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66話 お花で仲直り

 

 ドロテアが見ている資料は、病院の経営報告──先日セグレイ侯爵が持ってきたものであった。


 資料は数十枚あり、今見ているのは一ヶ月毎の病院の経営費について書かれているものだ。

 薬代についてや医療従事者への給与、医療機器の買い替え費用など、この資料を見る限りはおかしなところは見当たらない、のだけれど。


(金額に目につくようなものはないし、項目も妥当なもの。けれど何だろう……こう、何だか……)


 強いて言うなら、資料が綺麗過ぎるという感じだろうか。

 イレギュラーな事態が無かったというように、毎月同じような経営費が掛かっているところが、ドロテアには気掛かりだった。


「……よし! 私の気にし過ぎならばそれで良いんだし、調べるだけ調べてみましょう!」


 たとえ何も出て来なかったとしても、調べた分だけ知識を得られる。

 ドロテアはもう一度「よし!」と意気込んで、もう一度しっかりと資料を読み込もうと資料を注視した。


 ──その時だった。


「ドロテア」

「……! ヴィンス様!? 何故ここに!?」


 突然室内に現れたヴィンスに、ドロテアは口をあんぐりと開けた。


「ノックをしたんだが、聞こえていなかったのか?」

「申し訳ありません……資料に夢中でした……」

「ドロテアらしい。……悪かったな、仕事の邪魔をしてしまって」

「いえ、そんなことは……」


(ハッ……!)


 つい驚いた拍子に普通に会話をしてしまったが、このまま話していればどこかでフローレンスに嫉妬しているとボロが出てしまうかもしれない。


 それを危惧したドロテアは数回「ゔ、ゔん!」と大げさに咳払いをすると、資料をテーブルに戻して立ち上がった。


「それでヴィンス様、何の御用でしょうか。急ぎのお仕事などありましたら、直ぐに取り掛かりますが」


 ドロテアはそう言うと、ヴィンスと視線を合わせないように彼の胸辺りを見たことで、とある違和感に気付いた。


(あら? どうして右手を隠すように背中側に回しているんだろう)


 そんな疑問に、ドロテアがやや怪訝そうな顔をする。


 直後、ヴィンスはどこか不安が孕んだような声で「ドロテア……」と呼ぶと、隠していた右手をすっとドロテアの方に差し出したのだった。


「えっ」


 そしてドロテアは、彼が右手に持っているピンクの花──アザリアの花束を見て、目を丸くした。


「ドロテア、どうか受け取ってくれないか」

「……な、何故急に花束を……って、あっ」


 ヴィンスは花束を贈るより、共に見に行こうと誘ってくれるタイプだ。

 それに、今日は何の記念日でもなければ、花束が欲しいだなんて言った記憶はない。


 だからドロテアは不思議に思ったわけだが、ここが獣人国レザナードであることと、花束を渡すヴィンスの不安げな顔から、全てを悟った。


「“可愛い貴方と話すチャンスをください”──この国で花を渡すのはそういう意味があるのだと、以前街にデートに行ったときにヴィンス様が教えてくださいましたよね」


 確かあのときは虎の獣人が花を渡してきたのを、ヴィンスが牽制したのだ。


「……ああ。済まないが……どれだけ考えてもドロテアが俺を避ける理由が分からなかった。だが、お前と普通に話せないのは……寂しい」

「……っ」

「だからどうか、この花束を受け取ってくれないか」


 まるで捨てられた子犬のような目で見てくるヴィンスの姿を、今まで見たことがない。

 寂しいだなんて彼の口から聞いたことは、おそらく一度もない。


 そんなヴィンスの様子に、ドロテアは胸がギュッと締め付けられた。


(嫉妬心を知られたくないばかりに、ヴィンス様をこんなに不安にさせてしまうだなんて。……私、最低だわ)


 しかし、反省は後だ。

 今は何よりもヴィンスを安心させてあげなければと思ったドロテアは、彼の持つ花束へと手を伸ばす。そして、嬉しそうに自身の胸に抱えた。


「ヴィンス様、ありがとうございます……! とても嬉しいです……!」

「……ふ、喜んでもらえたなら良かった」


 その瞬間、穏やかに顔を綻ばせるヴィンス。

 声色は普段と変わらないものの、ピクピク動く耳と大きく揺れる尻尾に、彼が喜んでいることは手に取るように分かった。


(なんて、優しくて可愛い人……っ!)


