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88話 馬車での穏やかなひととき

 

 スッキリとした空気の朝。

 今日は、ドロテアたちが『レビオル』に立つ日だ。


「お義姉様っ、明日には追いかけますからね! 道中お気を付けてくださいませ!」

「はい。ディアナ様も気を付けてお越しくださいね」


 ディアナとのそんな会話を最後に、ドロテアたちが乗った馬車がゴトゴトと動き出す。その後ろにはナッツや、数名のメイドがのる馬車。そのまた後ろには荷馬車が連なっている。

 ハリウェルを含む騎士たちは馬に跨り、馬車を警護せんと移動するようだ。


(ついに出発ね)


 目の前でヴィンスが足を組んでも広々とした車内は、さすが王室専用の馬車というべきか。

 座る部分のクッション性も高く、今後寒くなることも見越して、厚手のブランケットも用意されている。


 いつもと同様、黒い装いに身を包んだヴィンスに、ドロテアはにこりと笑いかけた。


「ヴィンス様、今日からしばらく、よろしくお願いいたします」

「それはこちらの台詞だ。屋敷に着いたら色々と気遣うこともあるだろうから、馬車や宿に泊まる際はできるだけ楽にしていろ。……なんなら、早速膝枕でもしようか?」

「ま、まだ出発したばかりですからね……!」


 少し意地悪そうに、ヴィンスはクツクツと笑う。


(良かった……。いつものヴィンス様だわ)


 ヴィンスが無理をしているのではないかと危惧していたが、彼の至っていつもどおりの様子にドロテアはホッと胸を撫で下ろす。

 ヴィンスと両親の関係性については、ヴィンスが己の口から話してくれるのを待つと決めたものの、気にかけてしまうのは致し方ないだろう。


(ヴィンス様とご両親の間に何があるのかは分からないけれど、せっかくの遠出だもの。……ヴィンス様にも楽しんでいただきたい)


 急ぎの仕事は全て終わらせてある。

 数日前に届いたロレンヌからの手紙にも返信済みだ。手紙には、シェリーや両親が世話になっている畑で作られた『ミレオン』を明日には着くように送ると書かれてあり、楽しみでならない。ヴィンスとも情報は共有済みだ。


 『レビオル』の事前調べも完璧だ。

 道中にあるちょっとした観光名所や、到着するまでに泊まる宿の選定も抜かりはない。


 手土産の準備に、寒さ対策もバッチリなので、後はもう楽しむだけだ。


(ヴィンス様のご両親にお会いすることを考えると、さすがに緊張するけれど、それはある程度は仕方のないことだと受け入れるしかないものね。さあ! 楽しみましょう!)


 ドロテアはギュッと拳を作り、自らに気合を入れる。


「ドロテア、一人で色々と考えていないで俺に構え」


 しかし、その拳にしれっと手を重ねてきたヴィンスに、ドロテアはいとも簡単にペースを乱されるのだった。



 ◇◇◇



 二日後の朝。


『レビオル』の少し手前の街の宿に泊まったドロテア一行は、一時間ほど馬を走らせたところで、急激な寒さに襲われた。


 肩を震わせるドロテアに対し、ヴィンスは「やっと着いたか……」と呟いてから、ドロテアに窓の外を見るように指をさす。


「こ、これは……っ」


 出発した時とは全く違う景色に、ドロテアは馬車の窓にグイッと顔を近付ける。

 キラキラと瞳を輝かせながら、ドロテアはヴィンスの方を振り向いた。


「見てくださいヴィンス様……! 山が真っ白……! あっ、地面まで……! 一面の銀世界ですよ……! もう『レビオル』に入ったのでしょうか……!?」

「ああ。『レビオル』に入ると、途端に寒くなるのはいつものことだが……かなり積もっているな。二週間ほど前から急激に冷え込んだとは聞いていたが、ここまで積もるのは珍しい」


