ザンギFは冬の季語だと思うの
実験作です
スポーツの定義とはなんだろう?
何かを定義付けるのは非常に難しいのが普通だから、もちろん、これも難しい。一朝一夕には語れない。
ただ、少なくとも日本のスポーツ基本法においては、
『スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動』
と、されているようだ。
近年、eスポーツと呼ばれる新たなスポーツのジャンルが誕生し、多少なりとも話題にされるようになって来た。しかし、スポーツの定義にこのeスポーツが当て嵌まるのかという点については多くの議論がなされていて、いまだに社会全体のコンセンサスは得られていない。
がしかし、スポーツを興行として捉え、そしてもし仮にそのスポーツを観る側の視点からeスポーツを捉えるのであれば、既に答えは出ている…… と、少なくとも彼女、天野小夜子は考えていた。
“The Emotional Championship Series”
通称EMO。
世界最大規模の格闘ゲーム大会である。毎年、数千人にも及ぶプレイヤー達が参加をし、その年の各ゲームにおける頂点を決定している。
2017年。この年のEMOのゲーム“ウルトラファイターⅤ”部門において、決勝まで残っていたのは、当時、最強とまで言われていたアメリカのパンクロック選手と日本のトキンス選手だった。下馬評通り、パンクロック選手は危なげなく勝ち続けており、世界有数のトッププレイヤーを何人も圧倒的な強さで倒していた。決勝の対戦相手であるトキンス選手も同大会のTOP64で一度、そのパンクロック選手に敗れており、彼の優勝はほぼ絶望的であると思われていた。
ところがだ。
いざ試合が始まってみると、トキンス選手はその予想を呆気なく覆したのだった。
……パンクロック選手の強みはその信じられないような“人間性能”にある。このゲームでは、通常技をヒットさせた後に直ぐに特定の出の速い必殺技を出すと、通常技と必殺技が連続ヒットし、大ダメージを与える事できるケースが多い。が、威力の高い必殺技は隙も大きく設定されており、通常技をガードされた時にそういった必殺技を出すと、相手に大きな隙をさらしてしまい、逆に自分が大ダメージを受けてしまう。
だから、隙のない通常技を振り、ヒットした時は必殺技に繋げ、ガードされた時は何もしないというのが理想的な戦闘スタイルという事になる。
しかし、そんな事は人間には不可能である……と、少なくともこのゲームの開発者達は当初考えていた。隙のない通常技は、ヒット確認もとても難しいからだ。ところが、その“不可能”が可能であることをこのパンクロック選手が示してしまったのだ。彼はその凄まじい人間性能によって、技のヒットとガードを判断し、リスクなく相手に大ダメージを与えられるのだ。
彼がメインとして使っているリンカという古武道を使う女性キャラクターは、長いリーチと高い攻撃力を誇っているのだが、それはこのようなプレイスタイルが不可能であるという前提で設定されていたものだった。当然、それが可能なパンクロック選手は大きく有利になる。それに加え、彼は天性の技振りのセンスで、相手に強力な圧を加えて来る。ゲーム性の外からやって来たかのような異次元の攻撃に、対戦相手は絶望の中、何もできずに倒されてしまうのだ。
彼の登場によって、この“ウルトラファイターⅤ”というゲームのゲーム性は変化したとすら言われている。それだけ彼は重要な位置にいる選手だった。
2017年のEMOの決勝。その脅威的な実力を誇るパンクロック選手に対し、トキンス選手は、彼の使うリンカというキャラクターの強みを絶妙な間合い管理によって殺し、心理の裏をかいた戦法で蹂躙、遂には圧勝してしまったのである。
当時のパンクロック選手の実力を知る多くの人々は、その光景をまるで奇跡のように捉え、感動を覚えた。
――そして、そんな中の一人に、彼女、天野小夜子もいたのである。
「絶対にパンクロックには、勝てっこない」
そう思い込んでいた当時中学生だった彼女は、パソコン画面の前で、優勝したトキンス選手の姿を見つめ、感動のあまり茫然となっていた。
その頃、彼女はウルトラファイターⅤをプレイしていたものの、まだまだ低ランク帯で、また上を目指すつもりもほとんどなかった。なんとなく楽しめていればそれで満足だったのだ。
が、しかし、その試合を見終えた後、彼女の中で、何かが変わった。
“eスポーツはスポーツなんだ”
彼女はそう思っていた。
これだけの熱い感動を覚えられるものが、スポーツでなくて他の何だというのだろう?
そうして彼女は、“自分自身がその感動の中心に立ってみたい”という夢を抱くようになったのだった。
“上手くなって、強くなって、素晴らしい強敵とあんな感動的な試合がしてみたい!”
それから彼女はネットの攻略サイトを巡って勉強をし、連続技や状況判断や防御のテクニックを覚え、順調に自身のランクを上げ、いつしかその実力は上位層にまで到達していたのだった。そして高校生になった今でも、彼女は“ウルトラファイターⅤ”という格闘ゲームをプレイし続けている……
――渡部葵は女子高生だ。ただ、外見は少しばかり幼く、また性格も少しばかり幼かった。だから中学生に間違われる事も多いのだが、今の彼女…… いや、彼女達を他の誰かが見たのなら、それ以外の理由で「女子高生っぽくない」と言うかもしれない。
――何故なら。
「やったー! 小夜子ちゃんに勝ち越したー!」
彼女達二人は、対戦格闘ゲームをプレイしていたからだ。世間的には、恐らく、女子高生が格闘ゲームに打ち込むイメージはあまりないだろう。
ゲーム画面には、“7―10”というスコアが表示されている。恐らくは南米のどこか、明るい風景のそのゲームステージでは、およそ人間とは思えないような外見のまるで獣のようなキャラクターが勝利を誇っていた。そして彼の足元の地面の上にはグラマラスな女性キャラクターが倒れている。
負けてしまった天野小夜子はそれを聞いてフルフルと震えていた。彼女が使っていたのは“ナナ”という柔術を使う女性キャラクターで、遅い電撃の飛道具(相手に弾を放って攻撃する技の総称)を盾に相手に近づき、スピーディーな動きで相手に投げと打撃の二択を迫るという“押し付け性能”が高いキャラクターだった。それに対し、渡部が使っていたのは“野生児ガル”というキャラクターで、こちらもスピードが売りではあるが、投げ技は少なく、その代わりにトリッキーな動きで相手を翻弄するというタイプのキャラクターだ。
「10先で小夜子ちゃんに勝つのって初めてなんじゃない? もしかして」
渡部はニコニコと上機嫌だった。
因みに10先というのは、初めに“10回勝った方が全体の試合で勝利”というルールの試合形式の事である。長期戦の部類に入り、聞いただけで疲れそうだが、プロの中には100先をやったりする人もいるらしいから、まだまだ序の口なのかもしれない。
彼女達二人が友達になったのは、格闘ゲームが切っ掛けだった。世間での印象通り、格闘ゲームに熱中している女子高生は少ない。偶然にも同じクラスになった二人が交友を持つのはほぼ必然だった。
「ね、葵。もう一戦やらない? 三先で良いから」
にっこりと笑って、天野小夜子がそう言う。笑ってはいるが、心中穏やかでないのは明らかだった。
「えー! 十先一本勝負って言ったの小夜子ちゃんじゃんかー」
と渡部葵は言ったが、天野には少しも折れそうな気配がなかった。
「だから、それとは別にもう一本って事よ。良い? わたしは、メインキャラを使ってないのよ?! サブよ、サブ! サブキャラで7回も勝ったんだから、実質、わたしが勝ったようなもんじゃない! それを今回はあんたが勝ちで良いって認めているんだから、もう一回くらいやってくれたって良いでしょうが!」
「えー? 前は、メインはナナに変えたって言ってなかったっけ?」
「まだ、メインじゃないわよ! ナナは練習中なんだから。わたしのメインはまだザンギFよ!」
「えー? 小夜子ちゃん、ザンギ出すのぉ?」
「良いじゃない。あんたの野生児ガルはザンギFに対して有利なんだから!」
……因みに、格闘ゲームプレイヤーは、自分の使っているキャラの方が不利で、相手が有利だとよく主張するが、真偽は不明である場合も少なくないので要注意である。
「じゃ、こうしましょう。もし、わたしに勝てたらジュースを奢ってあげる」
それを聞くと渡部は「しょーがないなー」と言って試合続行のキーを押した。
ザンギF。
某国の対人格闘用ロボットとして開発されたザンギシリーズのうちの一体という設定のキャラクターである。ザンギシリーズは、一応ストーリー上はAから始まっていて、Fの名を冠するザンギFで完成したという事になっている。今のところ、他のA~Eのザンギシリーズがプレイアブルキャラクターとして登場する予定はないとの事だ。
対人格闘用ロボットの完成形であるにも拘わらず、ザンギFは技術的な限界から複雑な動きができない事になっている。その為、非常に鈍重で、動きの遅さは全キャラ中間違いなくトップだ。ただし、中距離の通常技は非常に優秀で、しかも強力な投げ技をいくつも持っている。その為、中~近距離の間合いはザンギFの領域と言っても過言ではないほど有利である。特にロケット・パイルドライバーという相手を掴んでロケットの噴射力で空高く舞い上がってそのまま地面に叩きつける投げ技(「普段から、そのロケットを使えよ」と誰もが思う)には極めた後にザンギF側が有利な状況(ザンギF側が先に動けるのである)を維持できるという超強力な特性がある為、対戦相手から非常に嫌がられている。この技が一度極まると、攻撃がループするので、下手すればそれだけで試合が終わってしまう事もあるのだ。
また、ザンギFはアイアンディフェンスという特殊防御技もとても強く、この技で相手の攻撃を受け止め、直ぐに強力な投げ技を極めるという戦法も恐れられている。
これらの点を考えると、ザンギFのプレイスタイルが見えて来る。ザンギFは防御技などを駆使しつつ相手になんとか近づき、強力な通常技で牽制しつつ、本命の強力な“投げ技”を狙っていくのが基本になるのだ。ただし、投げ技には大きな隙もある為、もし躱されてしまったなら、ピンチになってしまう。そこに“読み合い”が発生する。相手が投げを警戒していると読んだなら、空中に飛んだりバックステップをしたりして逃げる相手を狩るといった対応が必要になって来るのだ。
ただし、近距離の読み合いは、相手の行動パターンがあまりに単純でない限り、単なるジャンケンだ。ザンギFは投げからの読み勝ちによる勝利があまりに鮮烈である為か、“読み合い”の強さこそがザンギFプレイヤーの実力だと勘違いしている人がいるが、これは間違っていると思われる。本当は“いかに自分の得意な間合いに入るか”こそがザンギFプレイヤーの実力だとするのが妥当だろう。もちろん、だから相手はザンギFの接近を防ぐように立ち回らなくてはならないのだが(それを“息苦しい”と嫌う人も多い)。
天野が選んだザンギFに対し、渡部はそのまま野生児ガルで迎え撃つ事に決めた。ただし、彼女はザンギF対策用に、特殊スキルを“アースブレス”に変える。“ウルトラファイターⅤ”では、選択可能な特殊スキルがあり、それぞれ特性が大きく変わって来る。だから対戦キャラに応じて変える場合もあるのだ。その時渡部が選んだのは、力を溜める事で、地を這うような衝撃波を広範囲に放てるようになるスキルだった。当然ながら、相手に近づきたいザンギFにとっては嫌なスキルである。
――が、彼女が選んだスキルを見て、天野は不敵ににやりと笑ったのだった。渡部は嫌な予感を覚える。何か対策があるのかもしれない。
試合が始まる。一回バックステップで間合いを離すと、渡部は早速アースブレスを溜めた。“溜め”が長ければ長いほど、アースブレスの攻撃範囲は広くなる。それを嫌がって、ザンギFがジャンプで飛んで来るのを彼女は迎撃するつもりでいたのだが、天野は「ほら、打ってこい」と言わんばかりの動作で普通に前進して来る。
なんだ? と、彼女は思ったが、構うものかとアースブレスを放つ。すると、見事に当たってザンギFは転倒した。そこにローリングクラッシュという名の突進技で追い打ちをかけると、彼女はまたアースブレスを溜めた。
並みのザンギF使いなら、この繰り返しだけでほぼ完封できてしまう事もある。が、天野小夜子はそんなに甘い相手ではないだろう。油断はできない。起き上がるとザンギFは再び前進して来た。それに対し、渡部は再びアースブレスを浴びせた。今度はガードされた。“ならば”と、距離を取ってまた溜める。相変わらず、ザンギFは前に進んでくるだけで、またアースブレスがヒットした。順調に体力を奪えている。体力差はじわじわと広がっていった。このままいけば、渡部の勝利である。
“そろそろ痺れを切らして、ジャンプをして来るかしら?”
