しく整えられた舞台で上げた二人は、睨み合いつつ――なのは新婦の方だけで、新郎は涙ぐみつつも笑っていた。


集合写真を撮る時には、新郎が新婦を抱え上げたのだが、一枚を撮ると、直ぐにその腕から降りて、何故か「独身です、以上。」と謳うミヨを笑かした後に、小楢と、その隣に居た夫婦を呼び寄せて、新婦に指示された通りの意味不明な決めポーズ(MVのジャケットになりそうな面々と立ち位置)をノリノリで決めながら少人数で写真を撮った。どうしてだか、新郎はその額には入れなかった。



孫による話題到来の熱もすっかり冷めきり、周囲も落ち着いた頃になり、手が空いてアルバムを見直していた初老に差し掛かった女は、クマさんのマグカップでココアを飲んでいた夫の隣に座った。


どうしたの、と聞いてきた夫に、「別に何でもない」と答えた彼女は、可笑しそうに、自分があの時に結婚式は今挙げたくないと断って良かった、なんて日記に付けた日の、その理由にもなった、先ほど見つけた写真を思い浮かべながら、欠伸を漏らした。



「ねえ、どうして僕を選んだのか、今更だけど聞いても良い?」

「ふ。本当にね。たぶん、オレから僕に変える様な人だからじゃない?」

「どうなんだろ。それ。」


でも、理由が無いとか、本当の事を言うよりは良いのかもしれない。


理由や意義、意味を決め付け過ぎてしまう事に、当時の自分が少し嫌厭していたからこそ、ああこの人が良いな、で選んだだけなのだが。

もしかしたら、難しく考えない事が取り柄でもある流石の夫でも、うっかり、泣いてしまうかもしれない。それは良いが、またああなるのだけは、嫌だった。正直な所、始めは好意を寄せられても、結局、愛の比重が似ている領域にまで至らなければ、死ぬまで悩みかねない自分と、ほのぼのとした彼とは極めて相性が良かった。と、後から判ったのだが。


「もう寝ようかしら。」

「じゃあ、僕が連れて行くよ。さあ手を取って。」

「っふ、ふふ。あ、そうだ、仕舞い忘れたものがあるから先に行っていて。お休み。」

「そう?お休み。」


頬に受けたキスを返した後、夫を愛して止まない彼女は、穏やかな顔で彼に笑い掛けるのだった。






セラトモコ

実はお嬢。でも、勘当された兄を慕っており、自立を目指した結果、家を出て普通のおーえるをしていた。

女の結婚報告時には、「え、あれまじで狙ってたの???」と混乱しつつ見送り、その一年後、自身も結婚をし、今は冷めた夫婦関係ながらも子供たちの前では仲良くしているのでそれで良いと思っている。


カナコ

気取った、澄ました女性。現在、結婚はしないまま、相手を探し続けている。不倫相手にされ掛けたり、相手の奥方に訴えられそうになったりと不運続きだったが、何の拍子かミヨと出会い、割と気楽に受け止められる様になり、焦りが無くなって余裕の感じられる姿にモテ期に突入しているが本人は気付いていない。


ミヨ

今何してるんだろうね。


モテる男にモテる女。駄目男製造機から育成ブリーダーにされつつ、スパダリをいつの間にか育て上げており、自身も幸せになりましたとさ。ぱちぱち……?


小楢

あの後、普通に結婚した。優良株として、割と狙いを付けられていた為に、彼の結婚時には、影で結構な数の女性達が泣いたとか泣いていないとか。


子犬系スパダリ男児。最早、何故、女に捕まったって感じの良い子。でも、結婚するまではかなり遊んでいたので、鳴りを潜めた所帯持ちの彼の変わった様子と一途さに周囲の遊び友達な男達にも影響を知らず知らず与えており、内一人がゴの付くボンボンで、更生した孫の姿に感激したドンな爺ちゃんから語り伝えられた結果として、街中を歩く女が偶に厳つい兄ちゃん達に会う度に密かに会釈されていて困惑する原因だったりもする。


従妹

結構、女と年が離れている。この子が居なかったら、小楢と女は出会わなかった。ミヨとは本能的にそりが合わないとお互いに分かっており、違和感の無い避け方のルール含め、棲み分けが会話も無いのに完了している。


おじ

バーのオーナーであり、稀に厨房や表に出て来てはバーテンダーしちゃってる可愛くも品の良いおじさま。シェフの孫が、ミヨと女の従妹との棲み分けに困惑していて、どうして、二人は仲良くしないの?と相談されたものの、本人に聞くと良いよ。全部吐くまで、のんびりと記録したら、見えてくるんじゃないかと適当な事を言っていたりもする。シェフの孫は話を聞いて貰えただけで、自分の中で結論が出たので、その意見は参考までにした。


人気の男の片割れ(たぶんアズ何とかくん)

女の結婚式の際に、人間性に惚れていた女性の祝いの場にるんるん気分で妻と共に行ってみたら、謎のノリで妻に足置きにされるポーズにさせられており、後々になって、写真撮影だから気にしなかったけれど、あれは流石に不味いんじゃと婿養子な立ち位置的にも気になって夜も眠れず、医者家系の現看護婦な妻にバレるまで睡眠薬と胃薬が手放せなかった。憐れ。


白昼夢

目が覚めているときに、ひとりでに空想や想像が視覚性などを帯びて現われ、それにふけって放心状態となること。 また、その非現実的な映像。 白日夢。(コトバンクより)


白光

そのまんま。あと、昼間の光。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