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54話 拗れない、拗らせない

 

 ──バタン!


 いつもなら考えられないくらい勢いよく自室に入り、力強く扉を閉めたドロテアは、その場に座り込んだ。


「結局断れなかった……それに、最後の質問にもしっかりと答えられなかった……何をしているの、私は……」


 一人きりになった部屋。落ち着いた環境のはずなのに考えがまとまらない。

 ぐるぐるとハリウェルのことばかりが頭の中を回る中、ドロテアは浅い息を吐いた。


 ──コンコン。


「…………!」


 そんなとき、続き部屋になっている扉の方から聞こえるノックの音に、ドロテアの体は大きく揺れた。


「ドロテア、何かあったのか」

「……っ」


 おそらく強く扉を締めたため、その音がヴィンスに聞こえたのだろう。扉には特殊な加工がされているとはいっても、大きな音は普通に聞こえる。


 そのため、何かあったのかとヴィンスは心配で声をかけてくれたのだろうけれど。


(ヴィンス様、今は体がお辛いはずなのに……っ)


 ヴィンスのことは心配だ。先程までは早く会いたいと思っていたし、体調が悪い彼を支えてあげられたらと本気で思っていた。


 けれど、今は会うのが気まずかった。

 ハリウェルに思いの丈をぶつけられた今、どんな顔をしてヴィンスに会えば良いのか分からなかったから。


「……ドロテア」


 ──だというのに。


「……少しで良いから顔を見せてくれないか。心配なんだ」


 自分が辛いときでも相手を心配するような、そんな優しいヴィンスに、ドロテアは堪らず立ち上がった。


(……ヴィンス様は、優し過ぎる)


 気まずさは直ぐには消えない。会ったって、おかしな態度を取ってしまうかもしれない。……けれど。


「ヴィンス様、大きな音を立てて申し訳ありません。……あの、少しだけお部屋にお邪魔しても良いですか……? 今体調が辛いのは重々承知しておりますが……私も、お顔が見たいです」


 続き部屋の扉の真ん前まで行くと、ドロテアはそう言いながら鍵を開ける。

 出来るだけ穏やかに微笑んで扉を開け、人化したヴィンスと視線が絡み合った、そのとき。


「きゃ……っ、ヴィンス様……!?」


 いきなり抱き締められて、ドロテアからは上擦った声が漏れた。


「その顔……何があった」

「……っ、ご心配をおかけして、申し訳ありません……」


 表情は取り繕ったつもりでいたけれど、やはりヴィンスには直ぐにバレてしまうらしい。

 ヴィンスのいつもよりも熱い吐息を肩口に感じたドロテアは、彼を支えるように背中に手を回した。


「……何もない、とは言わないところを見ると、やはり何かあったんだな」

「……っ」

「無言は肯定と取るぞ、ドロテア」

「そ、れは」


 一瞬何もないと言おうかと思ったドロテアだったが、それをしなかったのは敏いヴィンスには嘘なんてバレてしまうと思ったからなのと、単純に彼に嘘をつきたくなかったからだ。


(それに……)


 今、敢えてハリウェルのことを話す必要はないのかもしれないが、こういうことは黙っていれば黙っているほど話がこじれるのは想像に容易い。


 ドロテアは改めてヴィンスの優しさに触れたことで、気まずくても彼に正直に事の顛末を話すことを決めたのである。


「ヴィンス様、少し話したいことがあるのですが、聞いていただけますか……?」

「……ああ」

「ありがとうございます。それじゃあ、まずは──」


 その瞬間、少し緩んだヴィンスの手。ドロテアはそんなヴィンスの手を掴むと、ベッドの方へとゆっくりと歩き出した。


「ドロテア……?」

「ヴィンス様、今熱がありますよね。まずは横になってください。……それから、お話します」

「……何だ。ドロテアがベッドに誘うから何か良いことでもあるんじゃないかと思ったんだがな」

「はい……!? いっ、良いことって、何を言ってるんですか……!」


 突然からかってくるヴィンスに驚きながらも、そのおかげで何だか空気が和らいだ気がする。


(ヴィンス様ったら……)


