7話 え? もう一度仰ってくださいます?
淡いラベンダー色の生地。小さな顔がより際立つような広いつば。てっぺんからひょっこりと見えるふわふわとした黒い耳。
「えっ? どうですの? 似合っていますか?」と不安げに問いかけてくるディアナに、ドロテアはトランクから直ぐ様手鏡を取り出すと、それをディアナの方へと向けた。
「まっ、まあ! お兄様見てください! お耳が潰れない帽子ですわ! 私、ずっとこういう帽子をつけてみたかったんですの!」
「ああ、よく似合っている」
獣人国に売られている帽子は、耳に当たらないように作られている小さなものばかりだ。それも大変可愛らしいのだが、ディアナが興味を持っていたのは、すっぽりと頭を包み込むようなタイプの帽子だったのである。
しかし、そのまま被れば耳が潰れてしまう。それでは痛いし、帽子の形も崩れてしまう。
そこでドロテアは考えたのだ。ディアナが被りたい帽子を被れるよう、耳の部分には切れ込みを入れたら良いのだと。もちろん、切れ込み部分には耳が痛くならないよう柔らかな生地を使い、着脱の際は少し緩められるよう、耳の部分のサイズ変更もできる仕様になっている。
「姫様、大変お似合いです……!」
「ドロテア様ありがとうございます! 私、こういう帽子をつけてみたくて……!」
「まだ試作品のレベルですので、デザインはシンプルなものではありますが、職人から型紙を貰ってきておりますので、獣人国で量産することも可能かと」
嬉しそうに頬を緩めているディアナに、ドロテアの心はじんわりと温かくなる。……職人には型紙代はきっちり支払ってあるので、懐は寒いのだけれど。
「良かったな、ディアナ」
「はい、お兄様! 私、こんなに嬉しい贈り物は初めてかもしれません……! ドロテア様、本当にありがとうございます……!」
「いえ。姫様に笑顔になっていただき、大変嬉しく思います」
周りの獣人から「姫様素敵です!」「姫様バンザイ!」なんて声が飛び交うと、ディアナは自身の姿を文官であろう兎の獣人へと見せに行く。
その後ろ姿を眺めていると、突然伸びてきたヴィンスの手に、ドロテアは反射的に一瞬目を瞑った。
「ひゃっ」
「……本当に、不思議な女だな」
ヴィンスに頬をスリスリと撫でられ、男性に対しての免疫など皆無のドロテアは、その場でピシャリと固まってしまう。
そんなドロテアの姿に、ヴィンスはくつくつと喉を鳴らした。
「男慣れはしていないようだ。サフィール王国では良い人はいなかったのか?」
「……っ、お調べに、なっているのでは!?」
「ああそうだ。意地の悪いことを聞いたな」
(し、知ってるくせに意地悪な……!)
とはいえ沸き起こってくるのは怒りではなく羞恥心だ。
ヴィンスは眉目秀麗なだけではなく、聞き心地よい低い声は蠱惑的なものだからドロテアは困ってしまう。
「……わ、私の見た目は、あの国では受け入れられないのです。その、妹や姫様のような見た目が好まれるので、私は正反対なのです」
「サフィール王国の男共は見る目がないな。お前のキリリとした涼やかな目は美しく、スラリとした身体つきはこんなにも魅惑的なのに」
「…………!?」
頬にあった手はするりと腰に回され、ヴィンスと密着する形となったドロテアは息をするのを忘れそうになる。
何だかいい匂いまでするので頭がクラクラしそうだが、ドロテアは必死に気を張ってヴィンスを見上げた。
「お戯れはおやめください! いくら私が謝罪しに来た身とはいえ、流石に──」
「お前があんまりに初な反応をするから仕方がないだろう? 俺は可愛いものは存分に愛でる質なんでな」
「かっ、かっ、かわ……!?」
(このお方は目が悪いのかしら……!?)
こんなこと、生まれてこの方言われたことはあっただろうか。否、ない。
自問自答は出来たものの、顔が沸騰しそうなほど熱くて、他のことは何も考えられなくなる。
ドロテアが口をパクパクとさせると、ヴィンスが薄っすらと目を細めながら顔を近付けた。
「そんな反応をするかと思えば、国を揺るがすような知識をぽんと差し出すと言う──デタラメかと思ったが、ここまでの会話であれが本音だというのが分かった。それと、何故サフィール国でお前が男から相手にされないのかも」
「そ、それは、私の見た目が……」
「違う。おそらく一番はそうじゃない」
はっきりとそう言われ、ドロテアは腰を引き寄せられている状況を忘れてヴィンスの言葉に耳を傾けた。
「簡単なことだ。サフィール王国では、女は男よりも優秀であってはならないという、そんなしきたりがあるな」
「は、はい」
「だからだ。ドロテア嬢──お前は、聡明で、優秀すぎるんだ」
「えっ」
知識量然り、観察力然り、相手の気持を考えて、しっかりと頭を下げられることしかり、相手を喜ばせるための情報収集力に、行動力然り。
──それは当たり前じゃない、とヴィンスにそう言われたドロテアは、あまりの驚きに口をぽかんと開けてしまう。
「け、けれど、私は知らないことを知るのが好きなだけで、あれは趣味で」
「意識はどうあれ、趣味の領域は遥かに超えているだろう」
「た、確かに私がお仕えしている方は凄いなどと褒めてくださいますが、家族は少し頭が良い程度だと」
「失礼だが、お前の家族が愚かすぎて、ドロテア嬢の有能さなど測れないんじゃないのか」
「…………!!」
──そう、言われてしまうと。
ヴィンスがドロテアにわざわざ世辞を言う必要もないし、確かに以前夜会で、男性たちが逃げていったのはドロテアの顔を見てからではなく、会話をしてからだ。
(確かあのときは、その相手の家の事業や領地について話したわね。とにかく何か話さなきゃと思って、知っている知識を口にしたような気も……それじゃあ、まさか本当に?)
ドロテアの表情から、思い当たる節があることを察したのだろう。
ヴィンスはドロテアの顎をクイと掴んで上を向かせると、ニヤリと微笑む。
「ドロテア嬢──いや、ドロテア。お前に結婚願望があることも調べはついている」
「…………!?」
「無自覚な優秀さは、気付いたところで言動の端々に現れるだろう。このままじゃ、お前はサフィール王国では一生結婚出来ない」
「…………っ」
──そんなことはない、とは言えなかった。
ドロテアは未だに自身の能力をそれほど凄いとは思っていないが、それと周りの評価が違うということは分かってしまったからだ。それ即ち、ヴィンスの発言に誤りはないということ。
「一生……独り身…………」
「……っ、おい……!」
謝罪が無事に済んで安心したと思いきや、まさかの未来にドロテアはカクンと膝が折れた。
ヴィンスが支えていたので倒れることはなかったものの、生気が抜けたような彼女に、ヴィンスはニコリと微笑んだ。
蠱惑的なのに、どこか少年のような悪戯っけを感じるその笑みが、ドロテアの視界に映ると、男はおもむろに口を開いた。
「それなら、俺の妻になれば良い」
「……つま? …………妻!?」
「そうだ。俺はドロテアが気に入った。お前の有能さも、度胸も、心根が優しいところも全て。……大切にするから、俺の妻になれ」
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