 辺り一面、雪、雪、雪。

 空は快晴で、今は雪は降っていないため、昨夜に降った雪が積もったのだろうか。


 真っ白な雪に太陽の光がキラリと反射している様に、ドロテアは堪らず目を奪われた。ずっと見ていられそうだ。


「とっても綺麗です……! サフィール王国でも、積もるほど雪が降ることはありませんでした……!」

「そうか。ドロテアが楽しそうで何よりだ。……だが──」

「きゃっ」


 ヴィンスはドロテアの腹部に腕を回すと、半ば強引に自身の膝の上に座らせ、彼女を背後から包み込むように抱き締めた。そして、ハーフアップをしているドロテアの髪の毛を優しく片側に寄せ、露わになった首筋にキスを落とした。


「……!? ヴィンス様……っ、何を……!」

「両親の住む屋敷に着いたらあまりこういうことはできなくなるだろうから、今のうちに触れておこうかと思っただけだが?」

「……っ」 


 耳元で囁かれる甘やかな言葉に、ドロテアの心臓はドキドキする。大きな体に包み込まれていることも相まって、胸の高鳴りが収まらない。


「良い、ですよ……?」


 けれど、ヴィンスにされる全てが嫌ではないのだから困ったものだ。


 ドロテアがヴィンスの言葉を許容すると、彼は一瞬喉をゴクリと鳴らした。


「……っ、じょう、だん、だ」

「えっ」


 珍しく、ヴィンスの声が動揺している。

 そんな彼の顔が見たくて、ドロテアは体を捻って彼の顔を視界に収めた。


「ヴィンス様、お顔が真っ赤ですが……」

「……っ、ドロテアが俺に甘いのが悪い。良いから、さっさと上着を着ろ。風邪を引くぞ。雪を眺めるのそれからにするといい」

「わぷっ」


 ヴィンスはドロテアを向かいの席に座らせると、近くに置いてあったドロテアのポンチョを取に取り、それを彼女の頭の上にぽとりと落とす。

 視界がほとんど遮られてしまったドロテアだったが、僅かに見える隙間からヴィンスの顔をじぃっと見つめていると、とあることを確信した。  


(ヴィンス様って……私が甘えたり、ヴィンス様の冗談に本気で答えたりすると、たまに照れるのよね……)


 それこそ、漆黒の耳が赤色に染まっているように見えるくらいに。


(か、可愛い……。照れているお顔も、ピクピクとしたお耳も……)


 ドロテアは堪らず「ふふっ」と笑い声を漏らすと、頭の上からポンチョを手に取った。

 ナッツが用意してくれたポンチョは、どんなドレスにも合うようにと選んでくれたクリーム色で、ふわふわとした質感が気持ちいい。


 ミントグリーンの厚手のドレスの上にそれを羽織ったドロテアは、次にパンプスから茶色のブーツへと履き替えた。

 ヴィンスの両親に会うのにブーツはカジュアル過ぎるかもと思ったものの、これだけ雪が降り積もっているのなら、馬車から降りた時のための安全性が高いほうが良いだろう。


「ハァ……。暖かいです」


 ドロテアがお風呂に浸かった時のような緩んだ表情を見せる。

 その姿に、冷静さを取り戻したヴィンスはコートを羽織りながら、ふ、と微笑んだ。


「両親の住まう屋敷は門までの間にかなり階段があって、馬車は門の前に停めることができないから、少し歩くことになる。外はここよりも寒いだろうから、耳当ての準備もしておけ」

「はい……! ヴィンス様、改めてありがとうございます。今から着けるのが楽しみです」


 ドロテアが座っている場所の直ぐ側にある箱に入っている黒い耳当ては、別名イヤーマフラーとも呼ばれている。

 形状はカチューシャを少し太くした感じで、ポンチョと一緒でもこもことした生地で作られている。

 可愛らしくてドレスにとても合うこれは、数日前にヴィンスが贈ってくれたのだ。


「あの、ヴィンス様……」


 次にドロテアは、ヴィンスからの贈り物が入っている箱の隣にある大きな袋へと視線を移す。

 そして、その袋の中から包装済みの正方形の箱を取り出したドロテアは、それをおずおずとヴィンスに差し出した。


「実は私からも一つ、贈り物があるのですが……」

「……ドロテアが俺に? ……開けても良いのか?」

「は、はい! 気に入っていただけるかは分かりませんが……!」


 ヴィンスは箱からリボンを解いて中身を手に取ると、その見た目に驚いた。


「これは……俺たち獣人の耳も覆い隠すことができる帽子──」

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