62話 猫の獣人フローレンス、登場!
皆様の応援のおかげで、2/1に書籍2巻の発売が決定しました!ありがとうございます(*^^*)
下に書影&公式サイトの特設ページを載せてありますので、ぜひ一度ご覧になってくださいね!
「それで、どなたがいらしたのですか?」
ヴィンスの膝から下りられた後、ドロテアは出来るだけ平静を装ってディアナへと問いかけた。
ヴィンスは大凡想像がついているのか、面倒臭そうに溜め息を漏らしている。
「それが、セグレイ侯爵家の長女、フローレンス様がいらっしゃったのですが……」
「というと、本日謁見するはずのセグレイ侯爵閣下のご令嬢ですね。侯爵と一緒に登城なされたのですか?」
「はい。予定よりもかなり早い到着だったので、今は応接間にてお二方には待機してもらっているのですけれど……」
言い淀むディアナに、ドロテアは小首を傾げる。
早めに登城した程度のことで、先程のようにディアナが慌てふためくとは考えづらいからだ。
(それにさっきディアナ様はフローレンス様のことをあの女と言ったわ。あの穏やかなディアナ様が……一体どうして)
妹のシェリーの暴言でも大事にはしないような、懐の深さを持っているディアナだ。おそらくちょっと嫌なことをされた程度のことでは、令嬢を『あの女』呼ばわりすることはないのだろう。
しかも、セグレイ侯爵家の現当主は、王都や郊外に国費で建てた国立病院の経営責任者を任せられている。この国の重要ポストであり、その侯爵家の娘であるフローレンスを嫌うとは、一体何があったのだろう。
「応接間で、何か問題があったのですか?」
とはいえ、今は過去に何があったか深く聞くタイミングではない。
ヴィンスとは違い、この状況について何が問題なのかあまり分かっていないドロテアは、ディアナにそう尋ねたのだけれど。
「それが……フローレンス様がメイドたちに『さっさとヴィンス様に会わせなさいよ』と当たり散らしているのです。侯爵もそんなフローレンス様をあまり諌めず……メイドの一人が私に助けを求めに来て……久しぶりに彼女と少し言葉を交わしてみたものの……無理でしたわ……」
「ディ、ディアナ様大丈夫ですか……っ!?」
ちーんという効果音が付きそうなほど疲弊しているように見えるディアナに、ドロテアは駆け寄って体を支える。
(思っていたよりも、ディアナ様とフローレンス様との溝は深いのかしら? 確かにメイドに当たり散らすような人は好きになれないものね。というか……ヴィンス様に会わせなさいって、何故?)
セグレイ侯爵家の歴史や家族構成、領地がどの程度発展しているか、それこそ多くの病院を経営していることなどは知っているけれど、候爵やフローレンスの人となりをドロテアは知らない。
ヴィンスに会いたい理由も、侯爵令嬢としてなのか、個人的なものなのかも分からないのだ。
(ヴィンス様は、ご自身の名前が出たのにさほど気にしている感じはないわね)
ちらりと見たヴィンスの反応の薄さから、ドロテアはそう感じ取ると、同時に彼が口を開いた。
「ディアナは昔からあの娘が大の苦手だからな」
そのとき、まるで人ごとのように囁いたヴィンスに、ディアナはカッと目を見開いた。
「あれを苦手にならないなんて無理ですわぁ!!」
「……まあ、お前はそうだろうな」
(……ということは、ヴィンス様は苦手ではないのかしら?)
