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68話 猫ちゃんと狐ちゃん

 

 ◇◇◇



『ドロテアならば分かっているとは思うが、フローレンスを相手にすれば嫌な思いをするぞ。だから、無理はするな』


 ヴィンスはフローレンスに好かれていることに気付いているのだろう。そのため、ドロテアが何か嫌がらせでもされるのではないかと心配してくれているのだろうが、ドロテア本人は折れる気はなかった。


 ヴィンスの婚約者として、彼のために、城にいる者たちのために、できることをしたかったからだ。


 それを伝えればヴィンスは渋々納得したようで、フローレンスとのお茶会の許可を得たドロテアは、現在恋敵と対面していた。


(任せたと仰ってくださったヴィンス様のためにも、皆の平穏のためにも、婚約者としてしっかりフローレンス様のお相手をしなければ)


 場所は王城の敷地内の庭園。その一角にあるテラス席には、ドロテアとフローレンスはもちろんのこと、ドロテア付きのメイドであるナッツと専属騎士のハリウェル、フローレンス付きのメイドがいる。


 各々のメイドがお茶の準備を済ませる中、ドロテアが「突然の誘いに快諾してくださり、ありがとうございます」と伝えれば、フローレンスはスッと目を細めた。


「それにしても驚きましたわぁ。まさかドロテア様がお茶に誘ってくださるだなんて」


(完全にこちらを値踏みするような目ね)


 貼り付けたような笑みを浮かべてそう言うフローレンスの装いは、今日も華美なものだ。光沢のある赤いドレスはとても鮮やかで、胸元に光る宝石はなんとも眩い。


 一方でドロテアは、白と青色の両方の生地を使った清楚なドレスに、金色のイヤリングを着けている。

 フローレンスとお茶を飲むのであれば着替えなければ! と急ぎナッツが支度をしてくれたのだ。このイヤリングは、以前ヴィンスが贈ってくれたものである。


「改めましてドロテア・ランビリスと申します」

「フローレンス・セグレイですわ。以後お見知り置きくださいませ?」


 顎を上げて偉そうな声色で言ってのけるフローレンスに、ドロテアは静かに微笑む。


 ヴィンスの話によると、フローレンスは、地位や立場で相手を見るところがあるらしい。おそらくドロテアが、平民になってからは、もっと偉そうな態度を取られるのだろう。


 因みに、王妹のディアナは、フローレンスから過剰なお世辞を言われるらしい。立場上そういうことには慣れているらしいのだが、あまりに見え透いたものらしく、そういうところが苦手なんだとか。


(……まあ、私のことは、完全に敵対視しているみたいだけれど)


 フローレンスは口調や表情でそれなりに取り繕っているが、観察力に優れたドロテアにはお見通しだ。

 よほどヴィンスの婚約者であるドロテアが疎ましいらしい。


「それにしても、この前はごめんなさいねぇ? 失礼なことを言ってしまって。私、昔からヴィンス様のことを大変尊敬しておりますの。ですから、ドロテア様のような子爵令嬢で、しかもただの人間がヴィンス様の婚約者で大丈夫なのかと不安になってしまって……お許しくださいね?」

「「……!」」


 フローレンスの明らかな攻撃的な発言に表情を歪めたのは、ドロテアの斜め後方に控えるナッツとハリウェルだ。 


 視界の端に映る二人の耳がピクピクと動き、同時に竜巻でも起こるのではないかというくらいに烈しく尻尾を地面にぶつけている様子から察するに、相当怒っているのだろう。


(ふ、二人の尻尾……! 大丈夫かしら……!)


 そんな二人を心配しつつ、ドロテアは笑顔を浮かべて「至らぬところもあると思いますが、何卒ご教授くださいませ」と返す。


 フローレンスが明らかにこちらを煽るような言い方をしているのは十二分に分かっているが、こういうタイプを相手にする場合、絶対に怒りを現してはならないことをドロテアは知っている。


(まあ、こういうふうに言われて良い気分はしないけれど……でも、サフィール王国に居たときはそれなりに酷いこと言われてきたもの)


 あの頃と比べたら、フローレンス一人に何を言われても大したことではない。


 どうやらフローレンスは、そんなドロテアの態度が気に食わなかったようだが。


「ふっ、ふん!」


(ふんって……分かりやすいお方ね……)


 そんなフローレンスは、頬をヒクヒクと震わせて気に食わないというような顔をしながら、グビグビと紅茶を飲み干す。そして、態とらしくガチャン! と音を立ててソーサーへと戻せば、既に動き出そうとしていたメイドをキッと睨みつけた。


