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93話 せっかくなので探索へ

 

 アガーシャが立ち去った後、デズモンドがヴィンスと仕事の話がしたいというので、ドロテアは用意してもらった部屋に向かった。


「あっ、ドロテア様! ご挨拶お疲れ様でした……!」


 扉を開けると、先んじて荷物を運んでくれていたナッツに出迎えられた。満面の笑顔だ。


 部屋の内装は白色を基調としたシンプルなもの。

 さすが前国王夫妻の屋敷の一室なだけあって、調度品は高級なものばかりだ。ドロテアに対してしっかりと敬意を払ってくれていることが十分に伝わる。


「ナッツこそお疲れ様。それに、暖炉をつけておいてくれたのね。ありがとう」

「ドロテア様にお風邪を引かせるわけにはまいりませんからっ!」


 ナッツは嬉しそうに尻尾をぶりんっ! と振る。そのせいで暖炉の火が消えかけたのは、ドロテアだけの秘密だ。


「それにしてもナッツ、貴女……」


 ドロテアはソファに腰掛けると、ナッツの頭部に視線を向けた。

 にっこにこの笑顔とっても愛らしいが、一点気になることがあったのだ。


「どうして、帽子を被っているの? この屋敷に入った時に、一度脱いだでしょう?」

「ドロテア様から贈っていただいたことが嬉しくて、ついまた被ってしまいましたっ! この帽子、ふわふわで暖かくて、とーっても可愛くて、私の宝物なんです……!」

「うっ……!」


 ナッツの発言に胸を打ち抜かれたドロテアは、咄嗟に口元を手で押さえた。


(可愛いのは貴女よ、ナッツ……!)


 油断すると、可愛さのあまり涎が出てしまいそうだ。

 いくらナッツと二人きりとはいえ、ヴィンスの婚約者としてそんな醜態を晒す訳にはいかないと、ドロテアは自らを落ち着かせる。


「ふぅー……ふぅー……」

「ドロテア様……?」

「大丈夫よ、ナッツ。私は平気。これからも頑張るから、ずっと可愛いナッツでいてね」

「……? よく分かりませんが……分かりましたっ! って、そういえばドロテア様、ご挨拶はうまくいきましたか?」


 ナッツの質問によって、ドロテアの脳内には先程の光景が蘇る。


(気まずい瞬間もあって、とても楽しかったとは言い難い……。けれど)


 最後に見たアガーシャの涙がどうにも引っかかる。いや、それだけじゃない。

 わざわざ出迎えてくれたこと、ヴィンスと話が続かなかった時に悲しそうな表情をしていたこともだ。


(ヴィンス様のお父上に関しては、これと言って何も分からなかった)


 とはいえ、少なくともアガーシャもデズモンドも、ヴィンスを嫌っているようには見えなかった。

 むしろ、ヴィンスのことを大切に思っているように見えた。


(うーん。ヴィンス様とご両親の間に、一体何が……)


 とはいえ、ヴィンスが話してくれるまで待つと決めたのだ。このことを考えるのは一旦やめよう。


「ええ。ヴィンス様の婚約者として、認めていただけたわ」

「さすがドロテア様です〜! 良かったですね……!」

「ありがとう──って、あら、誰かしら?」


 不意に聞こえたノックの音。ナッツは直ぐ様入口の方に行くと、扉を開いた。


「ドロテア、急にすまない」

「ヴィンス様……!」


 突然現れたヴィンスに、ドロテアは起立する。


 ヴィンスはナッツに下がるよう指示をすると、スタスタとドロテアの近くまで歩いて来た。


「お仕事の話は終わったのですか?」

「ああ、一旦な」

「お疲れさまでした。あ、とりあえずお座りになってください」

「いや、いい。話しに来たんじゃないんでな」


 とすると、一体何だろう。

 ドロテアが素早く目を瞬かせると、ヴィンスはニッと微笑んだ。


「せっかく『レビオル』に来たんだ。天気も良いし、一緒に外に行かないか?」

「……! 良いのですか……? ヴィンス様は、お疲れではありませんか?」

「俺がそんなに柔に見えるか?」


 獣人は強靭な肉体を持っている。人間よりも体力だってある。

 二日間の場所移動で疲れていないのかと不安に思ったが、ドロテアが元気な時点で、先の問いかけは愚問だった。


「いえ……!」

「ドロテアが疲れていて部屋で休みたいというなら無理強いしないが、どうする?」


 ヴィンスにずいと顔を近付けられたドロテアは、ブンブンと首を横に振った。


「疲れてなんていません……!是非、是非ご一緒したいです……! ヴィンス様が良ければ、森に行きませんか!? この辺りの山や森にはクヌキという、樹液が出るめずらしい木があるんです! それに、真っ白なプシュも見てみたいです……!」


 欲望を解き放ち、ドロテアは目をキラキラさせながら語る。

 ヴィンスは肩を揺らして、ククッと笑い声を漏らした。


「良いだろう。それでこそドロテアだ。プシュは希少な動物だから見つけられるか分からないが、ほぼ確実にクヌキの木は見られるだろう。……だが、この辺りの森は山の麓にあり、ここよりも積雪が多いはずだ。危険もあるからしれないから、絶対に俺から離れるなよ」

「はい……!」


(やったわ……! 森に行けるのね! しかも、ヴィンス様と一緒に……!)


 目的のものを見られるだけでも、もちろん嬉しい。けれど、それが大好きな人と一緒なら喜びもひとしおだ。


 ドロテアは両手で口元を押さえながら弾けるような笑みを浮かべた。


「それなら、早速行くか。俺は一度部屋に戻って防寒具を取ってくるから、ドロテアは支度を済ませておけ。また迎えに来る。ああ、手袋も忘れるなよ」

「はい!」


 雪を被った森はどんな景色なのだろうか。一目でもプシュを見られないだろうか。ヴィンスはまた耳付き帽子を被ってくれるのだろうか。


 楽しみ過ぎて、心臓がバクバクする。

 ドロテアは未だに笑顔を浮かべ、扉の方に戻っていくヴィンスの背中を見送った、のだけれど。


「……忘れものをした」


 唐突にヴィンスはドロテアの前に戻ると、やや腰を屈めて顔を近付けた。


「……んっ」


 唇が重なったのは、ほんの一瞬だけだった。


 突然のことで、キスをされる直前の記憶はほぼない。

 けれど、キスの際に目を瞑ることを忘れていたドロテアは、離れていく彼の表情を目にしてしまい、顔を真っ赤に染めた。


「この屋敷にいる間は、このくらいのキスで勘弁してやる。城に戻ったら覚悟するんだな、ドロテア」

「〜〜っ」


 愛おしい。けれど、少しだけ物足りない。

 そんな顔をしているヴィンスに、ドロテアは心臓は胸から飛び出そうになるほど激しく鼓動した。

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