と、彼女は警戒をしたが、やはり天野小夜子はのしのしと歩いて来る。変化と言えば、時々アースブレスをアイアンディフェンスで受け止めるようになったくらいだ。間合いが離れているので問題はないのだが、それで前よりは近づかれてしまっている。もっとも気にするほどではない。
不気味には思ったが、それでも彼女は愚直にアースブレスを放ち続けた。心理的なプレッシャーで、戦法を変えさせる作戦かもしれないと思ったのだ。
が、彼女が何度目かのアースブレスを放つ瞬間だった。天野は「ここ!」と声を上げたかと思ったら、それまで前に歩き続けるだけだったザンギFが、突然、飛び膝蹴りで移動して来た。この技は足元の攻撃を避けつつ攻撃する事ができる。だから、足元を攻撃するアースブレスを避けられるのだ。見てから反応した訳ではないだろう。恐らく天野は渡部がアースブレスを出すタイミングを読んでいたのだ。今までの動きは、このタイミングを見極める為のものだったのかもしれない。
飛び膝蹴りが当たるには間合いが離れすぎていたが、それでもアースブレスを放ったばかりの野生児ガルは大きな隙をさらしてしまっていた。そして次の瞬間、ザンギFはロケット・パイルドライバーで野生児ガルを掴んでいた。しかも、それはゲージを消費する事によって繰り出せる、強力なEX版だった。
このゲームは、相手の攻撃を食らったり、逆に相手に技を当てたりすると、EXゲージというゲージが溜まっていくのだが、そのゲージを消費することでより強力な必殺技を放つ事ができるのだ。その時天野が使ったのはそれだった。
ロケット・パイルドライバーのEX版は投げが極まる間合いが異様に広い上にダメージもでかく、しかも終わった後でザンギF側が有利になる。
(※基本的に、必殺技はそれでも弱中強EX版と分かれており、ロケットドライバーの場合は弱は間合いが広いが威力が低く、終わった後に有利な状況も付いてこない。強は間合いは狭いが威力が高く、終わった後に有利になる。中はその中間である。そして、EX版は弱並みの間合いの広さと強以上の威力があり、有利な状況が付いて来る)。
EX版のロケット・パイルドライバーを極められた瞬間、“まずい!”と渡部は思った。天野はずっとこれを狙っていたのだ。危機感を覚えた彼女は、反射的にライジング・ローリングという無敵技を放った。無敵なので、ザンギFがどんな攻撃をして来ても勝つ事ができる。が、天野は攻め急がなかった。ガードをしている。無敵技は非常に強力だが、その代わりにこのようにガードされてしまうと隙が極めて大きくなる。
「ヒーッ!」と、渡部は悲鳴を上げる。当然、その隙を天野が見逃すはずがない。大パンチをカウンターでヒットさせると、そこに再びロケット・パイルドライバーを極める。体力が一気に逆転した。堪らず、彼女はバックステップで逃げる。だが、その所為で画面端に追い込まれてしまった。画面端に追い込まれると、間合いが離れなくなるので、より自分が不利になってしまうのだ。
“脱出しなくては!”
焦った彼女は、ほぼ反射的に今度はフライング・ローリングというアーチ状の軌道を描く突進技を放っていた。アーチ状なので、成功すれば相手を跳び越して画面端から脱出できるのである。
――が、
「甘い! 当然、その技で逃げたくなるわよねぇ!」
天野に思いっきりその行動パターンを読まれてしまっていた。ローリングしながら浮いた野生児ガルの目の前には、ザンギFの姿があったのだ。つまり、行動を読まれ、予め飛ばれていたのである。
“読み合いの強さ”が、ザンギF使いの強さの本質ではない。そのように先ほど説明した事はした。ただし、それでも読みが通った場合のリターンが最も高いキャラクターの一つが、ザンギFである点は事実だ。
「おら! くらいなさい! 空中ロケット・パイルドライバー!」
ザンギFは空中でロケット・パイルドライバーを放つ事もできる。これで空中にいる相手を捕まえ、地面に叩きつける。当然ながら、この技でもザンギFの有利が続く。「ギャー!」と、渡部は叫んだが、もう勝利はほぼ絶望的だった。
「ほら! どうよ! ザンギFさえ使えば、こんなもんよ!」
スコアは“3―1”。なんとか1勝できたが、渡部はほぼ完敗だった。「バタン、キュー」と、彼女は声を上げ、おどけた動作で倒れ込む。そしてその後で天野に顔を向けると、
「やっぱり、小夜子ちゃん、ザンギのセンスあるよ。ナナよりも、絶対に向いているって。どうして、キャラ変えしようとしているの?」
そう天野に言った。
頬を膨らませ、紅潮させつつ、天野は答える。
「仕方ないじゃない。根茂先輩が、ザンギFを鬼のように嫌っているのだもの」
「根茂先輩って…… eスポーツ部部長の根先輩のこと?」
渡部はそれを聞いて驚いた。態度から直ぐに分かった。彼女、いつの間にか、根先輩を好きになっていたらしい。
天野達が通う学校には“eスポーツ部”が存在する。対戦型のゲームをして、そのゲームの大会に出場し、好成績を収めるのがその主な目的だ。
当然ながら、天野や渡部も入部を希望したのだが叶わなかった。別に女子生徒だからとかそういった差別的な理由で入部できなかったのではなく、入部希望者が多すぎて抽選になり、見事に外れてしまっただけなのだが。
「実力勝負だったら、絶対に負けないのに~! 部活動だったら、実際にプレイさせて決めなさいよ! 大会で勝ちたくないの?」
と、それに天野は大いに不満だった。だから、新入部員が入ってしばらくが経ち、そろそろ落ち着いて来たかという頃合いを見計らって、彼女は道場破りと称してeスポーツ部に試合を申し込んだのだ。却下されると思ったのだが、ノリが軽い部活なのかあっさりとオーケーが出た。それで同じ一年の知らない男子生徒と勝負をする事になった。
天野はザンギFを選び、対戦相手が選んだのはタカシというキャラクターだった。
タカシは、主人公…… かどうかは今作においては分からないのだが、少なくともウルトラファイターシリーズを代表するアイコン的な立ち位置にいる特別なキャラクターだ。なので、優秀な飛び道具、対空迎撃兼無敵技、突進技、高威力の連続技と一通りの武器が揃っているキャラクターでもある。が、その点が逆にネックになり、他キャラよりも突出した部分が少ないという弱点がある。その為、代表的な立ち位置にいながらも「初心者にはお勧めしない」という人までいる。また、前ステップなどは速いが、その代わりに攻撃のリーチが短いという欠点もある。
試合が始まると、相手選手はいきなりタカシをバックステップさせ、遠くから衝撃弾という飛び道具を放ち始めた。優秀な飛び道具なのでザンギFにとっては厄介だが、それは初級者までの話。ザンギFは頭突きで弾を消せる上に、スイングアームという技で弾を抜けられるので、中級者以上になるとあまり通用しない。……もっとも、間合いを的確に把握しザンギFが対応しづらい位置で効果的に弾を放つ者もいるのだが。
天野は弾をアイアンディフェンスで受けたり、頭突きで消したりしながら、じわじわと、だが着実に近づいていく。すると、相手はまたバックステップで間合いを離した。距離は稼げたが、もう直ぐに画面端である。このままいけば画面端まで追い込んで攻め殺せる。
“よし! このまま、一気に追い込んで勝負を決めてやる!”と、彼女は思ったのだが、そこでふと我に返った。
――簡単すぎやしないか?
次の瞬間、彼女の危険を察知する嗅覚が敏感に反応した。
“これ、罠だ!”
