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86話 夜のサンドイッチは危険です

 

 三日後の夜、十時頃。

 未だお仕着せに身を包んだドロテアは、軽食を載せたトレーを持ち、執務室に訪れていた。


「ヴィンス様、失礼いたします。そちらの書類ですが、もう少しお時間がかかりそうですか?」


 いつも大勢が集まる執務室には、ヴィンスの姿しかない。


 ここ最近ドロテアが一心不乱に事務作業をしたおかげで、ラビンたち文官は、今日早めに仕事を終えることができたのである。「ドロテア様に心からの感謝を……!」と、言って退勤していく皆を目にした時、ドロテアがなんとも言えない気持ちになったのは記憶に新しい。


「ドロテア? 何故ここに」


 ドロテアの登場にヴィンスは驚いた様子で顔を上げると、彼女が手に持つトレーに載ったサンドイッチを視界に捉えた。


「それを届けに来たのか?」

「はい。ヴィンス様が自室に戻られる気配がなかったので、まだ執務室で仕事をしていらっしゃるのかと思い、シェフに頼んでキッチンを使わせていただき、作ってまいりました」

「ドロテアが作った、だと?」


 その瞬間、ヴィンスの目が期待でキラキラしたのを、ドロテアは見逃さなかった。


「ただ具材を挟んだだけですから! あまり期待はしないでください……! その、ヴィンス様、仕事に集中しすぎるとお食事を忘れてしまいがちですから、心配だったのです。サンドイッチならば手軽に食べられると思ったのですが、お召し上がりになりますか?」

「ああ。ドロテアが俺のために作ってくれたものを食べないわけないだろう」


 ヴィンスは声を弾ませながら、執務机からローテーブルの近くのソファへと腰を下ろす。


(何の変哲もないサンドイッチだから……本当に期待しないでほしいんだけれど……)


 とにかく、ヴィンスが休憩し、更に食事をとるというのならば、早めに準備をしなければ。


 そう考えたドロテアは、トレーをローテーブルにおろし、一緒に持ってきていたティーセットを使って、手早く紅茶を入れた。

 続いて、紅茶とサンドイッチをヴィンスの前に置く。


 すると、ヴィンスに隣に座るよう指示されたドロテアは、失礼いたしますと言ってから、彼の隣に着席した。


「早速、食べてもいいか?」

「は、はい。どうぞ」


 ヴィンスはサンドイッチを手に取り、鋭い牙を覗かせてから、それを口に頬張る。

 自分が作ったものを愛する人がもぐもぐと咀嚼する姿に、ドロテアはなんだか胸がキュンと疼いた。


 ヴィンスはごくりと飲み込むと、ドロテアの方に顔を向け、微笑んだ。


「物凄く美味い」

「本当ですか? 良かったです……!」


 ドロテアはホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、ヴィンスは何かを思いついたのか、珍しく甘えたような顔を見せた。


「……が、ドロテアが食わせてくれたら、もっと美味いと思うんだが、どうだ?」

「……!? あ、味は何ら変わらないと思いますが……」

「変わる。あーん」


(まさかの断定……!? しかも、既に口を開いていらっしゃる!)


 キスまでした仲とはとはいえ、ヴィンスにあーんをするのは恥ずかしいと、ドロテアは少し躊躇した。


 けれど、あまりに持たせては申し訳ないし、ヴィンスが引いてくれる様子がないことから、ドロテアはサンドイッチ手に取ると、意を決して彼の口へと運んだ。


「あーん……」

「……ん、やはり、ドロテアが手ずから食べさせてくれたサンドイッチは、最高に美味いな」

「……っ」


 サンドイッチを飲み込んだヴィンスは、赤い舌をぺろりと覗かせる。

 その色気たるや、凄まじい。


「ああ、それと──」

「えっ」


 ヴィンスのあまりの色気にぼんやりとしていたドロテアは、いつの間にか彼に顎を掬われていたことに気付くのが遅れてしまい──。


「ん……っ」

「……やはり、こっちも美味いな」

「〜〜っ」


 気付いた頃には、時既に遅し。

 不意打ちのキスに、ドロテアは腰が砕けそうだった。



 その後、ヴィンスは満足したのか、パクパクとサンドイッチを食べていった。

 一方、ドロテアはまたキスをされるかも、と警戒し、体をピシャリと固まらせている。


(キスは好き……だけれど、緊張するんだもの)