 それもヴィンスの計算のうちなのだろう。ドロテアが話しやすいように、気を使ってくれたに違いない。


「ありがとうございます、ヴィンス様」

「…………ドロテア、礼は良いから早くこっちに座れ」


 少し照れたような表情のヴィンスは、右手でベッドをポンポンと叩く。


「……えっ。そ、そこに座れという意味、ですか?」


 念のために問いかければ、当たり前だと言わんばかりのヴィンスの表情にドロテアの頬は赤く染まる。

 婚約者とはいえ、自らの意思で彼のベッドに腰を下ろすのはかなり恥ずかしかったからだ。だというのに。


「ああ。せっかく婚約者になったんだ。これくらいなら、良いだろう?」

「〜〜っ」


 わざとなのか、少し首を傾げてそんなことを言うヴィンスに、ドロテアは簡単に白旗を上げた。

 ドロテアはベッドに腰を下ろし、体を少し捻って横になるヴィンスを羞恥に染まった瞳で見下ろす。


 すると、ヴィンスはやや嬉しそうに微笑んでから、真面目な表情に戻して早速本題を切り出した。


「──で、ハリウェルと何があったんだ」

「……!? 何故ハリウェル様と何かあったと分かったのですか……っ?」

「帰城して城に入ったとき、遠目にハリウェルに肩を貸すドロテアの姿が見えた。新月だからあいつの体調を気遣ってのことだろうと思ったこと、それと俺も早く部屋に戻らなければいけないことで後を追わなかった。……だから、何かあったならハリウェルだろうと思った」


 その時のヴィンスの声は、探り探りと言うよりは既に確信を持っているようにドロテアには感じた。


「──ハリウェルに、告白でもされたか?」


 先程ハリウェルはドロテアへの思いについてヴィンスには話してあると言っていたので、おそらくヴィンスも勘付いているのだろう。

 いつもよりやや低いヴィンスの声に、ドロテアの心臓はドクドクと激しい音を立てた。


「……っ、はい、そのとおりです。ハリウェル様の気持ちや私とあのお方が過去に会っていること、それらをヴィンス様がご存知だということも聞きました」

「……それで、ドロテアは思い出したのか?」

「はい。人間のお姿のハリウェル様を見て、話も聞いて、きちんと思い出しました」

「…………そうか」


 互いに事実確認して、状況を整理したまでは良かったものの、その後は口を閉ざしたヴィンス。


 話せたことでドロテアは少し冷静さを取り戻せたのは良かったのだが、彼の声のピリつきや力強く握り締められた拳、表情から不愉快さを察してしまい、どう話しかけたら良いものか分からなかった。


(ヴィンス様、あまり表には出していないけれど、そりゃあ良い気持ちなはずがないものね……)


 ヴィンスの性格どうこうは置いておくとして、自分の婚約者が他の人──信頼していた家臣に告白されたと聞いて、何も思わないなんてことはないだろう。


(あら? ……けれどヴィンス様は、ハリウェル様の気持ちはご存知のはず。それなら何故、そのまま専属護衛騎士として起用したのかしら)


 本当に嫌なら『名誉騎士』じゃないと専属護衛騎士になれないという決まりを変えてしまえば良い。

 時間はかかるかもしれないが、ヴィンスになら、それは不可能ではないはずだ。


(じゃあ、何で……?)


 ハリウェルの腕を買った、ハリウェルの忠誠心を信じた。もしくは、ドロテアに疑念を抱かせないためだとか、王として制度を優先するべきだと考えただとか、思い当たることはいくつもあるが、果たしてそれだけなのだろうか。


(分からない、けれど……)


 沈黙したままのヴィンスに、ドロテアはゆっくりと口を開く。


 ヴィンスの考えを聞きたいと──いや、知らなければいけないと、思ったから。


「ヴィンス様は……どうしてハリウェル様が専属護衛騎士になることをお許しになったのですか……?」

読了ありがとうございました!

是非書籍版もよろしくお願いします♡

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