彼女の意識は前進する事と、相手の飛び道具に奪われている。恐らく相手の狙いはそれだろう。敢えて後退し、彼女の意識に強制的に死角を作ろうとした。ならば、これからその死角を突いた攻撃をしてくるはずだが、それはジャンプか前ステップの二択しかない。ジャンプを選択するには、既に相手は後退し過ぎてしまっているように彼女には思えた。
“なら、ステップだ”
彼女が立ち止まると、その予想通りにタカシは前ステップで一気に間合いを詰めて来た。間一髪、意識を割けていたお陰で彼女は投げ抜けに成功する。タカシは後ろ投げをしようとしていたようだ。
後退すると見せかけて、画面端近くに相手を誘い込み、タカシの素早いステップで間合いを詰めてから後ろ投げを極めると、逆に相手が画面端を背負う事になり、一気に試合が有利になるのだ。相手が狙っていたのは恐らくそれだろう。虚を突けさえすれば、効果的な戦法だ。
が、失敗をすれば、画面端に追い込まれてしまう。つまりリスクがある。
天野はにやーっ笑った。
「さあって、おいしい時間の始まりですよー!」
その後は、ゆっくりと牽制技で相手の体力を削っていき、時折投げて無敵技の暴発を誘いつつその隙にカウンター攻撃と強力な投げを極め、彼女は一気に勝負を畳んでしまった。
“ちょっと一瞬危なかったけど、そんな奇襲頼みのスタイルじゃわたしには届かなかったわねー!”
ところが、余裕で勝利して“よし、次だ!”と上機嫌で次の対戦相手を待っていると「交代だよ」と彼女は言われてしまったのだった。「へ?」と思う。
彼女は勝ち抜きだとばかり思い込んでいたのだ。勝てば勝つほど、より強い相手が出て来て、最後は部長を倒して自分の実力を認めざるを得ない状況にして、部活外からの助っ人として大会に出場…… という青写真まで思い描いていた。
だから、「交代」と言われて目が点になってしまった。これでは“道場破り”にはならない。
どうやら部員数が多い上に部活外の生徒の対戦も受け入れているので、勝っても負けても交代という事にしないと全員がプレイできないらしい。
一応、理屈では納得できたが、感情では納得できなかった。
“こんな状態じゃ、大会で優勝なんてできるはずないじゃない!”
心の中で文句を言う。
その時だった。そんな不満を抱いている彼女の耳に、突然、「おー! 部長の登場だ!」という声が聞こえて来たのだ。
部長?
話だけは聞いた事があった。eスポーツ部の部長の根茂先輩は、かなり格闘ゲームが強いと。ただ、その話を天野は疑っていた。噂には尾ひれがつくものだし、さっき戦ってみた程度の相手では、そもそも何をもって強いのかすら分かっていない可能性もある。
“ま、どんなもんなのか、ちょっとばかり見てみますかね”
半分馬鹿にしながら、彼女は噂の根茂先輩のプレイを見てみようと声のする方向に進んでいった。
大勢に囲まれている人の輪をかき分けると、ディスプレイの前に並んで二人の男子生徒が対峙しているのが見えた。一人はいかつい顔で、いかにもやる気満々といった感じ、もう一人は座っていても分かるくらいに背が高く、痩せているにも拘わらず妙な威圧感があった。
なんとなく、天野は感じ取った。背の高い方が根茂先輩なのだと。
血気盛んなタイプには思えない。きちんと整えられた髪型は紳士的にすら思える。がしかし、冷徹そうなその瞳は鋭く、その奥深くには熱い闘志が渦巻いているようにも感じられた。
これから、この二人でウルトラファイターⅤをプレイするようだ。
根茂先輩が選択したのは、ユリエルというキャラクターだった。
“なるほど、強キャラね”と、彼女は思う。
浅黒い肌、威圧的な態度。どこか古代の宗教者のような雰囲気を醸し出してるこのキャラクターは、表情も行動も不遜だ。そして、その不遜さに相応しい性能を持っている。背が高く、リーチが長く、おまけに連続技の威力も非常に高い。スピードが速めで、攻め手も豊富だ。溜めが可能な変則的な飛び道具や連続技に繋げる事も可能な無敵技、飛び上がって急降下する突進技と横から高速で突っ込んでくる突進技などを持っており、いずれも強力。その上、リベンジゲージという相手の攻撃を受けることで堪るゲージを全て消費して放つことのできるエレクトリック・ミラーという空間に壁を貼る技は、攻撃にも防御にも連続技のパーツにも使えるという超優秀な性能で、防ぐ事すら困難と言われている。
普通、格闘ゲームは相手に当てやすく隙のない技は、威力が低く設定されていて、相手に当てにくく隙が大きい技は、威力が高く設定されている。それぞれにメリットとデメリットをつくることで、キャラの強さを調整しているのである。
がしかし、中には例外もあり、このエレクトリック・ミラーはそんな内の一つだった。攻撃を当てやすいにも拘わらず、連続技に絡めて使った場合の破壊力がとんでもない。だからこそ、ゲージがなくては使えない訳だが、それでもウルトラファイターⅤ中屈指の強技である点は間違いない。
ただし、本当に使いこなすのはそれなりに難しいのだが。
根茂先輩の対戦相手が選択したのは、ガーディという重量級のキャラクターだった。重量級でリーチが長いにも拘わらず、移動速度の速い突進技や“設置型”と言われる設置できるタイプの変わった飛び道具を持ち、攻撃力が高い上に投げ技まで持っていて崩し能力が高いという、かなり恵まれた性能をしている。天野はこのキャラが嫌いである。単純にザンギFとの相性が悪いからだが。
試合が始まった。
“さて…… 根茂先輩はどうするのかしらね?”と、彼女はお手並み拝見とばかりに斜に構えた態度で試合を見ていた。キャラパワー的には、ユリエルの方が上だろうが使うのが簡単なのはガーディの方だ。ただ、もし、根茂先輩の実力が噂通りなら圧勝してもおかしくはない……
1ラウンド目(1試合は設定を変えない限り2ラウンド先取制となっている)は拍子抜けだった。面白くもなんともない試合展開。根茂先輩は牽制技に終始し、あまり大胆に攻めたりはしなかった。しかも僅差とはいえ負けてしまった。2ラウンド目。牽制技ばかりの根茂先輩に苛立ったのか、相手選手はガン攻めに転じた。或いは“大したことない”と判断したのかもしれない。そして、運が良かっただけだろうが、そのガン攻めが上手く噛み合い、根茂先輩は大ダメージを負ってしまった。
“これ、負けちゃうのじゃない?”
そう彼女は思ったのだが、体力が4分の1くらいにまで減ったタイミングだった。相手の攻撃に巧くカウンターを入れる感じで、ユリエルの最終兵器、エレクトリック・ミラーがヒットしたのだ。そこに攻撃を加え、連続技にする事で大ダメージを与える。ただし、まだ相手の体力は充分に残っていた。エレクトリック・ミラーは二回使えるので、もう一回使える。普通なら、起き上がりにミラーを重ね、有利にしてから攻撃を仕掛けるだろう。どうするのかと思っていると、倒れた相手に対して根茂先輩はステップで近づき、そのままノータイムで強アッパーを放った。
相手はどうやらミラーを警戒していたらしく、バックステップで逃げようとしていたようだ。アッパーがカウンターでヒットする。一点読みが見事に決まった形である。そしてその所為で強力な連続技が繋がった。それで相手は委縮していまう。そこに先輩はミラーを放つ。相手はガードするしかない。そのまま投げると、それで相手の体力は全てなくなっていた。実に8割の体力を奪う超攻撃連携である。
天野はその光景に唖然となった。
“この展開、偶然じゃないわ。1ラウンド目で、相手の癖を理解して、それを踏まえた上で攻撃を組み立てた……”
目を輝かせる。
“凄い! この先輩、本当の実力者だわ!”
彼女は軽く感動を覚えていた。これだけの実力を見せられたら、根茂先輩を認めるしかない。
試合形式は2本先取だったので、もう1本あったが、相手を見切っている根茂先輩が負けるはずがなかった。今度は一度もピンチに陥らず、あっけなく勝ってしまう。
“相手の弱点を瞬時に見抜く洞察力、そこを的確に突くえげつなさと確かな判断力、それに加えて読みも鋭い…… この人がザンギFを使ったら絶対に強いわね!”
彼女はそう思って、近くにいた部員らしき人に話しかけた。
「あの…… 根先輩ってザンギFは使わないのですか? 絶対に向いていると思うのですが」
ところがそれを聞くと、その部員らしき人は青い顔を見せるのだった。
「君、絶対に根先輩の前でそんな事を言ったらだめだぞ?」
「え? なんでですか?」
「根先輩は、ザンギFがとにかく大嫌いで、対策の為に練習をするのさえ嫌がっているくらいなんだ」
その言葉に彼女はショックを受けた。
“えー? あんなに向いていそうなのにぃ?!”
