真実は花だけが知っている
さっくり短いお話です。
書いてるうちに長くなっていったのでだいぶ端折りました。
※たくさん誤字が…ご報告ありがとうございます(汗
空気が揺れるほどの歓声の中、満面の笑みで民に手を振るのは聖女であり、王子の婚約者となった少女。肩よりやや長い金髪に青い瞳、華奢であどけない表情と可愛らしい雰囲気は、見る者の庇護を誘う。
聖女のお披露目を兼ねたパレードで、城下町の広場にある祝福の鐘を鳴らしてこの婚約を民に知らせるというイベント。だが、聖女の夫となる王子は馬車から降りる彼女をエスコートする事もなく、一人ズンズンと鐘の方へ歩き出した。
(全く、冗談じゃない。あんな女を聖女だと敬う人間もだが、だからといって何故望むままに僕の婚約者に!)
王子はこの国の第一王子で、特に能力も性格も問題なかったので次期王となる王太子の地位についた。約束された立場とはいえ努力もしてきたし、生まれて17年、大小様々な我慢もしてきた。なのに、ぽっと出の女が聖女で自分の妃になるのだと言われ納得出来るわけもない。
国の為に、と、努力をしてきた令嬢がその地位につくのなら愛情を持てなくても納得はするが、この娘は平民の中でも教養が低く、挙げ句『王子さまぁ〜王子さまぁ〜』と鼻にかかる声でしなだれかかってくるから気持ちが悪い。私室の前まで来られた時はゾッとした。
もしかして暗殺者ではないかとも疑ったが、それならばもう少しまともである方が接触のチャンスを掴めるだろうと、早々に可能性を排除する。
そんなこんなで相性最悪な女を婚約者にされ、王子の不愉快度はピークであり、どうにかして彼女からその立場を奪えないか算段する日々であった。お待ち下さい、と後ろから焦る聞こえたがまるっと無視して整備され開けた通りを進む。
「あっ、コラ!待つんだ!」
すると、警備の兵をかいくぐって王子の前に幼い少女が走り出た。制止の声を振り切った少女は王子の前に立つとニコニコ笑って花を差し出す。
「はいっ!これあげるからげんきだしてね。おうじさま」
「殿下、離れて下さい」
「いや、いい。大丈夫だ」
護衛を手で制し、王子は少女に目線を合わせるように膝をつくと、差し出された花を受け取る。
それは見たことも無い青の薔薇。
花好きな母親である王妃が見たら煩く問われそうだと思いつつ、ありがとう、と受け取った。
「この花は君の家で育てたものかい?とても素敵だね」
問われた少女(というより幼女に近い)はブンブンと首を横に振って否定し『あたしがそだてたの!』と元気いっぱいに答える。
「君が?」
「そだよ!るーしーのうちはおはなそだてて、はなやさんにおろすしごとだってパパとママがいってた。でもこのおはなは、おうじさまにあげる。げんきなさそうたったから。どこかいたい?」
そう言って王子の頭をよしよし、と撫でる。
きっといつも両親がそのようにしてくれるのだろう。
だから、心身共に疲弊していた王子が箍が外れたように極端な思考に走っても仕方がなかった……のかもしれない。
ふむ、と考えたのは一瞬。
王子はルーシーを抱き上げると片腕に乗せるように座らせた。
「わわっ!」
目を丸くして驚く様子を見て王子は笑みを零す。
「ルーシー。僕の事をどう思う?」
「キラキラして、きれい」
「そうか。じゃあ僕と婚約するかい?」
「うん。おうじさまとこんやくする〜!」
当然、ルーシーはこれっぽっちもわかっていない。
何か良い事があるんだろうと素直に返事をしたに過ぎず。
幼女のルーシーから見ても王子は美男子。
そりゃあこんなイケメンにキラースマイルを向けられちゃあ、老いも若きも色めき立つだろうよ、と見守っていた王子の側近達はため息を付く。彼が何をしようか理解したくないが気づいてしまったのだ。
(これでこの子が成人するまであと数年は時間が稼げる。あんな性悪聖女と結婚する位ならロリコンのレッテルを貼られた方がマシだ。今さえ乗り切れれば後はどうにかなる!)
王子はそのままくるりと向きを変え、来た道をスタスタ戻る。馬車へと乗り込む彼の目に光はなく、どうやら色々と限界がきていた様だ。
「王城へ」
走り出す馬車を呆気にとられて見送る取り残された人々。
その中で、一番先に我に返ったのは聖女だった。
「ちょっと!私との婚約のお披露目はどうすんのよ?!」
キーキーとヒステリックに叫ぶ女はとても聖女の資質があるようには見えず、関係者だけでなく集まっていた民も引き気味で。王子の側近はこの事態を収拾しなければならない事に絶望し、共に馬車に乗せて貰えなかった事を恨んだ。
「私はなんてことを……」
今更ながら自分のやらかしに王子は頭を抱えていた。
追い詰められて幼女を拐かして来てしまったが、当のルーシーは初めての馬車にきゃっきゃと楽しそうに足をブラブラ揺らしている。悲壮感が漂うのは王子の方だ。今更ながら波のように押し寄せる罪悪感。
「すまない、ルーシー。こんな事に巻き込んでしまって」
「どしたのー?おうじさまわるいことしたの?いっしょにあやまってあげようか?おともだちだもんね!」
向けられた大きな瞳は、純粋に己を心配する目。
「……ルーシーは僕を友達と思ってくれるのかい?」
「そうよー!おともだちは、たのしいのも、うれしいのも、かなしいのもわけあうのよ。だからなかないで?」
イイコイイコ、と頭を優しく撫でてくる小さな手は、とても温かい。
初めは然るべき年齢になったら解放すればいい、それまでは離宮で家族と暮らし、名ばかりの婚約者の立場でいてもらおうと思っていた……はずなのたが。
疲れた心に沁みる純粋な労りの心は、乾いた大地に広がる雨のように王子のささくれだった心を思った以上に癒やしてしまったようだ。
(……もうロリコンでいいか……)
危険な未来図に嵌りそうな王子だったが、続くルーシーの言葉に衝撃で我に返る。
「おうじさまはキラキラひかってて、とってもきれいよ」
「はは…そんなキラキラしてるか」
「うん!このこたちもうれしそうにしてるよ」
「えっ」
「ひかりのくにのおうじさまみたいね」
そう言って何も無い空間に『ねー?』と同意を求めるルーシー。
「ル、ルーシー。君はもしかして精霊が見える、のか?まさか、奇跡の花を育てたのも、みんな君が?」
恐る恐る尋ねる王子に、
「うん!るーしーはおはなのこたちとおしゃべりできるから、おねがいしてたの。おうじさまも、まわりにひかるこたちがたくさんいてキラキラきれい」
そう言って笑うルーシー。
キラキラしてるというのは、イケメンへの比喩ではなく、実際、光の妖精が周りにいて光っているせいだったようだ。
「は、はは。婚約なんてまどろっこしい事はしてられない、って事か………ルーシー」
「なぁに?」
「僕と結婚してくれ」
「いいよー!」
その時、王国に祝福の鐘が鳴り響いた。
いたずらな妖精の仕業か、それとも。
どうやら、王子は聖女どころか『精霊の愛し子』というとんでもなく稀有な存在を嫁に迎える事になる―――が、それはまた別のお話。
王子が名乗る所を端折ってしまった…