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94話 クヌキの木を発見!

 

 屋敷を出る少し前、ドロテアはハリウェルに『アスナータ』との国境付近を見てきてほしいと頼んだ。 


 ヴィンスの婚約者として、将来王妃になる身として、『アスナータ』との情報が欲しかったからだ。


 本当は、森に行く途中に国境に立ち寄り、自分の目で見たかった。

 けれど、ヴィンスはそれを良しとしなかったのだ。レザナード現国王とその婚約者が突然国境付近に現れたとなっては、『アスナータ』側が過剰に警戒し、何かの拍子に争いに発展する可能性があるからと。


(獣人国の王が黒狼の獣人だというのは有名な話だものね。ヴィンス様が国境付近に現れたら、確かに警戒されてしまう)


 とはいえ、ドロテアが一人で国境付近に行くなんて、ヴィンスに認められるはずはなく……。


 ということで、騎士として隠密訓練も受けており、武力にも長けたハリウェルに国境付近の情報収集を頼んだのだ。


 最初はドロテアの身の安全を心配し、側を離れることを渋っていたハリウェルだったが、『レビオル』にいる間は一人で外出しないことを約束すれば、彼は頼みを引き受けてくれた。


 その後、ドロテアとヴィンスは森に行くことを屋敷の者たちに告げ、出発したのだ。



「ドロテア、着いたぞ」


 そして、現在。

 屋敷から馬を走らせ、山の麓からほど近い森の入口にに到着した。

 この周辺に民家はなく、あるのは雪を被った樹木ばかり。どうやら生活圏からは外れているようだ。


 耳当てにポンチョ、手袋などの防寒具をしっかり身に着けたドロテアは、ヴィンスに差し出された手を取って馬から下りる。

 ヴィンスがまた耳付きの帽子を被っている姿には、つい頬が緩んでしまいそうだ。


「ありがとうございます、ヴィンス様」


 屋敷の周辺よりも積雪が多い。

 しかし、晴天のおかげか、少しだけ雪が解けており、歩けないほどではないので、ドロテアはホッと胸を撫で下ろした。


 近くの木にヴィンスが馬を繋いでいる間、ドロテアは周辺の樹木を観察する。


「この辺りには、クヌキの木はないようね……」


 クヌキの木は、樹高三十メートルにも及ぶものが多いが、この一体には樹高十五メートル程度のものしかない。

 そもそも葉の形が違うのだ。この辺りに有る木に付いている葉は卵心形だが、図鑑に載っていたクヌキの木は葉は人間の手のような形をしていた。


「ドロテア、この辺りにはなさそうか?」


 馬を繋いだヴィンスに背後から話しかけられ、ドロテアは振り向いた。


「はい。クヌキの木を調べた限りでは、『レビオル』の多くの森や山に生えていると書かれてあったのですが……」

「ならば、少し森に入ってみるか。俺と一緒なら迷子にはならないからな」

「確かに……!」


 獣人であるヴィンスの脚力があれば、木の一番高い箇所に到達することも可能だ。要するに、かなりの高所から辺りを見渡せるということ。


 相当森の奥深くにいかない限りは、森の出入り口を見失う可能性は低いだろう。


「では、甘えてもよろしいですか……?」

「ああ。早速行くか」


 そうして、ドロテアはヴィンスが伸ばした手を取り、共に森へと入った。


 樹木の隙間から射し込む太陽の光のおかげで、森の中であってもさほど暗くない。

 積雪のある地面に対する歩き方にも少しずつ慣れてきて、ヴィンスの手の支えがなくとも問題なく歩けそうだ。


「……離すつもりはないがな」

「えっ! 私今、口に出してましたか?」

「いや? なんとなく、そろそろ手を離しても大丈夫だと言い出しそうな気がしただけだ」

「……さ、さすがですわ……」


 ギュッと、繋いだ手が強められる。

 思考がバレてしまっていたことに心底驚いたが、ヴィンスに離すつもりはないと言われるのは嬉しかった。


「あっ、ヴィンス様……! ありました……!」


 ドロテアが穏やかな気持ちで辺りを見回していると、ついに視界にクヌキの木を捉えた。


 クヌキの木を指差したドロテアは、ヴィンスの手を引っ張るようにして、駆け足になる。


 ドロテアはクヌキの木の目の前までやって来ると、感嘆の声を漏らした。


「これがクヌキの木……! この木からあま~い蜜が採れるそうですよ! ヴィンス様!」