どうしても、根茂先輩がザンギFを大嫌いという話を信じたくなかった天野はそれからしばらく調べてみたのだが、それはもうガチなレベルで嫌悪していた。友達から根茂先輩のSNSアカウントを教えてもらって投稿内容を確認してみたり、対戦動画を検索してみたりした(ウルトラファイターⅤには、他人のネット対戦を視聴できる機能がある)のだが、心の底から嫌っているというのがよく分かった。
ザンギFを使っている限り、根茂先輩にお近づきになる事は、否、お近づきになれたとしても好印象を持たれる事はほぼあり得ないだろうとそれで彼女は確信したのだった。そしてそうして彼女は、「そうだ! キャラ変えしよう!」と決めたのだ。
「えー 小夜子ちゃん、そんな理由でキャラをナナに変えたの~?」
話を聞き終えた渡部は、まるで抗議をするかのようにそう言った。
「だって別にザンギFにそこまで拘りないもの。最初、何も知らなくて、偶々触ったってだけで」
「でも、それで使い続けてるって事は、やぱり小夜子ちゃんに合っていたからじゃないの?」
「それは否定しないけど、でも、他にも合っているキャラくらいはいるでしょう?」
ナナはザンギFとはかなり毛色は違うが、同じ様に投げ技を使うキャラである。だからザンギFで培ったものが活かせるのではないか、と少なくとも彼女自身は考えていた(ただ、最近、ちょっと自信がなくなりかけているのだが)。
「まー、別に良いけどね。でも、文化祭のウルトラファイターⅤ大会で結果を残せなかったら意味がないよ~?」
彼女達が通う高校の文化祭では、eスポーツ部主催でウルトラファイターⅤ大会が開催されるのだ。しかも一万円だが、賞金まで出る。ただ、eスポーツ部の部員も出場すると発表されているので、恐らく彼らは賞金を部外の参加者に渡すつもりはないと思われるのだが。
「大丈夫。それまでには間に合わせるわよ!」
力強く天野は答えた。
eスポーツ部が部外の者に優勝させるつもりのない大会で見事に自分が優勝し、実力を知らしめ、賞金をゲットした上でeスポーツ部の助っ人として活躍してやろう。“道場破り”は無理そうだと諦めた彼女は、今度はそのような計画を立てていたのだった。
――天野は自分なりにナナというキャラを必死に分析した。
ナナは柔術家という設定でありながら、それに似つかわしくない豊満なボディを持ったエロい外見の女性キャラクターで、柔術家という設定であるにも拘わらず、打撃技も得意である。一度自分の間合いで有利を取ると、一気に倒し切れるほどの爆発力を持っている点はザンギFと変わらないが、当然ながら違いもある。ナナはリーチが短く、一発一発の攻撃力が低いのだ。ただ。その代わりにスピードが速く、風雷塊という名の特徴的な弾速の遅い飛び道具を持っている。恐らくかく乱能力だけなら、ザンギFよりも上だろう。
ナナが楽に闘えるかどうかは、この風雷塊という弾速の遅い飛び道具にかかっている。この風雷塊の“強”を下段中キックが当たるか当たらないかといった距離で容易に放て、かつ風雷塊への対応が下手な相手なら、ナナはかなり楽に闘える。風雷塊を盾にして近づき、打撃と投げの二択や前後の高速移動技、それと移動距離の長い中段攻撃(下段防御を崩すことのできる攻撃はこう呼ばれている)などを駆使すれば、何もさせずに倒し切る事も可能だ。
が、風雷塊に反応し、リーチの長い下段技で止めて来る相手だとかなり苦労する。ナナはジャンプ攻撃が弱いので安易にジャンプする事は憚れる上に、通常攻撃のリーチが短いので相手に触る手段が限られてくるのだ。移動技やリーチは短いが攻撃の当たり判定の強い立ち弱キックなどを上手く使って立ち回り、相手の虚を突く必要がある。
天野は随分とナナを練習し、風雷塊を潰してくる相手との闘いも上手くなっていた。がしかし、大会で勝ち上がる為にはまだ何か足りないとも感じていたのだった。
“あともう一つ、あともう一つなにか武器が欲しい……”
彼女は必死に必要な武器を探し求めた。
――そして文化祭、大会当日を迎えた。
天野は絶対にエントリーしたかったので、クラスの迷惑になるのも顧みず(顧みた方が良い)、申し込み開始前からスタンバイしていたので余裕で大会に参加できた。因みに渡部は参加できなかったようで悔しがっていた。
大会会場はeスポーツ部の部室だった。装飾も何も施されておらず、普段とそんなに変わらない。対戦相手とは横並びで同じ画面を供給するレイアウトだ。多少味気なかったが、手間をかけられなかったのだろう。ただ、それなりに人は入っていた。大会の試合はトーナメント方式で、五回勝てば優勝らしかった。決勝戦以外は2本先取で、決勝戦だけは3本先取だ。
高校の文化祭の格闘ゲーム大会とはいえ、油断はできない。名の知られていない猛者はいるものなのだ。だから本当は組み合わせが分かった時点で天野は参加選手達の情報を集めたかったのだが、クラスメイト達の白い目があったので、仕方なくぶっつけ本番で挑んだ。
ただ、その心配は杞憂だったようで、一回戦と二回戦は彼女は余裕で勝利する事ができた。両者とも、あっさりと強風雷塊を出させてくれて、しかも対応も甘かったのだ。お陰で容易に相手に近づき、攻めまくる事ができたのである。
が、三回戦は違った。強敵だったのだ。
その相手はガーゴイルというキャラクターを使った。このキャラはエアカッターという名の最強クラスの強力な飛び道具とスカイキックという名の強力な対空迎撃技を持ち、その他の特殊技や通常技にも強力なものが多く、様々な説があるが、少なくともキャラランキングでトップ10以内には入るだろうと一般的に思われている。
ただ、天野にとって最も嫌だったのは、そのキャラクターの性能ではなく、対戦相手の能力だった。
「こいつ……、強風雷塊を出させてくれない!」
その相手はかなりの反応速度を持っていて、ちょうど良い間合いで彼女が強風雷塊を出そうとすると、直ぐに下段強キックでそれを潰してしまうのだ。こういった人間性能に関わる部分で強いプレイヤーは格闘ゲームではよくフィジカル系などと言われている。
“強風雷塊を放てないのなら”と、彼女はジャンプ攻撃や移動技でのかく乱を試みてみたのだが、ジャンプ攻撃は確りと迎撃され、移動技でのかく乱は多少は成功したが、大きくリターンを得るまでには至らなかった。ガーゴイルには、スカイキックという優秀な返し技がある。それで攻めの継続を阻まれてしまうのだ。
もっとも、それは精神的な優位を取られている所為で彼女が攻め急いでしまったからでもあったのだが。攻め手を探す内、ジリ貧で追い込まれ、一本目は取られてしまった。
“まずい!”と、彼女は思う。
何か弱点があるはずだが、それが何か分からない。次の試合でなんとか相手の癖なりなんなりを見つけてそこを突かなければ、恐らくこのまま負けてしまう……
――格闘ゲームは、“脳のリソースの奪い合い”などと表現されることもある。
相手の全ての行動に対応することは人間ならば不可能である。例えば、ジャンプ攻撃を警戒していれば、地上からの攻撃に対応し難くなり、地上からの攻撃を警戒していれば、ジャンプ攻撃に対応できなくなる、といったような。稀に全てに対応されているかのように思える事もあるが、それは相手の“意識配分の上手さ”が見せる錯覚である。仮に全対応できる瞬間があったとしても、そんな集中力は長くは保てないはずだ。
だから、どうにかして相手の意識を散らし、こっちの攻撃を当てるように誘導する心理的な駆け引きが重要になって来るのだ。
つまり、高度な心理、頭脳戦である。
格闘ゲームのプレイヤーには、驚くほど高学歴の人間も珍しくないのだが、それは或いはだからなのかもしれない。
天野が悩んで様子見をしていると、待ちが基本だった相手選手に動きがあった。と言っても、飛び道具であるエアカッターを多く放つようになっただけなので、積極的に攻めに転じた訳ではないのだが。
ただ、そのエアカッターは充分彼女にとって嫌がらせになった。ガードしているだけでじわじわと体力を削られていくし、相手のゲージだって溜まっていく。
“この!”
と、怒りを覚えた彼女は、エアカッターに流れ肘鉄という名の突進技のEX版を放った。この技のEX版にはアーマー判定があり、攻撃に耐えながら相手を攻撃できるのだ。攻撃は見事に当たり、攻めを継続できるチャンスが訪れた。
がしかし、そこで彼女の脳裏に“スカイキックで返される!”という恐怖が浮かんだ。その所為で攻めを躊躇する。すると相手はバックジャンプで逃げてしまった。スカイキックではなかった。彼女は歯ぎしりをする。完全に読み合いで負けてしまっている。
ただ、その代わりに間合いが離れ、隙ができた。彼女は咄嗟に強風雷塊を溜めて放った。この技は溜めて放つと飛距離とヒット数が伸びるのである。お陰でそれを盾に再び相手に近づく事ができた。
――ナナの有利な間合いである。
当然、彼女は強風雷塊を放ちたくなった。が、恐らく、強風雷塊を放とうとすれば、下段強キックで潰されてしまう。相手はナナの有利な間合いであるにも拘わらず、泰然とした様子で待っている。仮に投げをくらっても大したダメージにならないと高をくくっているのだろう。
歯ぎしりをした彼女が選んだのは、下段強パンチだった。この技はナナの中ではリーチが長い方で、もし仮にカウンターでヒットした場合のリターンが大きい。半ば苦し紛れで出した技だった。
が、次の瞬間、“バシーンッ!”というヒット音が響いたのだ。
ラッキー!と、彼女はそこに強力な連続技を叩き込む。体力を大幅に奪う事に成功した。その後はやはりスカイキックを警戒し、彼女は攻めなかったのだが、今度は相手はガードしたままだった。それならば、と移動技からの間合いの広い投げを極め、そのラウンドはなんとか勝てた。
次のラウンドが始まるまでの間で彼女は考える。
“さっきのカウンターヒット…… 本当に偶然だったのかしら?”
もしかしたら、と彼女は思う。
じわじわと歩きとガードを繰り返して、彼女は再びナナの有利な間合いにまで入った。相手がエアカッターに合わせたナナの突進技、EX版流れ肘鉄を警戒していたからだろう。比較的楽に近づく事ができた。どうもさっきの試合で精神的な優位が天野に移ったような気配がある。
“今度はどう?”と、彼女は再び下段強パンチを出した。すると、やはり先ほどと同じ様にカウンターヒットする。
“やっぱりだ!”と、彼女は思う。
この相手は恐らく天野がどんな技を出したかを判断して、下段強キックで強風雷塊を止めていた訳ではなかったのだろう。ナナが何かしら動いたら、それが何かも見極めずにただただ下段強キックを出していた。その所為で、下段強パンチにも反応してしまい、結果としてカウンターでヒットしていたのだ。
“見えたわね! 突破口!”