「ルナッ! さっさと次のお茶を入れなさい!」

「は、はい。申し訳ありません」


 ルナと呼ばれるメイドはフローレンスが言う前から紅茶のおかわりを入れる準備をしていたことをドロテアには分かったものの、余計なことを言ってフローレンスを怒らせて退席されては元も子もないので口を噤んだ。──のだけれど。


「ルナさん、貴方紅茶を入れるのがとても上手ね」 

「え?」


 長らく侍女をしていたドロテアは、無意識に侍女やメイドを細かく見てしまうきらいがある。

 だから、ルナが紅茶の準備をする様子をじっと見ていたドロテアからは、称賛の声が漏れてしまったのだった。


「その茶葉、西方で取れるフィーユでしょう? 珍しい色をしているから直ぐに分かったわ。確かフィーユはこの国で一番扱うのが難しいと言われているのよね。茶葉の量に、お湯の温度、ポットへの注ぎ方が全て完璧じゃないと、ポット内でこんなに綺麗に茶葉が回らないはず。……って、ごめんなさいね、急に! 素晴らしい腕だと思って、伝えたくなってしまったの」

「……! お、恐れ入ります」


 女性にしては少し低い声でそう言ったのは、白い耳と尻尾を持つ獣人の女性──ルナだ。


 犬の獣人かとも思っていたが、一瞬強い日差しを感じたときに瞳孔が縦に開いたことから、狐で間違いないだろう。


(見たところ、毛の触り心地は犬や狼の獣人さんと似ていそうね……。ああ、可愛い……もふもふしてみた──って、そうじゃない!)


 ドロテアは軽い咳払いをしてからフローレンスに視線を向けた。


「フローレンス様、セグレイ侯爵家に仕える方はやはり優秀でいらっしゃいますね」


 私も褒めてほしい! と言わんばかりにキラキラと目を輝かせているナッツが視界の端に見えるが、それはまた後にして。


 ルナを褒めつつ、フローレンスの家自体を褒める方向に話を進めると。


「おほほ! 当たり前ですわ! それにこのルナはね、実は私が三年前に拾ってあげたんですの!」

「拾ってあげた?」

「ええ。ルナの母親なんですけれど、我が家が経営する病院に入院していましてね──」


 フローレンスの話を要約するとこうだ。


 まず、ルナはシーリル男爵家の長女で、かなり前から困窮していたらしい。

 そんな中、彼女の母が病気で倒れ、入院したのがセグレイ侯爵家が経営する病院の一つだったようだ。


 しかし、母の状態が芳しくないことで入院は長引き、とうとう男爵家では領民の税を上げなければ入院費はもちろん、自分たちの生活さえままならないようになってしまった。


 そんなとき、救いの手を差し伸べたのがフローレンスだったようだ。


「ルナとその家族がね、入院費の支払いを少し待ってくれと言いに病院まで来たのよ。もちろん病院側として特別扱いはできないから転院してくれって言ったんだけど、そんなの可哀想じゃない? だから、その話をパパから聞いた私がルナをメイドとして雇ってあげたってわけ! そうよね? ルナ」


 フローレンスが吊り上がった目でルナに視線を送れば、ルナの体はビクついた。


「は、はい。フローレンス様のお陰で、母の入院費の工面も、家族への仕送りも出来ております……どれだけ感謝しても……足りません」

「……そうでしたか。フローレンス様の懐の広さには感服いたします」

「そうでしょう? そうでしょう? おほほほほ!」


 扇子を取り出して大きく笑うフローレンスは、よほど気分が良いらしい。ドロテアに褒められたことが嬉しいのか、自身の良い行いを思い出し、悦に浸っているのか。


(どちらにせよ、フローレンス様が仰ることが全て真実ならば、話に聞いていたよりも良いお方なのかもしれない)


 けれど、ドロテアはどうも腑に落ちなかったのだ。


(話を振られたときのルナさんの反応。あれは驚いたというよりも、何かに脅えているように見えたわ)


 それに、ルナがあまりフローレンスのことを慕っているようには見えなかった。言葉ではああ言っていたが、どこか言わされているように聞こえたというか、感情が伴っていないというか。


(じゃあ、フローレンス様が嘘をついている? それとも、ルナさんが相当恩知らずな方とか……。けれど、どうにもルナさんがそんな方には見えないのよね……)


 ドロテアの観察力を以てしても流石に細かいところまでは分からなかったので、一旦その疑問は忘れようとした、のだけれど。


「そうだ! 折角だから幼い頃のヴィンス様のお話をしてあげましょうか? ドロテア様が知らないヴィンス様の姿、私はたーっぷり知っているもの」

「……はい、是非」


 フローレンスの話に耳を傾けながらも、ときおり暗い表情を見せるルナのことが、ドロテアにはどうも気がかりだった。

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