78話 ロレンヌ様が来た理由
シミ一つない美しい肌に、人を魅了する穏やかな笑顔。
ドロテア、と呼ぶ声も間違いなく五年間仕えていた主人──ロレンヌのもの。
ドロテアは何故、と言わんばかりに、素早い瞬きを繰り返した。
「ふふ、ドロテアったら驚き過ぎよ〜。って、あら? なかなか独創的なドレスね」
そんな中、軽やかな声で笑いながら、ロレンヌはヴィンスと共にこちらに歩いてくる。
ドロテアは驚きのあまり棒立ちになっていたのだが、目の前にまで歩いて来たヴィンスとロレンヌにハッとして、カーテシーを披露してみせた。
「ロレンヌ様、ご無沙汰しております。この度は婚約パーティーにお越し下さり、ありがとうございます」
「ええ、ドロテア久しぶりね。レザナード陛下にお願いして、急遽参加させてもらったの」
「そ、そうなのですね。……けれど、一体どうして……」
ヴィンスが出迎えに行ったのはロレンヌで、彼女がパーティーに参加しているのはヴィンスから許可を得ているから。
そこまではすんなりと分かったのだが、どれだけ考えてもロレンヌがわざわざドロテアに何も言わずに、この場に居る意味が分からなかった。
「ドロテア、その疑問は一旦後にして、まずは状況を説明しろ」
そんなとき、ヴィンスからこう言われたドロテアは、通常のパーティーならば考えられない今の状況に気付いた。
(そ、そうよね。私はドレスがワインで汚れているし、セグレイ侯爵とフローレンス様は床に膝をついて落胆しているし……ヴィンス様が疑問に思うのも当然というもの)
ロレンヌへの疑問の気持ちはふつふつ沸き起こってくるものの、今はヴィンスにこの現状の説明をするのが先決だろう。
「実はですね──……」
だからドロテアは、ルナにワインを掛けられたり、平民に下るからと陥れられそうになったこと。けれどルナは自分の意志ではなく、フローレンスに脅されていて従うほかなかったこと。フローレンスがどのようにしてルナを脅し、傷つけて来たかということ。セグレイ侯爵が国立病院の利益の一部を着服していることをこの場で明かし、現在セグレイ親子は今後どのような罰が下るのだろうと落胆していることなどを、端的に話した。
「なるほど。大体は分かった」
「ドロテア、貴方大変だったわね」
ロレンヌから労りの声をかけられ、ドロテアは「いえ」と答える。
それからドロテアは、ヴィンスに対して深く頭を下げた。
「ヴィンス様、一人で勝手なことをして、大変申し訳ありませんでした」
ヴィンスの婚約者としての立場を尊重するなら、パーティーを円滑進めることを第一に優先するべきだったのかもしれない。
「けれど……」と囁いたドロテアは顔を上げ、ヴィンスを力強い瞳で見つめた。
「私は、ルナ様が辛い目に遭っているのを、どうしても見過せませんでした。……どうしても、助けてあげたかったのです」
ほんの少し、昔の自分と重なったルナ。家族のために、フローレンスに従い続けてきた彼女の呪縛を、少しでも早く解いてあげたかった。
ヴィンスは聡いため、そんなドロテアの気持ちが理解できたのだろうか。
ふっと笑うと、ドロテアに向かって手を伸ばし、彼女をぎゅっと抱き締めた。
「……っ! ヴィンス様……!?」
「さすがドロテアだ。それでこそ、俺が好きになった女だ」
「〜〜っ!」
ヴィンスに好きだと言われるのも、褒められるのも嬉しい。
だが、突き刺さるような周りの貴族たちからの視線と、すぐ近くから感じる、幸せそうで良かったわ〜というようなロレンヌの温かい眼差しに、ドロテアは居た堪れなかった。
「お、お褒めいただけるのは大変嬉しいのですが、皆様が見ていますから……! 離してくださいませ、ヴィンス様……!」
「…………。仕方がないな」
「仕方がないではありません……!」
それからヴィンスは渋々ドロテアを離すと、「他には何もされていないのか?」、「絶対に隠すなよ」と念押ししてくるので、ドロテアは大丈夫だと伝えるために大きく頷く。
すると、ヴィンスは少しだけ深く息を吐き出して、今度はフローレンスたちに視線を移した。
「──それにしても、お前たちごときがドロテアを陥れようとするとはな」
「「ヒィィィ!!」」
周りの貴族たちから向けられる嫌悪の目よりも相当怖いのだろう。
今にもその首を掻き切ってやる、と言わんばかりの獰猛なヴィンスの目に、フローレンスたちは互いに縋るように抱き着いて、大袈裟に体を震わせた。
しかしそこで、ロレンヌはヴィンスに柔らかな声で話しかけた。
「まあまあ、レザナード陛下。そんなに睨んでは他の方々も怖がってしまうかもしれませんから、少し落ち着きましょう。ね?」
「ライラック夫人……。承知しました」
(ロレンヌ様は、やっぱり凄いわ! ヴィンス様をああも簡単に諌めるなんて……!)
ロレンヌにはどこか他人を落ち着かせるような、癒やすような魅力がある。
(声色? それとも表情?)
そんなふうに分析していたドロテアだったが、冷静さを取り戻したせいで、ふと先程まで抱いていた疑問を思い出したのだった。
「そういえば、ロレンヌ様はどうしてこちらに?」
当初の疑問を口に出せば、ロレンヌは少し顔を横に傾けて、ふふっと、微笑んだ。
「たまにはドロテアを驚かせようと思ってね」
「えっ!? ま、まさか、以前お手紙にあった楽しみにしておいてね、という意味深な言葉は、まさかこのパーティーにいらっしゃることだったのですか?」
「ええ。そうよ」
(な、なんておちゃめな……!)
ロレンヌは基本的には真面目だし、頭もキレるのだが、たまにこう茶目っ気を出して来るのだ。
いや、そこがまたロレンヌの魅力ではあるのだが、正直ドロテアとしては本当に驚いたのでやめて欲しいところである。
(けれど、こんなに嬉しそうなロレンヌ様を見たら、やめてなんて言えないわ……!)
だからドロテアは、「もう少し分かりやすくしてください……」と困った声色で言うに留めた。
「まあ、でも。実はこの場に来たのはドロテアを驚かせるためだけではないのよ。実は報告があってね」
「え?」
しかし、そんなロレンヌの発言にドロテアはすぐさま必死に頭を働かせる。
(報告? ……家族のことは聞いているし、一体なんだろう……)
どれだけ考えても、これといったものは思い浮かばず、ドロテアは「お聞きしても?」とロレンヌに問いかける。
すると、何故かロレンヌではなくヴィンスが口を開いた。
「ドロテア、驚くと思うから、覚悟しろよ」
「か、覚悟……?」
パーティーの前にヴィンスに今日は驚くことが起きると聞いていたが、この様子では、ロレンヌの報告とやらをヴィンスは知っているようだ。
表情から察するに、悪い報告のようには思えないので、ドロテアはヴィンスに「分かりました」とさらりと伝える。
「覚悟して聞きますので、ロレンヌ様教えてください」
それから、ロレンヌに視線を移してそう頼めば、ロレンヌはこれ以上なく満面の笑みを浮かべた。
「ドロテア。貴方はね、二週間後に平民になるのではなく、ライラック公爵家の養女になることが決まったわ」
「…………。はい?」
「つまり、貴方はドロテア・ランビリスでも、ただのドロテアでもなく、ドロテア・ライラックになるのよ!」
「は、はい……!?」