彼女はそれから有利な間合いでの下段強パンチを中心に闘った。相手がそれを恐れてガードをするようになったら、今度は強風雷塊や投げを極める。時折、EX版の風雷塊を放ち、相手を固め、有利に試合を展開していった。その結果、それからは危なげなく2本先取する事ができた。
ある程度闘えば負ける気のしない相手だったが、2本先取ではギリギリだった。なんとか“答え”に辿り着けたけれど、一歩間違えれば負けていただろう。
「……危なかったねー、小夜子ちゃん」
辛勝した彼女を、そういって渡部が迎えてくれた。
「ふっ! 何がよ? 余裕だったじゃない」
と彼女は強がったが、「いや、下段強パンチが相手の弱点って見抜くまではけっこーなピンチだったよね?」と渡部にツッコミを入れられてしまった。しかしまだ彼女は強がっている。
「余裕よ! だって、奥の手を出さなかったもの」
天野の反論を聞くと渡部は「奥の手?」と疑問符の伴った声を上げる。
「そ。本当にやばくなった時の最終兵器」
「へー」とそれに渡部。
「そんなの用意していたんだ。でも、出し惜しみして負けちゃわないようにね。次の相手も強そうだよ」
その言葉に天野はピクリと反応した。
「何を使う人?」
「ベイソルみたい。試合見たけど、かなり巧かったよ」
ベイソルというのは巨漢のパワータイプで、ウルトラファイターⅤのラスボス的立ち位置にいるキャラクターである。やはり強いと目されている。
ところが「ふーん。なるほど」とそれを聞いて天野は笑うのだった。
「ベイソル戦に、何か策があるの?」と訊いて来る渡部に「まーねー」と彼女は返した。自信満々な様子である。
――試合が始まった。
ベイソルはナナよりも少し離れた中間距離の間合いを最も得意とするキャラクターだ。強パンチと前入れと強パンチで出せるトマホークという特殊技がその位置では特に強力で、ガードをさせてベイソル側が有利になるという高い性能をしている。特にトマホークはベイソル自身が前に進みながら攻撃を放つので、この攻撃をガードさえさせられれば近距離でベイソル側が有利な状況を作り出せる。その状態で強攻撃を放つと再びベイソル側が有利になるので、図々しいムーブをするプレイヤーになると、強攻撃だけで相手を固め続けるといった光景すらも見られる。
もちろん、こっちが小攻撃を出せばベイソルの強攻撃を潰せるのだが、ベイソルが有利な状況下で動くのはリスクが伴うのであまり動きたくない。そして、そうして防御を固めているとベイソルは投げを極めてきたりするので非常に厄介だ。
ベイソル戦はこの“リーチの長い強攻撃固め連携”にいかに付き合わないかが重要になって来るとも言える。
天野の使っているナナの場合、一歩踏み込んで有利な間合いに持っていき、更にそこで強風雷塊を放てたのなら優勢に試合を運ぶ事ができるはずだ。
――が、やはり簡単にはいかない。相手選手は彼女が強風雷塊を放とうとすると中キックや下段中キックで潰して来た。もっとも、ガーゴイル戦の時のように一方的に潰されるのではなく、大体は相打ちになるので多少はマシだったのだが、それでも相打ち後はベイソル側が有利になるので気軽には打てない。
試合展開は一進一退の攻防が続いていた。ベイソルが有利な間合いでは、ナナが一方的にダメージを受けるが、ナナが有利な間合いになった途端に形勢が逆転し、ベイソルの体力が減っていく。天野はナナの移動技や間合いの広いコマンド投げを駆使して、なんとか五分を維持していた。ベイソルにはガーゴイルのような強力な返し技がない分、攻めやすかったのである。
“普通に巧い相手ね。攻守のバランス感覚が優れている”
そう天野は対戦相手を高く評価した。細かい部分ではなく、全体的な戦いの組み立てが上手いタイプだ。このタイプは、強さが分かり難い。勝てそうだと思って戦っていたのに、気が付いたら、いつの間にか負けているようなパターンもある。
“――でも、なら、準備していた対策が使えるわね”
お互いが1本ずつ試合を取った最終試合、天野は戦法を変える事にした。
しばらくの小競り合いの後、ベイソルがトマホークを放ってくる。ナナはそれをガードする。ただ単にこの技をガードしただけで相手の有利が始まる…… はずだった。が、そこで彼女はリベンジリバースという特殊技を使ったのだった。
……格闘ゲームによっては、ガードキャンセルと呼ばれるシステムがある。
普通、攻撃をガードすると攻撃をガードした側は動けなくなる。この状態で更に攻め続ける行動を“相手を固める”などと言い、もちろん、攻撃を受けている側は不利になるのだが、その状態を打破できるシステムが用意されてあるゲームも多いのだ。ゲームによって呼び名が異なるのだが、その総称がガードキャンセルである。略してガーキャンなどとも呼ばれる。そして、ウルトラファイターⅤにおいて、それはリベンジリバースと名付けられていた。
リベンジリバースを使うとリベンジゲージを一本消費してしまうのだが、相手が隙の多い技を使っていた場合は攻撃が確定して入る事が多い。ただしそれによって与えられるのは仮ダメージで、時間が経てば回復してしまう。それを本当のダメージにするのには、回復する前に一度でも攻撃を当てる必要がある。それにより、仮ダメージを与えた後の攻防に駆け引きが生じ、それがゲームの面白さにもつながっている。
ベイソルがナナのリベンジリバースを受けて、仮ダメージを受けた。天野が何を狙っているのか計りかねたのか、もう一度、相手選手はトマホークを放つ。天野はにやりと笑うと、再びリベンジリバースを使う。リベンジゲージは消費してしまったが、相手にかなりの仮ダメージが入った。仮ダメージが本ダメージになる事を恐れたのか、ベイソルはバックステップをして距離を取った。時間を稼いで回復したいと思ったのだろう。
ただ、その行動は天野の読み通りだった。これなら通ると考えた彼女はステップで一気に間合いを詰める。
後一試合先に取った方が勝ち。大ダメージはもらえない。そう意識している所為で、相手の行動が消極的になっているのだ。攻守のバランスが良かった相手選手の動きに綻びが生じていた。
“ここだわ!”
そう考えた彼女は、強風雷塊を放った。ダメージを奪われる事を恐れたベイソルは、そのまま防御を固めている。強風雷塊を潰す為の技振りが少しでも遅れれば受けた仮ダメージが本ダメージになってしまうので、ボタンを押す勇気が出なかったのだろう。
が、強風雷塊を止められなかったのなら、それはそれでピンチである。ナナは強風雷塊を盾にして近づき、ぎりぎり当たらない距離で下段弱キックを数発打った後に中段攻撃を使った。委縮すると反応自体が悪くなる。下段防御ができない中段攻撃は、立っていればガードができ、ガードさえできれば隙があるのだが、相手選手は食らってしまっていた。
“よっしゃ! 体力リード!”
と、天野は心の中でガッツポーズを取る。決して安心できるリードでないが、その優位はほぼ五分の試合展開では大きかった。その後はジワジワとした試合となり、結局はそのリードを維持する形でそのラウンドは取る事ができた。
“よし! あと、1ラウンド!”
天野は気合を入れたが、次のラウンドは取られてしまった。と言っても、相手が偶然放った強攻撃が噛み合ってしまっただけで、大きな問題はないと彼女は判断していた。ベイソルというキャラクターは、凄まじい攻撃力を持っているので、一回の事故で倒し切られてしまう事もあるのだ。
“大丈夫。リベンジリバースを巧く使った立ち回り。さっきと同じ戦法でいけるはずだわ”
と、彼女は自分に言い聞かせる。
相手は試合巧者だ。恐らく時間があれば彼女が考えた戦法にも対応して来るだろうが、この短時間では何も思い付かないはずだ。そう考えた彼女は、先ほどと同じ様にリベンジリバースを使って仮ダメージを奪い、そのプレッシャーを利用して強風雷塊を放つ。すると相手選手はやはり何も対処できず、簡単な揺さぶりであっけなく崩れた。
大きめの体力リード。
ただし、多少の懸念があった。ベイソルのゲージがEXゲージもリベンジゲージもマックスだったのだ。ただでさえベイソルは攻撃力が高いのだが、ゲージがある時は更にえげつなくなる。何か事故が起これば、それだけで体力を全て奪われる可能性すらある。前のラウンドのように。
“ここは、ダメ押しが欲しい!”
そう思った彼女は近距離で強の投げ技をヒットさせようとした。が、それが甘えだった。今度は彼女が勝ちに意識を持っていかれて判断をミスってしまったのだ。なんと、相手選手は彼女の投げを読んで真上にジャンプしていたのだった。
“まずい!”
彼女の背筋に冷たいものが走る。投げ技は大きな隙が生じる。そこにベイソルはジャンプ強攻撃が入れ、更に地上で強攻撃、キャンセルからのゲージを使った必殺技、リベンジゲージを全て使って能力を強化する技を発動させる。ベイソル側が大幅に有利な状況になった。
ユリエルのリベンジゲージ発動技は、エレクトリック・ミラーだが、ベイソルはサイコゾーンという技になる。この技の発動中は投げ技と優秀な突進技が追加される。このサイコゾーン中の投げ技には相手に爆弾をセットするという恐ろしい特性があり、しかもベイソルが自由に爆破できる。
天野はつい委縮し防御を固めてしまい、この爆弾セット投げをくらってしまった。この爆弾がセットされている間に打撃技を食らい、爆破を絡めた連続技が入ると試合が終わるほどのダメージが入る。仕方なく彼女がガードを固めるとベイソルは投げを極めて来た。思ったよりも被害は少なく済んだが、体力は逆転されてしまっていた。ベイソルはダメ押しとばかりにナナの起き上がりに、サイコゾーン中限定の突進技を重ねてきた。この突進技は、相手を追い越すように出す事でガードを逆転させられるので当てやすいのだが、彼女はこれを読んでおり、なんとか防ぐ事ができた。ただ、ガード後もベイソルが有利だ。投げと打撃の二択。投げが来ると読んだ彼女はバックステップをしてそれを避ける。投げの空振り動作。彼女が読み勝ったのだ。その隙に彼女は逆に投げ技を極めた。ただし、それは間合いの広い弱の投げだった。ダメージは低い。体力は依然、ベイソルの方が勝っていた。
“これは、使うしかないわね!”
