89話 ドロテア特性、耳付きニット帽子!
ヴィンスが手に持っているのは、毛糸で編まれた黒い帽子だ。
頭の部分がヴィンスの耳より一回り大きい耳の形をしている。
元来獣人国にある獣人たちの耳には当たらない帽子でも、ドロテアがディアナに贈った耳の部分がくり抜かれた帽子でもない、新しい形の帽子だった。
「はい。ナッツから、獣人の皆さんのお耳は気温に敏感だと聞いたので、少しでも暖かくなっていただければ、と」
「そのために、ドロテアが考案したのか?」
「考案もそうですが……実は、ヴィンス様が持っているその帽子、私が編んだものなのです」
「……!」
ヴィンスの目が大きく見開かれる。
以前、ドロテアがディアナに帽子を贈った際は、職人に頼んで作ってもらったものだった。
そのため、ヴィンスは今回もそうだろうと考えていた故の反応なのだろう。
「昔から編み物は少し得意でして……。せっかくなので、自分で作れないかな、と……」
ドロテアが自信なさげに話していると、目に前のヴィンスが帽子を凝視している様子が目に入った。
ヴィンスの表情からは、何を考えているかまでははっきりと分からない。
(も、もしかしたら、どこかほつれていたのかしら……!?)
帽子に不手際がないか念入りにチェックしたとはいえ、作ったのも確認したのもドロテアだ。少し編み物が得意とはいえ、素人である。
ドロテアは慌てた様子で頭を下げ、「申し訳ありません……!」と謝罪を口にした。
「……? 何に謝っているんだ?」
「えっ。ヴィンス様が帽子をまじまじと見つめていらっしゃるので、糸のほつれでもあったのかと……」
毛糸は柔らかくて肌触りが良く、保温性に優れた素晴らしいものを使っている。
更に、この毛糸はかなり伸びるので、サイズも問題ないはずだ。
だが、一国の王が身に着けるものが不格好だなんて、それ以前の問題だ。そもそも、この帽子はヴィンスには可愛過ぎたのでは? とさえ思えてくる。
「いいから、顔を上げろ、ドロテア」
「は、はい」
不安を抱えたままドロテアが顔を上げると、目の前のヴィンスの姿に目を丸くした。
「……これは良いな。暖かいし、触り心地も良い。それに、耳も全く痛くない」
「ヴィ、ヴィンスさ、ま……! かわ……かわ……可愛い……っ!」
普段クールな印象を与えるヴィンスだが、柔らかな毛糸の帽子を被ったせいか、柔和な雰囲気を纏っている。
というか、ヴィンスが耳付きの帽子を被っているという事実だけで、もう可愛い。可愛過ぎる。
「ヴィンス様! 素敵です……! とってもお似合いです……!」
興奮気味に話すドロテアに、ヴィンスは愛おしそうに微笑んだ。
「褒め過ぎだろ。……因みに言っておくが、この帽子をジッと見ていたのはなにか不手際を見つけからじゃない。……ただ単に、感動で目が離せなかっただけだ」
「……!?」
「好きな女が俺のために帽子を編んでくれたなんて、嬉しいに決まっているだろう?」
ブンブンブン! 風を切るようにヴィンスの尻尾が揺れている。あれは、かなり嬉しい時の動きだ。
言葉でも表情でも体の動きでも嬉しさを表現してくれるヴィンス。
ドロテアの不安は吹き飛び、その一方で幸福に満たされていった。
「ふふ、とっても嬉しいです……!」
「それはこっちの台詞だ。この帽子、大切にする。ありがとう、ドロテア」
馬車内にほっこりとした空気が流れる。
しかし直後、ヴィンスは「そういえば……」と言いながら、ドロテアの横を指さした。
「その袋の中には、他に何が入っているんだ?」
「ああ、これには……」
ヴィンスに贈る帽子を入れてあった大きな袋を抱えたドロテアは、その中身がしっかりとヴィンスに見えるように傾けた。
「実は、これも耳付きの毛糸の帽子なんです。ナッツやハリウェル様、その他の騎士様や、ヴィンス様のご両親の分も! 迷惑でなければ良いのですが……」
ドロテアがそう伝えると、ヴィンスを纏う空気が一転した。
春のような温かなものから、極寒の地に迷い込んだ時のような冷たいものに。
「ヴィンス様? どうかされましたか……?」
「それも、ドロテアが編んだのか?」
何故だろうと思ったのも束の間だった。
ヴィンスの問いかけに、ドロテアは彼がどのような感情を抱いているのかに気付いてしまった。
「……ヴィンス様、もしかして、やきもちを焼いていらっしゃいますか?」
「……知っているだろう? 俺がどれだけ嫉妬深いか」
つまり、是、ということなのだろう。
「ナ、ナッツたちに贈る分は、全て職人さんに頼んで作っていただいたものです。私一人では、全員の分を作るのは不可能でしたので……」
「……そうか。それなら良い」
ヴィンスが満足気に口角を上げる。
それは、いつもの蠱惑的な表情だ。しかし、未だに耳付きの帽子を被っているせいで、可愛らしさが上回っている。
(可愛い……! ヴィンス様のこのお姿は、目に焼き付けておこう)
ドロテアはついついニヤけてしまうのを必死に我慢しながら、ヴィンスをジッ……と見つめ続けた。