 そんなドロテアの内心を、聡いヴィンスは見抜いているのだろう。


 ヴィンスはサンドイッチを食べながらも、空いている方の手でドロテアの手を握ったり、指をなぞったりして、ドロテアに意識を向けているというアピールを欠かさない。食べ終わったら、覚悟しておけと言われているみたいだ。


「ヴィンス様は、意地悪です……」

「ほう? 俺はただ、えらく緊張しているドロテアのために、手をマッサージしているだけなんだが」

「……口が上手ですね」

「ククッ、言うようになったな」


 それから、サンドイッチを食べ終え、紅茶も飲み干したヴィンスは、さも平然とドロテアに触れるだけのキスを落とした。

 またもや不意をつかれたドロテアは、少しだけ悔しそうに眉を吊り上げると、ヴィンスは愉快そうに目を細める。


「ありがとう、ドロテア。美味かった。……サンドイッチも、お前も」

「……!? あまり意地悪が過ぎますと、次に軽食を作った際は、すぐに退散させていただきますからね……!」

「……ふ、許せ。怒った顔も可愛くて、またキスしてしまいそうだ」

「……っ」


 何をしてもヴィンスが一枚上手だ。のらりくらりとドロテアの言葉を躱し、甘い言葉でこちらの思考を奪ってくる。


(一生、勝てる気がしないわ)


 ドロテアがそんなことを思いながら、できるだけ冷静になろうと努める。


 すると、ヴィンスが「そういえば」と話題を切り出した。


「両親から手紙の返信がきた」

「……! ご挨拶はさせていただけそうですか?」

「ああ。場所は『レビオル』にある両親が暮らす屋敷。出発は二週間後だ。……ただ、一つ条件があってな」


 ほんの僅かに表情を歪めたヴィンスに、ドロテアは息を呑んだ。


「……と、いいますと?」

「三、四日は屋敷に泊まるよう指示があった」

「えっ」


 なにかとんでもないことを言われるのかと危惧したドロテアだったが、ヴィンスの言葉に目を丸くした。


(それはつまり、ご両親は私たちの来訪を比較的楽しみにしているのでは……? もしくは、とても気遣ってくださっているかだけれど)


 どちらにせよ、挨拶に出向いた息子とその婚約者を屋敷に泊まるよう言ってくれるのは、こちらに好意的なように思える。


「……かしこまりました。城を空けるのでしたら、早めに仕事を終わらせておかないといけませんね。私もできる限りお手伝いいたします」

「ああ。頼む」


 それなのに、ヴィンスが顔を歪めたということは、それほどまでに両親のもとに長居をしたくないのだろうか。


(単なる親子喧嘩が原因で? それとももっと深い理由……?)


 何にせよ、ヴィンスが話してこない以上、むやみに聞くことはできなかった。

 家族の問題にズカズカと踏み込めないという理由ももちろんのこと、ヴィンスが話さないと決めたなら、その意思を尊重してあげたい。


(けれど、もしも、今後話してくださることがあったら……)


 その時は、ヴィンスに寄り添ってあげたい。できることなら何でもしてあげたい。


「私は絶対に、ヴィンス様の味方ですからね」

「どうした、突然」

「ふふ。内緒、です」


 そう決意したドロテアはその後、ヴィンスにサンドイッチの礼にと尻尾を差し出されたので、思う存分もふもふした。

 耳ももふもふさせてくださいと頼むドロテアに、ヴィンスは「言うと思った」と囁いて、くしゃりと笑ったのだった。

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