60話 連携プレイをお見せしましょう
頭を撫でてくるだけで答えてくれないヴィンスに、ドロテアは小首を傾げた。
(どうしてここにヴィンス様が)
ヴィンスのことだ。ハリウェルが鍛錬場に居ることを予想したドロテアが彼に話しかけ、二人でこのガゼボに移動したと推測するのはそう難しいことではないだろう。
しかし、理由までは分からなかった。
いくらヴィンスが嫉妬深いとはいえ、あれだけはっきりとハリウェルに断りを入れると言ったドロテアとハリウェルの話し合いを邪魔する……というのは考えづらい。
(じゃあ、一体どうして……)
そんな疑問を抱いていたドロテアだったが、腰を曲げて耳元に顔を近付けてきたヴィンスに、その疑問は直ちに吹き飛んでいくのだった。
「ドロテアは酷い女だ」
「えっ」
「ああいうことは俺に向かって言わないと駄目だろう?」
「……!?」
ヴィンスの言うああいうことの意味が分からないほどドロテアは鈍感ではないので、これ以上ないくらいに瞠目した。
『ヴィンス様のことが好きだから──……』
(う、嘘! ヴィンス様に聞かれていたの!?)
おそらくヴィンスはあの時から割りと近くに居たのだろう。ドロテアとハリウェルが真剣に話していて、気付くのが遅かっただけで。
(なんてこと……! なんてこと……っ!!)
気持ちはバレてしまっているし、近いうちには言うつもりだったけれど、他者に言っているところを聞かれるのはまた違う。恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
そんなドロテアが未だに顔が近いヴィンスにおずおずと視線を寄せれば、ニヤリと口角を上げた彼が映る。過去に何度も見たことがある意地悪で、蠱惑的なヴィンスのその表情に、ドロテアはゾクゾクした。
「ドロテア、さっきの言葉はまた後で聞かせてくれ。……しっかりと俺の目を見て、な」
「〜〜っ」
ヴィンスはそう言うと、「さてと」と言ってもう一度ドロテアの頭を撫でてから、体ごとハリウェルの方を向いた。
「──ハリウェル。その顔を見る限り、かなり吹っ切れたみたいだな」
地面に片膝をつけ、頭を垂れているハリウェルはそのまま答える。
「はい。ドロテア様が真摯に向き合ってくださったこと、そして陛下の懐の広さのお陰でございます」
そんな彼にヴィンスは「面を上げろ」と命じてから、本題を切り出した。
「俺がここに来た理由は、ラビンから『ハリウェルが名誉騎士の称号を返還するつもり』だということを聞いたからだ。事実確認をしに来た」
「えっ、ハリウェル様が? ……なるほど、だからヴィンス様がこちらに」
驚きながらも納得したドロテアに、ヴィンスは同意をするように首を縦に振る。
厳密には、ハリウェルが文官の一人に名誉騎士の称号を返還するにはどのような手続き取るべきかかを聞いていて、その文官が何事かと思いラビンに相談したところから始まっているのだが。
「……で、ハリウェル。どうなんだ」
ヴィンスに問いかけられたハリウェルは、眉を八の字にして悲しそうに口を開く。
「事実です。陛下への忠誠を誓った身でありながら、私は陛下の婚約者のドロテア様を煩わせ、陛下に不快な思いをさせてしまいました。そんな私が名誉騎士の称号を賜っている事自体が間違いなのではないかと……そう思ってのことでございます」
声の元気の無さに比例してか、ハリウェルの耳と尻尾はシュン……と垂れている。
名誉騎士の称号を返還すれば自ずとドロテアの専属護衛騎士の任も解かれるため、おそらくハリウェルはそうすることでけじめをつけようと思っているのだろう。
(そんな……)
ハリウェルの姿と、彼の内心を察したドロテアはチクリと胸が痛んだ。
確かにドロテアに恋心を抱き、それを伝えたことは敢えて褒められることではないだろう。騎士という立場で、ヴィンスに忠誠を誓っているのならなおさら。
けれど、ドロテアはこう言わずにはいられなかったのだ。
「以前視察に行った際、ハリウェル様は常に側で私を気遣い、ほんの些細なことからも守ってくださったのではないですか……! それに、今までの努力や武功が認められて得た名誉騎士の称号を手放すことに……後悔はないのですか?」
本音でいうと、ドロテアはハリウェルに専属護衛騎士を続けてほしかった。それはハリウェルの強さが単純に心強いことと、彼の明るくて真っ直ぐな性格には好感を抱いていたからだ。
ハリウェルがドロテアの側に居ることが辛いわけじゃないなら、わざわざ辞めてほしくはなかった。
(それに、ハリウェル様のこれまでの努力や人生を尊重したいと言ったヴィンスもきっと、こんな結末は望んでいないはず)
ただ、これは口にしても良いものなのかと、ドロテアは言うのを憚られていた。
というのも、ヴィンスの性格上、いくらドロテアが思いに応えられないとハリウェルに断りを入れたとしても、多少は嫉妬心を覚えるのではと考えたからだ。
「……後悔は……分かりません。しかし、私にできることはこれくらいしか──」
「ハリウェル」
そんなとき、ハリウェルの言葉を遮ったのはヴィンスだった。ヴィンスの芯の通った聞き心地の良い声に、ドロテアは耳を傾ける。
「俺は以前お前に言ったな。ドロテアを煩わせるな、次はないと」
「……はい。ですから、名誉騎士の称号を……あっ、陛下のお気に召さないのであれば、他にどのような処罰でも──」
「一人で勝手に話を進めるな……!」
「「……!」」
やや語気を強めたヴィンスに、ドロテアとハリウェルは素早く目を瞬かせると。
「ドロテア、正直に言え。……ハリウェルに告白されて、お前は煩わしいと感じたか?」
「……!」
その瞬間、質問の意図を明瞭に理解したドロテアは、大きく首を横に振ったのだった。
「いえ。好意に応えられないことには胸が痛みますが……私は今までの人生、ちっともモテてきませんでしたので。好意を持ってくださる事自体はむしろ、嬉しかったです。……一切、煩わされてなんていません」
「ドロテア様……っ」
「だ、そうだ、ハリウェル。ドロテアがこう言っている以上、お前が責任を感じる必要はない」
「……っ、陛下……」
ハリウェルの目に何かがキラリと光る。
少しずつ立ち上がっていく純白の耳と尻尾に分かりやすいなぁ、なんて感想を持ったドロテアだったが、いきなりヴィンスに肩を抱かれたことでほんわかとした感情はすぐに消え去った。
「ヴィンス様……っ!?」
驚き、そして恥ずかしがるドロテアを余所に、ヴィンスは「それに」と言葉を続けた。
「さっきドロテアの口から嬉しいことが聞けたからな。俺は頗る機嫌が良い。……お前がドロテアの側に居ようと、あまり気にならない程度にはな」
「……! ちょ、ヴィンス様……!」
突然何を言い出すのかとドロテアは驚いた、のだけれど。
「……だから、お前はこれからもドロテアの専属護衛騎士として日々精進しろ。良いな、これは命令だ」
「……っ、はい!! この命をかけて、ドロテア様をお守りいたします!!」
やれやれというような、けれど優しい笑みを浮かべているヴィンスと、滝のように涙を流しながら、感動を露わにするハリウェルに、ドロテアの胸はほっこりと温かくなったのだった。
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