彼女はそう決めると、投げの起き上がりに弱の流れ肘鉄を放った。
ナナは投げを極めた後、移動投げに性能が変化するEX版の投げ技とこの弱流れ肘鉄で二択になるのだ。ただ、EX版の投げ技はモーションにエフェクトがかかるので、反応が鋭く、警戒している相手にはジャンプやバックステップで逃げられてしまう。今回の相手にはそれくらいできそうだった。だから彼女は弱流れ肘鉄を使ったのだ。が、この技はガードされてしまうと普通はナナ側が不利になってしまうのである。
だからだろう。相手選手は弱流れ肘鉄を受けた後、ナナを攻撃しようと何かボタンを押したようだった。がしかし、ナナに攻撃は当たらず、何故か逆にナナの打撃技がベイソルにヒットしていた。弱攻撃だが、そこから連続技が繋がる。相手選手は驚愕の表情を浮かべていた。ナナは攻めが継続するのが強み。そして、ベイソルは優秀な返し技を持っていない。精神的な動揺もあったのだろうが、そのままナナの攻撃を防ぎ切れず、気づくとベイソルの体力はゼロになっていた。
つまり、天野の勝利である。
「……ラッキーだったね。相手の選手がミスってくれて。緊張して、ボタンを押すのが遅れちゃったのかな?」
試合が終わったと、渡部がそう天野に話しかけて来た。ふふんと笑って、得意げに彼女は返す。
「ミスじゃないわよ」
「ミスじゃない?」
「そ。それって最後の弱流れ肘鉄の後の事を言っているのでしょう? あれはわたしが持続当てをしたから隙がなかったのよ。多分、相手の人は有利だと思って投げを入れていた。それでわたしの攻撃がヒットしたってワケ」
“持続当て”とは、攻撃の最後の方を相手に当てるテクニックの事である。本来はガード後に隙がある技でも、この特殊な当て方をする事で隙がなくなり、場合によっては有利になったりもする。
「ナナの投げ技の後に、巧いタイミングで弱流れ肘鉄を相手に重ねると、持続当てになるのよ。わたしはそれを利用したの。相手の人がこれを知っていたらどうなっていた分からなかったけど、巧くいったわ」
「へー」と、それを聞いて渡部は言った。
天野は得意げだったが、それからやや不安そうに目をやった。その方向には、根茂先輩がいて誰かと話していた。
「でも、あのテクニック、根先輩に見られちゃったなー」と、それから彼女は言う。
そして、“なるほど。持続当てが小夜子ちゃんの奥の手だったのね”などとそれで渡部は思ったのだった。
――決勝戦。
強いと有名なeスポーツ部の部長、根茂先輩と女子高生格ゲープレイヤーの対戦というキャッチ―なワードがあったからだろうが、予想以上に多くの人々が、eスポーツ部の部室には集まって来ていた。比較的大きめの部室なのだが、流石に適度な収容人数を大幅に超えてしまっていた。密集している。しかも、男性の割合が異常に高い。女子高生なら嫌がりそうなシチュエーションである。
が、彼女、天野小夜子は少しも気にしていなかった。直ぐ横にいる根茂先輩に意識を集中しているようだ。
根茂先輩。相変わらず、外見や物腰は紳士的だ。だが、ただそこにいるだけでどこかサディスティックな雰囲気が感じられる。そしてその印象が正しい事は、彼のプレイスタイルを観ればよく分かった。
的確に相手の弱い点を見抜き、意識を散らしつつ、そこを重点的に攻めて来るのだ。
“この人は相手の癖を見抜いてそこを突いて来る。だから、自分の弱点はちゃんと把握しておかないと駄目だ”
彼女はそう考えていた。だから、自分のプレイを何回も見直し(ウルトラファイターⅤでは、ネット対戦の内容が自動で記録される)、自分のプレイを客観視できるようにしていた。もし自分が自分と戦うのなら、どのような攻略を行うのか。そして根茂先輩のプレイも何回も観て、試合をイメージしていた。
“多分、大丈夫だ。根先輩を想定して準備をして来た。でも、先輩はわたしを知らない。わたしの方が有利だ”
やがて司会者が「さて、準備が整いました」とマイクを通して伝える。
「決勝戦のカードは、下馬評通り、危なげなく勝ち進んで来た我らがeスポーツ部のエースにして部長、根茂先輩!」
拍手が起こる。鳴り止むと、続けて司会者は手で天野を示し、
「対するは、完全なダークホース。なんと1年女子高生の格ゲープレイヤー! ナナ使いの天野選手です!」
と続けた。再び拍手が起こる。
「何かコメントをお願いします」と司会者が言うと誰かが天野の所にマイクを持って来た。何も聞かされていなかったので少し驚いてしまったが、慌てて彼女はセリフを考えた。
「わたしは中学の頃から格闘ゲームをやり続けています。中学にeスポーツ部はなかったので大会などには出た経験はありませんが、プレイ歴なら高校の先輩達にも負けていないと思っています」
彼女が言い終えると「へー」と声が上がった。続けて根茂先輩にマイクが渡される。淡々と述べる。
「格闘ゲームのイベントで、ダークホースが勝ち進むのはよくある事なんで、特に彼女に凄いとは思っていませんね」
随分と挑発的だが、彼の言う通りだった。格闘ゲームは、普通のスポーツよりも実力の変動が激しい。メーカーがキャラの性能を変える事が頻繁にあるので、それに付いていけないプレイヤーの実力が一気に落ちる事もあるし、新たな攻略方法が発見されれば、それでも大幅に実力が変動する。しかも人によって戦略が大幅に異なる。今までにない戦略を執るプレイヤーは、まだ対策が発見されていないので大きく有利になるのだが、だからなのか、無名なプレイヤーが大金星をあげる事も珍しくない。
“言うじゃない。流石、根先輩ね”とそれを聞いて天野は歯軋りをした。もっとも、怒りはあまり覚えていなかったのだが。
「それでは、試合を始めていただきましょう」
その司会の言葉を合図に天野は開始ボタンを押した。ナナを選択する。予想通り、根茂先輩はユリエルを選択した。
選ばれたステージは土俵がイメージされてある華やかな場所だった。天野はこのステージが好きだ。オープニングの演出が始まる。華やかな土俵を、不遜な表情で浅黒い肌の長身の男が悠然と歩いて来る。ユリエルだ。場違いだったが、しかしだからこそその姿は舞台により映えていた。ユリエルは、根先輩のイメージぴったりに「自分の愚かさを身をもって味わえ!」と言い放った。それを受けて「挑戦させていただきます、根茂先輩」と彼女は小声で言う。彼女の選択したキャラであるナナは「ボヨンと投げてあーげる」となまめかしい様子で言う。彼女の気合とあまり合っていない。
画面に文字が表示される。ラウンド1。試合開始。
ナナVSユリエルの組み合わせは、ナナが有利であると一般的に言われている。ナナはリーチは短いのだが、立弱キックだけは判定が強く、ユリエルの多くの技と相性が良い。どう考えてもナナ側が負けていそうな技の振り合いでも、何故かナナが勝っている時がある。
だから、天野はナナの立弱キックを振りながらユリエルに近づいていった。弱攻撃ではあるが、ヒットすれば連続技になるよう、常にレバーを操作して仕込んでいた。ナナの強みは攻めが継続する事。弱攻撃から与えられるダメージはそれほど高くないが、それでも相手にとってかなりの脅威となる。もっとも、根茂先輩はそんな事くらい知っているだろう。対策をしているはずだ。
案の定、根茂先輩はナナの立弱キックに勝ちやすい立中キックを多く使う立ち回りをして来た。この技はキャンセルできないので単発になってしまうが、それでもナナの立弱キックを封じる手段には使える。もっとも彼がその技に頼るのは天野の想定通りでもあった。
“――やっぱり”
と、彼女は思うとユリエルの立中キックの空振りに下段強キックを合わせた。出してくると分かっているのなら、それくらいの反応はできる。すると、根茂先輩は今度は飛び上がってから高角度で膝で襲い掛かる突進技を出して来た。それも彼女は冷静に立中パンチで迎撃する。
ナナの立中パンチは対空迎撃技として優秀だ。ただ、相手がジャンプして来る間合いはナナは不利なので、使う機会はそれほど多くはない。ナナの不利な間合いだから、相手からすれば無理してジャンプ攻撃をする必要がないからである。
が、ユリエルの空中強襲型の突進技は別だった。大いに役に立つ。ナナの立中パンチで落とし易い軌道なのだ。
迎撃に成功すると、ナナは一歩間合いを詰め、弱キックを振った。運良くヒットし、そのまま連続技に繋げる。攻めが継続し、あっけなく1ラウンド目はものにできた。ユリエルにエレクトリック・ミラーを使わせずに倒せたのが大きかったかもしれない。次のラウンドも似たような展開になった。今回はエレクトリック・ミラーを使われてしまい、ヒヤリとしたが、なんとか僅差で勝ちを拾えた。これは運が良かっただけだろう。それでも勝ちは勝ちだが。
1試合目はあっさりと勝つ事ができた。ただ、天野はまったく安心はしていなかった。1試合目は根茂先輩が天野を知らない事による情報戦でのアドバンテージが顕著に出る。次の試合が簡単にいくと考えない方が良いだろう。何しろ、根茂先輩の最大の強みは相手の行動パターンの理解力。1試合目で天野プレイスタイルを的確に分析しているはずだ。つまり、本当の勝負はここから始まる。
その彼女の心中を知っているかのように、彼は大きく二度ほど頷いた。まるで“もう分かった”とでも言っているかのようだった。そしてそれは恐らくはハッタリではない。ごくりと生唾を飲み込む。彼女は自分の顔をピシャリと叩くと、「とにかく、やるしかないわ!」と気合を入れた。
2試合目、1ラウンド。
大胆にも根茂先輩は、いきなりアーマースキンという自身を強化する特殊技を使ってきた。この技は大きな隙があるが、突進技にアーマー効果を付与し、一度だけ相手の攻撃を耐えつつ攻撃ができるようになる。この状態でぶつかり合うと、ユリエルが一方的に勝つことができるので、使われると厄介なのだ。おまけにリベンジゲージも溜まる。
天野は根茂先輩が付与した強化突進技をどのタイミングで使って来るかと考えたのだが、ほぼノータイムで先輩は技を放った。小ジャンプしつつ頭突き放つガーヘッドという技だ。虚を突かれた彼女はガードをしてしまったが、なんとヘッドバットはぎりぎり当たらずに着地をした。つまり、先輩は突進技を攻撃ではなく、移動技として使ったのだ。そして、空かさず投げを極めて来た。投げでできた隙を利用して、再びアーマースキンを使う。今度は何をするのかと思っていたら、大胆にもステップを二回し、再び投げた。天野は完全に翻弄されてしまっていた。体力をリードすると、今度は間合いを離し、飛び道具乱打の砲台モードに先輩は移行した。堪らずにジャンプするとあっさりと迎撃され、そこから連続技をもらった。
そうして一気に1ラウンドを取られてしまった。アーマースキンを巧みに使った心理的な圧力で、優位を取られてしまっている。
“威圧で、わたし自身が動かされてしまっているわ!”
彼女はそう思う。つまり、恐れていた事が現実になったのだ。イメージトレーニングがほんとど役に立っていない。
次のラウンドは一か八かで放ったEXゲージを全て使うスペシャルアーツと呼ばれる大技がヒットしたお陰でなんとか勝ったが、ゲージは全て消費してしまった。ゲージ0で2試合目の最終ラウンドに挑まなくてはならない。それでもなんとかそれなりにダメージを与えられたが、ユリエルが体力リードした状態でタイムアップが迫って来たので焦って無理に攻めにいったところを、壁代わりに使われたエレクトリック・ミラーがヒットし負けてしまった。
次の試合。
このままでは負けると判断した天野は、一か八かで強引に投げにいった。運よく相手の行動と噛み合い、投げは成功した。その後の起き攻めで、前のベイソル戦で見せた弱流れ肘鉄を彼女は放った。持続当てで、ナナが有利になるテクニックだ。
――が、それを根茂先輩は冷静にリベンジリバースで返して来た。
“やっぱり、前の試合を見られてたか!”と彼女は悔しがる。リベンジリバースを使うとリベンジゲージを消費するので、エレクトリック・ミラーを使いにくくなるが、体力リードしていたので問題ないと判断したのだろう。大幅に先輩が有利だ。
ただし、彼女の用意していた武器はこれだけではなかった。今度は弱流れ肘鉄をギリギリ当たらない絶妙な間合いで放つ。そしてガードをしている間に投げ技を極めた。先ほど、根茂先輩が使ったガーヘッドをぎりぎり当てずに移動技として使うテクニックと発想は同じだ。ただ、その後の先輩に動揺はなかった。起き上がった後、冷静にバックジャンプで間合いを離されてしまった。
“まだまだ、これからよ!”