ヴィンスとディアナも大変聡明で懐が深い。
性格は違えど、根本にある王族としての器のようなものは酷似しているので、これほどディアナが苦手とするならば、ヴィンスも苦手意識を持っているのかと思っていたのだが。
(まあ、でも、人それぞれだものね)
ドロテアはそう自身を納得させると、ヴィンスに名前を呼ばれたことで「はい」と答えた。
「かなり早いが──仕方がない。このまま俺はセグレイ侯爵たちに会いに行ってくる。ドロテアも来い」
「えっ、しかし私はまだ婚約者です。謁見の間でお話されるのですよね? そこにお邪魔してよろしいのでしょうか?」
「ああ。まだ妃の席には座らせる訳にはいかないが、歴代の妃たちも婚約者だった頃に謁見には立ち会っていたようだから問題ない」
「そういうことでしたら、かしこまりました」
ディアナが苦手とするフローレンスがどのような人物かも気になるし、ヴィンスに会いたいと言った理由も気掛かりだ。
更に、今日セグレイ侯爵からは病院の経営についての報告と嘆願があると事前に耳にしていたので、直接話を聞けるならそれに越したことはない。
(……将来妃になる身として、しっかり聞かなければ)
ドロテアはそう決意すると、ディアナにまた後で話しましょうと告げて、ヴィンスと共に謁見の間に向かった。
王の席に座るヴィンスの隣に立ってから、大体五分が経った頃だろうか。
ヴィンスが謁見の間に向かったという伝言を聞いたのだろう候爵とフローレンスは、謁見の間に入室すると、部屋の中心あたりで足を止め、頭を下げた。
ヴィンスが先にドロテアのことを紹介すれば、侯爵たちはドロテアに対しても頭を下げる。
(この方たちが、セグレイ侯爵閣下とその娘であるフローレンス様)
二人は猫の獣人で雰囲気がよく似ており、ドロテアは相手に気付かれないようにさっとフローレンスを観察し始めた。
(これはまた……凄いドレスね)
ヴィンスの瞳の色とよく似た黄金色のドレスの生地は、見たところレザナードで一番希少価値が高いものだ。
そんな生地に一流の職の手による刺繍。所々に近隣諸国でよく取れるルビーをあしらえてあり、首元に光るダイヤモンドはなんて豪華なのだろう。
(あのネックレスについているダイヤモンド、多分大きさは十カラットは超えるわね。……流石侯爵令嬢。あんなに希少価値が高くて高価なもの、上位貴族でも一部の者しか中々手に入らないはず)
やはり病院の経営をしているセグレイ侯爵家はかなり潤っているらしい。
十八歳という若さとお手入れの賜物なのか、赤茶色の長い髪も艶々で、同じく赤茶色の耳や尻尾もふわふわとしており、触ったら気持ち良さそうだ。
(……って、そうじゃない!)
ついもふもふしたい欲求に駆られたドロテアだったけれど、謁見の挨拶が始まろうとしたところで、ドロテアは気を引き締めた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。この度は拝謁を賜りまして──」
「挨拶は良い。せっかく早く来たんだ。さっさと本題に入れ」
予定の時間よりあまりに早いことやフローレンスが騒ぎ立てたことに対して謝罪もしない侯爵に対して、ヴィンスは嫌味っぽくそう言って見せる。
直後、侯爵が「……かしこまりました」と言って頭を上げれば、フローレンスもそれに続いて頭を上げる、そのとき。
「……!」
(い、今フローレンス様に物凄く睨まれたような気が?)
元からキリッと吊り上がっているフローレンスの目が、より吊り上げられたように見えたのは気の所為ではないはず。
(確実に初対面のはずだけれど……)
睨まれる理由が思い浮かばなかったドロテアが内心で困惑すれば、侯爵が侍従に持たせていた資料を手に取り話し始める。
現在獣人国にある国立病院病の数から始まり、その医療体制や薬を処方した患者の数。
しかし、全ての患者を救うためには病院が足りないという実態。そのため、国費でまた病院を建設してほしいということ。
「……ほう。話は理解した。この場ですぐに判断できる事柄ではないため、今日持ってきている報告書や諸々の資料、足りない分は後日に城に送れ。検討してから返事をする」
「ハッ……! 是非ご検討くださいますよう、お願い申し上げます」
そんな侯爵の言葉を最後に、話は終わったように思えた、のだけれど。
「ヴィンス様! 私もお話したいことがありますわ……!」
両手を胸の前で絡ませて、小首を傾げて尋ねるフローレンスに、ヴィンスは一瞬口角をヒクと上げた。
(た、確かに、令嬢として品位に欠ける言い方とポーズではありますが……)
「陛下……! 父である私からもお願い申し上げます!」
そんな侯爵の後押しもあってか、ヴィンスはスッと目を細めて「何だ」とだけ答える。
フローレンスはふふんっと笑みを浮かべると、突然ドロテアを指差した。
「以前ヴィンス様に婚約者が出来たことは耳にしましたが、こんなの酷いですわ!」
「えっ」
ドロテアはいきなりのことに驚き過ぎて呆然としてしまう。
まさか自分が的にされるとは思わなかったからだ。
「何を言いたい」
立ち尽くすドロテアに対して、ヴィンスは地を這うような低い声で問いかける。
その声にドロテアはヴィンスの中に怒りが生まれていることを察知して、フローレンスのためにこれ以上彼女が何かを言わないよう、口を開こうとした、のだけれど。
「私のハジメテを奪っておきながら、私以外を……それも人間の女を妻に迎えようだなんて酷いじゃありませんかっ!!」
「……! ハジ、メテ……?」
フローレンスのとんでもない発言に、ドロテアは頭が真っ白になったのだった。
読了ありがとうございました!
楽しかった、面白かった、続きを読んでみたい!
と思っていただけたら、読了のしるしに
ブクマや、↓の☆☆☆☆☆を押して(最大★5)評価をいただけると嬉しいです!
↓書籍2巻の特設ページ貼ってあります♡
お好きな本屋さん、書店ストアでお買い求めいただけますと嬉しいです!