6話 謝罪の品をご覧あれ
姫が嘘をついている感じはしない。ならば、どうしてなのか。
ドロテアはできる限り冷静に頭を働かせると、それは直ぐ様理解できた。
「もしや姫様は……姫様のために怒る方たちのために、謝罪の場を設けるよう陛下に進言したのですか?」
「ええ、そのとおりです。よく分かりましたね」
つまり、寛容な姫は愚かなシェリーからの暴言など毛ほどにも思っていなかったのだ。そりゃあ事を荒立てる気にもならないはずである。
しかし、周りがそれを良しとはならなかっただろう。
大切な相手──我らが姫様が、愚弄されたままだなんて許せるはずがなかった。だから、謝罪の場を設けるという案を出したに違いない。
これならば、周りの家臣たちの怒りは多少静まるし、姫も家臣たちの思いに報いることが出来るから。
「失礼ながら、国王陛下が身分を偽っておられたのは、私の本音をここにいる皆様に聞かせる為だったのですね」
ドロテアの視線がヴィンスに向けられる。
ヴィンスはふっと小さく笑みを零した。
「……本当に鋭い奴め。何故そう思った?」
「それは獣人の皆様の特徴──いえ、能力と申しましょうか。それを利用したのかと。……確か、獣人の皆様は、人間よりも何倍も耳が良いのですよね」
「良く知っているな。本当にお前には驚かされる」
獣人の耳が良いことは、以前から知っていた。しかし、どの文献にも具体的なことは書いていなかった。
しかし、王の間に来る前のこと。
誰の姿もなかったはずだというのに、ヴィンスが笑い声を上げた瞬間、遠方から続々と獣人たちは現れた。
ヴィンスの声は耳を塞ぐほどの大きな声ではなかったし、屋敷の作りが声を反響するようなものではないことは確認済みだったので、それは獣人たちの耳の良さを表していたのだ。
つまりヴィンスの行動はおそらく、王の間に来てからよりも、それまでの方がドロテアの本音が聞けると思ったからなのだろう。
「ディアナは怒ってはいなかったが、俺は多少お前の妹にムカついていてな。謝罪の気持ちが伝わってこないようなら、もう一度サフィール国へ抗議するつもりだった」
「そうだったのですね」
「最初は泣く泣く謝罪に訪れ、適当に謝罪の品を渡してことを済ませようとする女かと思ったんだが……。具体的な交渉案もあるのに、それよりも真摯な謝罪を重要だとするその姿勢、俺は嫌いじゃない。お前たちもそうだろう?」
ヴィンスが家臣たちに問いかけると、全員が深く頷く。
それは、ドロテアの心からの謝罪が届いた証でもあった。
「……っ、本当に、愚妹が姫様に無礼を働きましたこと、大変申し訳ありませんでした」
ドロテアは改めて頭を下げる。同時にヴィンスは立ち上がると、コツコツと音を立ててドロテアの前まで歩いて来ていた。
「もう謝らなくても良い。お前の謝罪は、こいつらにきちんと届いた」
ヴィンスに続くようにディアナもドロテアに近付くと、やや腰を屈めて微笑みかける。
「ふふ、ドロテア様、本当にもう良いのですよ。それより、実は入城当初から気になっていたのですが……謝罪の品って、何を準備してくださったのかしら? あっ、違いますのよ!! 見定めるとかそういうことではなく、たった一人で獣人国まで来て、私たちの心を癒そうとしてくださったドロテア様が何を持ってきてくださったのか、その、興味がありまして……」
少し恥ずかしそうにしながら、ふわふわの耳がピクピクと動く様子にドロテアは破顔しそうになるのを必死に抑えた。
(か、可愛すぎる!! 触りたい!! けれど我慢よドロテア!)
許しを得たからか、気を抜けば涎が出てしまいそうなほどの可愛さだ。ディアナ自身もだが、やはり耳と尻尾の可愛さたるや桁違いなのである。
ドロテアは気を引き締めてから、トランクの殆どを占めていた大きな袋を取り出した。
「姫様にはこちらをご用意いたしました。喜んでいただけると良いのですが……」
「何でしょう?」とニコニコしながらシュルリと赤いリボンを解いていくディアナ。
そんな彼女の手元を、その場にいる全員が凝視していた。すると。
「まあっ、これは……! なんて可愛い! どうして私にこれを?」
それを手に持ちながら、ディアナの興奮を隠せていない尻尾がブンブンと動く。
可愛すぎる……とドロテアは思いつつ、質問に答えることにした。
「私は貴国に謝罪に来るまでの間、姫様が何に興味を示されるのか、出来得る限り調べました。姫様個人の情報を知るには、生誕祭に参加し、かつ姫様と会話をした人物をしらみつぶしに当たるしかありませんでした」
そこで、ドロテアはとある情報を手にしたのだ。
「獣人国の姫が羨ましそうに見ていたよ」「何度も可愛い可愛いと言っていたよ」という代物を。
「ですから、これを準備致しました。職人の方は私の主に頼んで探していただきました。私の手持ちの関係とあまり時間がなかったことから、一つしかご用意が出来ませんでしたが……気に入っていただけると幸いです」
ドロテアの説明が終わると、ディアナはそれを手に持ったままウズウズとしている。
ドロテアはニコリと微笑んでから、それをディアナから受け取る。そして。
「失礼いたします、姫様。……ま、まあ! なんて可愛い…………!!!!」
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