何度かの軽い殴り合いの後、彼女は移動技で後退すると間髪入れずに再びギリギリ当たらない間合いで弱流れ肘鉄を放った。ナナのEXゲージはマックス。つまりスペシャルアーツが使える。ナナのスペシャルアーツは強力な投げ技だ。ただし発動後の演出中にジャンプで躱せるので、ヒットさせるには連続技か相手の攻撃にカウンターで合わせるしかない。
“根先輩なら、さっきの弱流れ肘鉄で学習しているはず。なら、わたしの心を折る為に、カウンターで打撃を入れて来るかもしれない”
が、その読みは甘かった。根茂先輩はナナのEXゲージがマックスである点に注意し、スペシャルアーツも警戒していたのだ。彼女の渾身のスペシャルアーツは、あっさりとジャンプで躱されてしまった。そして、そのスペシャルアーツがすかった隙に連続技を叩き込まれる。それでナナの体力は一気に0になっていた。試合を取られてしまった。
これでスコアは1-2。決勝は3本先取で、もう1試合残っているが、天野には根茂先輩に勝てる気がまったくしなかった。力の差を痛切に感じ取ったのだ。
根茂先輩を見てみる。彼は彼女を“分からん殺しで勝てるほど、俺は甘くないよ”といった表情で見つめていた。彼女は歯ぎしりをする。
“――どうしよう? このままでは負けてしまう!”
その瞬間、彼女の脳裏にザンギFの姿が浮かんだ。ピンチに陥った時には、やはり無意識の内にずっと使ってきたキャラクターを頼りにしてしまうものらしい。一度、試合を中断させ、キャラクター選択画面に移動させた。
彼女は思う。
“ナナでは絶対に勝てない。勝てる可能性があるとしたら、ザンギFしかない。でも……”
そこでちらりと根茂先輩の顔を見てしまう。
“もし、ザンギFを使ったら、絶対に先輩はわたしを嫌いになる”
根茂先輩は、ガチなレベルでのザンギF嫌い。ザンギFを使う女なんか、完全に恋愛対象外だろう。
“でもー!”
画面を見る。ザンギFの顔がまるで自分に訴えかけているようにも、圧力をかけているようにも思えた。
『お前の格ゲープレイヤーとしてのプライドはそんなものなのか?』
と。
キャラクター選択画面には時間制限がある。選ばなければ、その時点でカーソルが当たっているキャラに決まってしまう。今はナナが選択されている。5、4、3とカウントがダウンしていく。歯を食いしばる。そして、0になるのとほぼ同じタイミングだった。天野はザンギFにカーソルを合わせた。
その瞬間、“ザンギ~?”といった表情で根茂先輩は彼女を見た。それから“なるほど”といった顔に。
“俺がザンギ嫌いって知って出して来たのか?”とでも思っているのだろうか。それから彼は「付け焼き刃のザンギFが俺に通用するか?」と小さな声で言った。
その言葉を聞いて、一気に天野の闘志に火が灯った。
“わたしのザンギFが、付け焼き刃かどうか、見せてやろうじゃないの!”
ここ最近はご無沙汰していたが、ザンギFの操作を手が覚えているのを、彼女ははっきりと感じ取れていた。
試合が始まった。ラウンド1。
天野はザンギFを前へと進める。のっしのっしと悠然と歩く様は自信に満ち溢れているように思え、その行動に少しだけ根茂先輩は気圧されているようだった。迫って来るザンギFに対し、先輩は“様子見だ”と言わんばかりに立中キックを放った。ヒットしたが、この技はリーチは長いが連続技にはならない。ダメージは低い。それに対し“知った事か”と言わんばかりにザンギFは一歩前に出る。そしてそこでおもむろに立強パンチを出した。ギリギリ、パンチは届いた。ユリエルはガードしている。
ザンギFの立大パンチは、リーチがかなり長くダメージも大きい上に上半身にアーマー判定があるという優れた性能があるが、それだけに大振りで隙が多く、当たらないと反撃を受ける事が多い。
彼女が間合いを見切った上でパンチを出したのか、それとも単に何も考えていないのか、根茂先輩は疑心暗鬼に陥っているようだった。ザンギF選択が単なる奇をてらった無理のある作戦だったなら、ギリギリ当たらない位置をキープすればもう一度立強パンチを出してくるはずである。そこを狙って反撃をすればいい。恐らくはそう考えたのだろう。下段中キックや立中キックなどを時折振りながら、中間距離で根茂先輩はユリエルをうろうろさせ始めた。
その行動に天野はにやりと笑う。
“そうですよね。まずは相手の情報集めから。それがあなたの常套手段”
まるで中間距離の牽制を嫌うように、天野はザンギFを後退させた。が、それを受けて根茂先輩がユリエルを前進させようとしたタイミングでステップをする。
ザンギFのステップは遅い。が、代わりに移動距離が長い。意表を突かれた先輩はそのステップに反応できず、そのまま強のロケット・パイルドライバーがヒットした。そして起き上がりに下段弱キック、下段弱パンチ、スイングアームの連続技を極める。
“まずは挨拶代わりですよ、根先輩”と天野は内心で笑う。ちらりと顔を見ると、彼は表情をこわばらせていた。
その後、彼女は大胆にも立弱キックを放ってガードさせた後にタックルトレインという移動投げを使った。移動投げは、文字通り移動しつつ投げるので遠くの間合いから防御不可能な攻撃を出す事ができる。が、当然ながらジャンプで躱されれば隙だらけだ。彼女がその技を選択したのは、画面端が間近だったので、充分にリスクに見合ったリターンがあると判断したからだった。起き攻めが可能になるのだ。それから、ユリエルの立ち上がりに合わせて、立弱パンチを持続当てし、そして下段弱パンチ、ヒットを確認した上でスイングアームを当てる。そこまで極めるとユリエルは気絶をしてしまった。
格闘ゲームの多くでは、攻撃を連続で受け続けるとスタン値が溜まっていき、耐久値を超えると気絶してしまうシステムを採用しているのだが、ウルトラファイターⅤでもそれは同じなのだ。
気絶したユリエルに連続技を当てると、それで体力が0になった。天野の勝ちである。
“くー! 楽しい!”
天野は軽くガッツポーズを取る。勝てた事も嬉しかったが、久しぶりにザンギFを使えた事に彼女は喜んでいた。溜まっていた何かが、弾けた感じ。
そんな彼女を、根茂先輩は不気味そうに見つめていた。負けてしまった事実より、彼女のそんな様子に嫌な予感を覚えているようだった。
ラウンド2。
ザンギFが下段弱パンチを放ちながら近づいていく。それにユリエルが立中キックや下段中キックで対抗して来ると、ザンギFは今度は立強パンチを出しカウンターを狙う。その後、試合はもつれ合う展開になったが、ユリエルが体力をわずかにリードした状態で、防御の為に使ったエレクトリック・ミラーを、ザンギFが頭突きで貫き(ザンギFの頭突きには、飛び道具判定の攻撃を破壊できる特性がある)、なんとかギリギリで勝利した。
“よっしゃ! これで2-2!”
天野は喜んだが、同時に奇妙な違和感を感じ取ってもいた。根茂先輩はザンギFが嫌いだと聞いてはいたが、それにしても手応えがなさすぎる。
いや、先輩はそもそもザンギFが“嫌い”というだけで、“苦手”という訳ではないらしい。根茂先輩のザンギF戦を何度も観てみたのだが、余裕で圧勝している試合も多々あったのである。
――絶対に巧いはずだ。なのに、どうしてあっさりと負けたのだろう?
“まさか……”と、彼女は不安になる。
――最終試合。ラウンド1。
先端がギリギリ当たるくらいの間合いで根茂先輩は下段強キックを放った。ユリエルの下段強キックはリーチが長く、それくらいの間合いでは反撃はかなり難しい。ガード後、天野はザンギFを前に前進させようとしたが、先輩はユリエルに垂直ジャンプをさせていた。ジャンプの下降に出して来た攻撃をガードする。その攻撃はやや早出しだった為、着地後、ユリエルは早く動き出せた。ステップしてくる。ユリエルのステップは速い。それもこのキャラの強みの一つなのだが、天野はそれに反応ができなかった。それは根茂先輩の意表をついた垂直ジャンプに混乱させられていた所為でもあったのだが、元々彼女はステップを止めるのがやや苦手なのである。
投げを食らった後、彼女は次のユリエルの行動は飛び道具を中心にした砲台モードだと予想していた。ユリエルの飛び道具はそれほど出が早くないが、溜めて撃つことでタイミングをずらせるので対処し難い。
が、ユリエルは飛び道具を使わず、再びステップをして来た。今度は反応しようと無理にボタンを押そうとした結果遅れてしまい、彼女は中パンチを食らってそのまま連続技まで極められてしまう。大ダメージだ。
ナナを使っていた時もステップを通されていたと彼女は反省する。そう思ってステップを警戒していると、今度はユリエルはジャンプをして来た。ガードはできたが、投げを予想し、抜けをしようとボタンを押したところ、ユリエルは後退している。その投げ失敗の隙に再び連続技をもらい、それでほぼこのラウンドは終わりだった。
“やっぱりだ!”
と、あっさりと負けてしまった天野は思う。
先の2ラウンド目、根茂先輩は恐らく徹底的に情報分析に集中していたのだ。様々な行動を執り、それに彼女がどう対応するかを見極めていた。そしてナナを使っていた時も合わせて、それで自分をどう攻略すれば良いかを組み立てていたのだろう。
“対応しようにも時間がないわ”と、彼女は思う。
“一か八かで、攻めるしかない!”
覚悟を決めると、彼女は軽い牽制の後、ユリエルの攻撃が届かない絶妙な間合いでジャンプをした。ほぼ賭けだったが、着地と同時にEXロケット・パイルドライバーを出すと、どうやらユリエルは何か技を振っていたようで投げが極まった。離れた間合いでも、ユリエルが攻撃をする事によって“投げられ判定”が前に出、投げが成立したのである。
その後の起き攻めで、下段弱キックが入り、下段弱パンチ、スイングアームの連続技に繋げた。けっこうな体力リードである。
が、それで間合いが離れた。
一呼吸の間。天野は考える。
牽制合戦に持ち込み、この体力リードを活かしてじわじわとした展開で勝ちを狙った方がいいか、それともこのまま強気に攻め続けるか。前者の方が賢明に思えたが、彼女の脳裏にユリエルのリベンジゲージ全消費技である、エレクトリック・ミラーの恐怖が浮かんだ。
“一気に倒さないと、あの技で簡単に逆転されてしまう!”