 そんなヴィンスに対して、ついもふもふしたい衝動に駆られたドロテアだったが、まだ花束を受け取っただけで何の話もしていないことにはたと気付いた。


 もう一度花束をじっと見つめてその美しさを堪能してから、「後で飾りますね」と言って、風通しの良い場所に置いたドロテアは、次にテーブルの上の書類を片付ける。


 それからヴィンスをソファへと誘えば、彼に続いてドロテアも腰を下ろした。

 少し動くだけで肩が当たってしまうほどの距離感に座ったのは、ドロテアの中でもう避ける気はないという意思表示でもあった。


「ヴィンス様。改めて花束をくださってありがとうございます。本当に、嬉しかったです」

「ああ」

「……まずは、ヴィンス様を避けていた理由を、お話しても良いですか……?」

「ああ、聞かせてくれ」

「実は──」


 そしてドロテアは、自身の気持ちを吐露した。

『毛づくろいの日』の出来事だと分かっていても、ヴィンスがフローレンスの耳や尻尾をブラッシングしたことに、触れたことに嫉妬してしまったと。


 こんなことで嫉妬してしまうような女だと知られたくなくて、醜い心の持ち主だと思われたら辛くて、嫉妬心をバレないようにするためにヴィンスを極力避けていたのだと。


 全てを伝え終えれば、ドロテアはヴィンスの方に向かって斜めに座り直して、深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。嫉妬心を抑えようにも抑えられず……そのせいでヴィンス様を不安にさせてしまって……反省、しています」

「………………」


 ヴィンスの沈黙に、ドロテアの心には不安が渦巻く。


(呆れられているのかしら……)


 そう推測して心が沈んでいくドロテア。

 しかしこれは自業自得だ、謝罪をするしかないのだと頭を下げ続けていると、そのすぐ後のことであった。


「顔を上げろ、ドロテア」


 ヴィンスにそう言われて指示に従えば、力強く抱き締められていた。


「……っ!? ヴィンス様……っ? あの、怒っていらっしゃるんじゃ──」

「どこに怒る必要がある。……好きな女に嫉妬されて、今正直舞い上がってしまうほど嬉しい」

「〜〜っ」


 少し腕の力を緩められ、至近距離で顔を見つめ合う。


 変な顔をしていないだろうか、なんて不安に思うのに、彼の顔を見ていたくて顔を逸らすことは出来なかった。


 意地悪そうに微笑んでいるのに、頬を薄桃色に染めているヴィンスが、愛おしくて堪らない。


(……触れられたい)


 ヴィンスがフローレンスに触れたことに嫉妬したことを伝えたせいなのか、そんなことを思ったドロテアだったけれど、口を噤んだ。


 だって、こんなこと恥ずかしいことを言えない。──そう、思っていたというのに。


「えっ」


 その瞬間、顎を引いて耳を見せつけるようにし、尻尾もドロテアが触りやすいように前方に動かしたヴィンスに、ドロテアは素っ頓狂な声を上げ、そして。


「ほら、好きに触って良いぞ」

「…………!」

「ドロテアと沢山話したいことはあるが、まずは触りたいだろう?」

「良いんですか!?」


 まさかヴィンスからそんな提案をされるとは思ってもみなかったドロテアは、興奮のあまり口走ってしまったのだった。


「あっ、けれど今日は、ヴィンス様に触れていただきたいです! 沢山、沢山、触ってほしいのです……!」

「……!?」

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