「ほう……。俺も直に見たのは初めてだ。木を削って、蜜を見てみるか」

「……! よろしいのですか!?」

「ほんの少しなら問題ないだろう」


 ヴィンスはそう言うと、ズボンのポケットに入れておいた小さなナイフを手に取った。

 カバーを外し、クヌキの木の幹を削り、樹皮をペリッと剥がす。


 すると、樹皮が剥がれた部分から、液体がじわりと溢れてきた。


「わぁっ……! ヴィンス様、クヌキの蜜ですよ! 加熱加工されたクヌキの蜜は少しドロっとしていて、黄色や茶色のものが多いのですが、採れたばかりのものは透明でサラサラとしているんですね……! 市場に出回っていないものが見られるなんて感動です……!」

「くくっ、嬉しそうで何よりだ」


 ドロテアはクヌキの蜜に目を輝かせる。

 こんなふうにクヌキの木から染み出すクヌキの蜜を直接目にする機会なんて、そうあることではない。


(せっかくだから、この蜜を舐めても良いかしら……)


 図鑑によると、クヌキの蜜は加熱せずともほんのりと甘いという。できることなら味わってみたい。


(でも……。さすがにやめておいたほうが無難かしら)


 クヌキの蜜に毒性がないことは立証されている。

 野生の動物の中には自然のクヌキの蜜を食すものがいるため、おそらく心配はいらないのだろうが……。


(……けれど、私はもうヴィンス様の婚約者。万が一があってはいけないから、やめておきましょう)


 それに、こうやって直接見られるだけでも幸せだ。


「そういえば、クヌキの木について前に報告が上がっていたな。……確か、蜜がもう出なくなった木は伐採して木材としても利用する、だったか」

「はい! クヌキの木と似た種類の木はとても頑丈で、家具などに使用すれば、とても長持ちするのではと以前職人さんたちから話を聞きました」


 ドロテアは満面の笑みをヴィンスに向けた。


「ヴィンス様、ここまで連れてきてくださって、本当にありがとうございます! とても貴重な体験でした」

「ドロテアの喜ぶ顔が見られたなら構わん。……それに、俺も少し気分を変えたかったしな」


 ヴィンスの金色の瞳に、陰が落ちた。


「それって……」

「……ドロテアなら気付いているんだろう? 俺が両親をあまり良く思っていないことを」

「そ、れは……。…………はい」 


 王城にいる頃から、ヴィンスと彼の両親の間には何かあるのだろうと思っていた。

 そして、『レビオル』にきて、ヴィンスたちの態度を見て、それは確信に変わった。


「家族のことはどこまで踏み込んで良いものか分からないから、俺が自ら話し出すまで、聞かないでいてくれたんだろう? ありがとう、ドロテア」

「そんな……私はお礼を言われるようなことは何も」

「それに済まなかった。挨拶の時、気まずかっただろ。……ドロテアに気を遣わせないよう、平常心でいなければと思っていたんだが、できなかった」

「ヴィンス様……」


 悲しげに目を細めるヴィンスに、ドロテアは胸がぎゅっと締め付けられて、言葉が詰まる。


「……今更だが、俺と両親の間に何があったか、話す。聞いてくれるか?」

「それは、もちろんですが……」


 ヴィンスが話して少しでも楽になるのなら、話してほしい。自らが話したいと望むなら、いくらだって聞いてあげたい。


(けれど、今のヴィンス様は、私への申し訳なさから、理由を話さなくてはと思っている気がするわ……)


 それは、ドロテアの望むところではなかった。


 ドロテアだって、家族との不仲に悩んだ。辛かった過去の話をするのは、勇気がいるし、心もすり減ることを知っている。


 だから、これまで家族とのことを話せなかったことに、ヴィンスが罪悪感を抱く必要なんてない。無理に話す必要もないのだ。


(さっきは言葉が詰まって言えなかったけれど、きちんと伝えなきゃ……)


「ヴィンス様、あの……っ」


 決意したドロテアが、口を開いた時だった。


「ドロテア待て。…………何だ、この音は」

「え? 音? 動物の鳴き声などは聞こえませんが……」


 耳の良いヴィンスには何が聞こえているのだろう。

 ヴィンスが耳を澄ましているので、ドロテアが口を閉ざしていると、その瞬間は直ぐに訪れた。


「この音は……まさか雪崩か……!」

「雪崩……!?」

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