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92話 見間違いだったのか

 

 ヴィンスは思慮深く、何より優しい。

 この場にドロテアがいるというのに、わざとアガーシャに無愛想な態度を取って、気まずい空気にさせるとは考えづらかった。


 つまり、ヴィンスのアガーシャに対する返答は、自然と出てきたものであるということ。


(これは……想像していたよりも溝が深いのかもしれない……)


 引き続き沈黙が続く。

 ヴィンスは気まずそうに口を閉じ、元より口数が少ないデズモンドも口を固く結んでいる。


 一方で、ヴィンスにいくつか話題を提供していたアガーシャといえば……。


(少しだけ、悲しそう……?)


 僅かだが、眉尻が下がっているように見える。 

 しかし、それは一瞬のことで、アガーシャは直ぐに凛とした表情に切り替えていた。

 気の所為だったのだろうかと思ってしまうくらいに、自然に。


(……とにかく、何か話題を)


 アガーシャの観察も大事だが、今はこの場の空気をどうにかしなければ。

 そう考えたドロテアが撚りだした話題は、隣国──『アスナータ』のことであった。


「そういえば、両陛下は『アスナータ』との不要な戦いを防ぐために、この地に来られたのですよね。最近は、小競合いもほとんどないと聞きました」

「……ええ。最近のことまで、貴女よく知っているわね」

「ありがとうございます。この土地に来る以上、最低限のことは知らなければと思い、可能な範囲で調べてまいりました。できれば、実際に国境付近に足を運んで、『アスナータ』の様子も見たいところなのですが……」


 真剣に話すドロテアに、アガーシャとデズモンドは目を見開いていた。


 ヴィンスは一度ドロテアに柔らかな視線を向けてから、両親に向き直った。


「ドロテアは知的好奇心でできたような女性です。更に行動力があり、聡明。相手の立場に立って人を思いやることもでき、優しく、皆に慕われています」

「ヴィンス様、褒め過ぎでは……!? 私はそんなにできた人間ではありません……!」

「それなら、獣人の耳や尻尾が好き過ぎて、我を忘れることがあるのがたまにきず……とでも言っておこうか」

「そ、それは……否定のしようがありませんが……」


 ヴィンスが意地悪さを含む笑みを浮かべる。声も楽しそうだ。


 ヴィンスに、彼の両親の前で盛大に褒められ、更に好きなものを明かされたことに関しては恥ずかしい。

 しかし、気まずい空気がなくなったので、結果的には良かったのかもしれない。

 ドロテアはホッと胸を撫で下ろす。


 アガーシャは足を組み替えて、話し始めた。


「ドロテアさんがヴィンスの婚約者になってから、貴女のことは粗方調べたわ。ヴィンスの言う通り、本当に優れた人なのでしょうね。……けれど」


 アガーシャは少し間をおいてから、ドロテアに視線を向けた。


「王妃というのは、国を背負う覚悟を持たなければいけないわ。……ドロテアさん、貴女、本当に大丈夫かしら?」

「……!」


 アガーシャの何とも言えない目の真意は何なのだろう。こちらを見定めているようにも見えるが、むしろ──。


「私は──」

「ドロテアは」


 返答をと考えたドロテアだったが、その声はヴィンスによって遮られた。


「誰よりも国のことを、民の幸せを考えてくれています。それに、もしも今後、ドロテアが国を背負うという重圧に負けそうになっても、俺が支えるので問題ありません」

「ヴィンス様、あの……」

「ドロテア大丈夫だ。ここは俺に言わせてくれ」


 それからヴィンスは、どれだけドロテアが有能か、王妃としての素質を持っているかなどを、具体的に話し始めた。それも、相手が口を挟む隙を与えないくらいに、早口で。


 ヴィンスは確かに、普段からドロテアをよく褒めてくれる。能力を認めてくれる。


(今こうやって力説してくれているのも、私のため……私が未来の王妃として認めてもらえるためだというのは分かっているわ)


 けれど、ヴィンスの様子に、ドロテアは違和感を覚えずにはいられなかった。

 ヴィンスは普段、こんなふうに捲し立てるように話さないし、ドロテアの意見を押さえ込むなんてこともしないからだ。


(考えられる可能性。……もしかしたらヴィンス様は昔、両陛下にまともに取り合ってもらえなかった……?)


 そうだとしたら、ヴィンスの言動は理解できる。


 ──どうにかして、自分の意見を聞いてもらおう。取り合ってもらえなかったらドロテアが嫌な気分をするから、自分が話をしよう。


 ヴィンスはそんなふうに考えているのではないかと、ドロテアは推測した。


「……ヴィンス、もう分かった」


 ヴィンスの説明に待ったをかけるように、口を開いたのはデズモンドだった。

 デズモンドから「お前も良いだろう?」と問われたアガーシャは、コクリと頷いた。


「ヴィンス、元より私たちは、ドロテアさんが婚約者であることや、将来王妃になることについて反対するつもりはないわ」

「…………そうですか」 

「ドロテアさん、これからのこの国のことを、ヴィンスのことを……をもよろしくお願いするわね。……それじゃあ、私は一旦これで失礼するわ。夕食の時にまた会いましょう」 


 アガーシャは数名のメイドとともに出入り口へと歩いていく。


「は、はい! お時間をいただき、ありがとうございました」


 ドロテアは立ち上がり、自身の後方の扉から出ていくアガーシャを見送った、のだけれど。


(……えっ)


 一瞬見えた、アガーシャの目に光るもの。


 ヴィンスに「どうした?」と声をかけられるまで、ドロテアは呆然と立ち尽くした。

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