それから彼女はジャンプをした。根茂先輩との試合では、彼女はあまりジャンプをしていない。そろそろ意識から外れているはずだと考えて。
――が、先輩は甘くなかった。確りジャンプを意識していたのだ。恐らくは彼女の攻め気の強さからジャンプ攻撃も警戒していたのだろう。下段強パンチでザンギFのジャンプ攻撃を迎撃する。ユリエルの下段強パンチによる迎撃は、そこから連続技が繋がる為、なかなかに強力だ。ダメージが入った上に運ばれてしまう。
それで一気に形勢は逆転した。委縮し、ガードを固めるザンギFを果敢に投げ、打撃の牽制でじわじわと体力を削っていく。ザンギFの体力が10分の1ほどになってしまった状態で、まだユリエルは2分の1以上も体力が残っていた。しかも、エレクトリック・ミラーをユリエルは使っていない。
“クソ! このままでは、負けてしまう!”
中間距離。彼女は何もする事が思い浮かばなかった。何をしても根茂先輩に迎撃されてしまうような気がしたのだ。それで彼女はほぼ苦し紛れに垂直ジャンプをした。何かのノイズなってくれれば、と思ったのだが、そのタイミングで先輩はユリエルの突進技を放っていた。
それはかなりの僥倖だった。ちょうど垂直ジャンプと噛み合い、その突進技の隙にザンギFのジャンプ強攻撃がヒットする。そのまま頭突きを当て、ザンギFのリベンジゲージ全消費技であるダイソン・スイングアームへと繋げる。
ユリエルのエレクトリック・ミラーほどではないが、この技はリベンジゲージ全消費技の中でもかなり強力な部類に入る。終わった後、相手キャラは空中を吹き飛ぶのだが、その相手に空中EXロケット・パイルドライバーが入るので、大ダメージを与えられるのだ。しかも、空中EXロケット・パイルドライバーの後には起き攻めが可能である。
定石通りの、空中EXロケット・パイルドライバーまで入れた後の起き攻め、天野は根茂先輩がジャンプで逃げると予想し、低空で空中強ロケット・パイルドライバーを出した。見事にヒットする。
が、まだユリエルの体力はわずかに残っていた。
次の起き攻めの読み合い。
根茂先輩のプレイを研究していた天野は、彼のプレイを思い出す。
“――先輩は、こういう場合、読み合いを拒否する事が多い”
相手の行動を読もうとは考えず、ただただ同じ行動を繰り返すのだ。つまり、先ほどと同じ様に再びジャンプで逃げようとするはず。
そう予想した彼女は、再び空中強ロケット・パイルドライバーを出した。すると、見事にその予想通り、その技はユリエルを捉えていた。
ザンギFが「ふーん、ぬんっ!」とユリエルを地面に叩きつける。それでユリエルの体力は0になっていた。ラウンド2は、天野の勝利である。
“なんとか勝てたけど、運が良かっただけだわ”
と彼女は思う。
次はどうしよう? と迷ったままの状態でラウンド3が始まる。最終ラウンドである。
“こんな状態のままじゃ、動きが鈍くなる”と彼女は不安になったが、ユリエルの動きもなんだか精彩を欠いていた。少し闘ってなんとなく彼女は察する。
“そうか! 根先輩も迷っているんだ”
前ラウンドで彼女が見せた攻め気の強さがノイズとなって、彼のプレイに思い切りの良さがなくなっているのである。ただし、それでもわずかばかり天野の方が押されていた。二匹目のドジョウを狙い、安易に出した垂直ジャンプを狩られ、大きなダメージを負ってしまう。
が、そのお陰でザンギFのリベンジゲージの方が先に溜まった。天野はユリエルの下段強キックがぎりぎり当たるか当たらないかといった間合い取りをすると、その間合いをキープしつつ、下段強キックのみに意識を集中させた。すると、案の定、先輩は下段強キックを出して来た。当たるかどうかは彼女自身にも分かっていなかったが、運良く当たらなかった。
“オッケー!”
と、彼女は心の中でガッツポーズを取ると、その隙にリベンジゲージ全消費技であるダイソン・スイングアームを出した。空中ロケット・パイルドライバーまで入れ、起き攻め。ロケット・パイルドライバーを出したが、先輩はバックステップで逃げていた。その後の隙に先輩は反撃をしてくる。先ほどのザンギFの攻撃のお陰で溜まったリベンジゲージを全て消費して恐怖のエレクトリック・ミラーを放った。連続でヒットし、ザンギFの体力があっという間に溶けていく。
ただし、ミスってしまったのか、それとも連続技のレシピがなかったのか、幸いもう一度使えるエレクトリック・ミラーは使われなかった。或いは倒し切れないと踏んで、防御にミラーを回した方が良いと判断したのかもしれない。ザンギFの体力の方が低い。攻めなくてはならないが、エレクトリック・ミラーがあるとかなり攻め難いのである。
“どうしよう? 圧倒的に不利だわ”
天野は激しく頭を回転させていた。リベンジゲージは先ほど全て使い切ってしまった。EXゲージは残り一本。対して、ユリエルは後一回エレクトリック・ミラーを使え、EXゲージも2本あった。そして、体力をリードされているので、無理にでもこちらから攻めなくてはならない。
“――でも、攻めたら絶対にエレクトリック・ミラーで迎撃される……”
それから直ぐに彼女は覚悟を決めた。
“迷っていたら、どうせエレクトリック・ミラーを巧く使われてお終いだわ。無理にでもこっちから攻めるしかない!”
ザンギFを前進させる。
一縷の望みがあるとするのなら、それは根茂先輩の意識がエレクトリック・ミラーに集中しているだろう点。強力過ぎるが故に、逆にそこがウイークポイントになってしまっている可能性がある。
間合いを見極めると、彼女は“ここ!”と心の中で発しつつ、飛び膝蹴りを放った。攻撃が当たるような距離ではない。移動に使ったのだ。この飛び膝蹴りは、着地点に少しばかり隙がある。着地と同時にロケット・パイルドライバーで投げたくなるが、だから無理に投げようとすると潰されてしまうケースがほとんどだ。
根茂先輩もそれを分かっている。だからエレクトリック・ミラーで潰しに来た。
がしかし、彼女の狙いはロケット・パイルドライバーではなかった。EX版のタックルトレイン。この技にはアーマー判定があり、しかもその発生はとても速い。少しでも攻撃が遅れれば、アーマーが成立する。そして出がかりのアーマーは3発まで耐えられ、移動してからは1発まで耐えられる。
――これは、ちょうど、エレクトリック・ミラーの打撃判定を打ち破れる回数である。
バリンッ
と、大きな音が響いた。ザンギFのEX版タックルトレインのアーマーが、エレクトリック・ミラーを全て受け切り、破壊した音だ。実際の音よりも随分と大きく、それは天野の脳内に響いた。
そのままザンギFは突進をする。ユリエルを捕まえてローリング状に回転して投げる。まだわずかばかりユリエルの体力は残っていた。
画面端。
起き攻め。
読み合い。
天野はロケット・パイルドライバーの技コマンドを入力していた。弱パンチ一発で終わる体力。無理に投げを狙う必要はない。だからこその選択である。合理的な根茂先輩は、ガードを固めていた。そこに投げが極まる。ザンギFがユリエルを「ふーん、ぬんっ!」と地面に叩きつける。
――それで、試合は終了だった。
天野の勝利を表す“WIN”の文字が画面に表示される。彼女は無意識の内に叫んでいた。
「よっしゃー!」
――試合後。優勝賞金を受け取った天野に根茂先輩が近寄って来た。
「やられたよ。まさか、ザンギFを隠し玉で持っていたなんてね。巧い策略だった」
本当は単なる成り行きだったのだが、褒められたので彼女は黙っている事にした。「えへへ」と頭を掻く。その後も先輩は彼女を褒めてくれた。
「君の実力はよく分かった。プレイの実力だけじゃなく、盤外戦略にも長けている」
彼女はその言葉に有頂天になっていた。が、彼女が喜んでいられたのはそこまでだった。
「――けど、人間としてはどうかと思う。……ザンギFを使っている事も含めて」
そう先輩から言われてしまったのだ。
そして、こうして、天野の根茂先輩への恋は、見事に失恋で終わったのだった。
“ザンギFは冬の季語だと思うの……”と、彼女は心の中で呟いた。
……それから月日は流れた。
色々とあったが、ウルトラファイターⅤも終了し、いよいよ次回作であるウルトラファイター6が発売されようとしていた。
教室で、渡部が訊いて来る。
「6でも、小夜子ちゃんはザンギFを使うの?」
「使わないわよ。ザンギFの所為で、わたし、失恋しちゃったのよ?」
が、それを聞くなり、渡部が言う。
「へー こんなに良さげなのに?」
その言葉に天野はピクリと反応する。渡部はスマートフォンで6のザンギFの映像を観ているようだった。
「ちょっと見せて!」と天野は渡部のスマートフォンを奪い取るようにすると、その映像に見入った。そして見終わるなりにこう叫ぶ。
「あー! せっかく、ザンギFを卒業しようと思っていたのに、なんでこんなに魅力的なのよー!」
6のザンギFは、妙にプロレスチックで、シリーズ最高と言っても過言ではないレベルのクオリティだったのだ。
しかも、とても強そうだ。
どうやら、天野小夜子の苦悩は、これからも続きそうである。
ストリートファイター6を応援する意味も込めて、実験的にeスポーツの小説を書いてみました。
因みに、6ではDJを使うつもりだったのですが、もう既にザンギを触り始めています。
ザンギなら、ちょっと練習したら直ぐにランクマッチいけそう……
実験的に格ゲーで小説を書いてみて思ったのは、
格ゲーはシステムがたくさんある上に複雑なので、説明がどうしても長くなるってのが課題かな? と思いました。
格ゲー知らない人にも楽しんでもらえるようには作り難そう。
説明なしでも通じるくらいの軽いのにするか、それとももっと本格的な長編にして、ゆっくり理解してもらうかのどちらかが良さそう……
この作品、カプコンは、まぁ、ガイドラインを読んだ限りでは許してくれそうな気配ですが、一応、問い合わせてみた方が良いですかねぇ……
返答は来ない気がしますが。