52話 ハリウェルとの出会い
ハリウェルの告白の言葉に、冗談でしょうなどと言えなかった。
(ハリウェル様の性格的に、こんなことを冗談で言う方じゃない。この雰囲気は、人違いをしているとも思えない。……それに)
ハリウェルの琥珀色の瞳に宿る熱も、吐息も、手の温度も、全てが発熱のせいではなく、彼の思いが溢れている故だということを、ドロテアは本能的に察してしまったから。
(ハリウェル様が私を好き……? 何で……っ、いつから……?)
いや、そんなことは考えても無意味だろうか。ハリウェルの気持ちを知らなかったドロテアに、そんなことが分かるはずはない。
それに、そもそもドロテアはヴィンスの婚約者だ。答えは一つしかないし、実際ハリウェルの告白には驚いているものの、心が揺れたわけではなかった。
(それなら、いっそのこと──)
今この瞬間、バッサリと断りを入れるのが最善なのではないかと、ドロテアはそう考えた、のだけれど。
「ドロテア様……まだ、思い出せませんか?」
「…………!」
そんなハリウェルの言葉に、ドロテアは過去の彼の発言に思いを馳せる。
『ずっと君に逢いたかった……!! 私の運命の人……! 結婚してください……!!』
『なんて優しい……! やはり貴方は誰よりもお優しいお方です!!』
『ドロテア様は昔から、とても優しかったです』
ずっと逢いたかったと言った、彼の告白も。
違和感を覚えた、過去に出会っていると思われる発言も。
時折感じた、行き過ぎた忠誠心のような、それ以上の思いが込められた感情も。
(私とハリウェル様は過去に会っていて……護衛騎士だと紹介されたあのときの告白も、ラビン様が上手く誤魔化してくれただけで、本当は──)
ハリウェルがドロテアに好意を抱いている。それも、昔から。
そう結論を出すには十分過ぎるほど、思い当たることはあるというのに。
「申し訳ありません……その、昔お会いしたこと、覚えていないのです」
「……はい。再会したときの様子で、それは分かっていました。過去にお会いしたときは、あの姿でしたから」
「あの姿って、まさか──」
ドロテアは勢いよく窓の外に視線を向けると、太陽が完全に沈んだことを確認し、再びハリウェルへと視線を戻す。
その瞬間、ドロテアの瞳に映った、純白の耳や尻尾が無くなったハリウェルの姿。
事前に用意してあったオイルランプの光に照らされているハリウェルの人化した姿に、ドロテアは口元を押さえた。
「……そうだわ……。ハリウェル様とは昔、サフィール王国の王城で一度だけお会いした──」
◇◇◇
あれは、ハリウェルがまだ十一歳、ドロテアが十二歳──今から八年前のことである。
代々騎士の家系であるロワード公爵家の長男として生を受けたハリウェルは、騎士である父や他の騎士たちと共にサフィール王国の国境付近に同行していた。
その当時、ハリウェルは将来騎士になるために育てられていたので、遠征等にも半ば強制的に連れて行かれていたのだ。もちろん、まだ幼いので前線で戦うことはなかったが、後方支援や現場の空気というものを学んでいた。
そんなある日、サフィール王国の国境で小競り合いが起こり、ハリウェルの父たちはそれを討ったときのこと。
現サフィール王国国王は、ハリウェルの父たちの功績を大きく讃えて、祝勝パーティーを開いた。
友好国とはいえ、他国の騎士のために祝勝パーティーを開くなんてそうあることではなかったが、サフィール王国にとって、レザナード王国の騎士たちの働きとは、それほど大きなものだったのだ。
『……ハリウェル、お前は今日はこの部屋から出てきてはいけないよ。分かったね?』
夕方頃、サフィール王国の王城に到着し、父と二人きりで休むようにと与えられた部屋で、ハリウェルは父の言葉に頷いた。
『分かっています父上。今日は新月の日。私は人間の姿になってしまいますから、部屋で大人しくしていますね。それに、体も辛いから横になっています』
『ああ。サフィール国王陛下にお言葉を頂いたら直ぐに抜けてくるから、休んでいるんだよ』
『はい!』
出来るだけ気丈に振る舞ってみせたハリウェルだったが、その言葉を最後に部屋を出ていった父の姿を見送ると、部屋に用意されているベッドへと直ぐ様横になった。
『……っ、あたまが、いたいよぉ』
ハリウェルの狼の血筋は、彼の母親から受け継がれたもので、狸の獣人である父は新月の影響を受けない。
他の騎士たちは狼と新月の秘密を知らないため、適当に理由をつけて部屋には入らないよう指示をしてあり、ひとりぼっちの部屋でハリウェルは涙を溢した。
『うう、父上……っ』
人間になった姿は誰かに見られてはいけない。口酸っぱく言われてきたハリウェルは、そんなことよく分かっているし、父には心配をかけまいと寂しさを見せなかった。けれど。
『寂しい……っ』
ハリウェルはまだ十一歳の少年だ。
特に体調が悪いときは誰かに甘えたくなるのも不思議ではなかったし、熱に侵されて冷静な判断が出来ないのもまた、おかしなことではなかった。
『誰か……っ』
ハリウェルはそう呟くと、重たい体を起こして、ベッドから降りる。
(誰でも良い……っ、寂しいよ、苦しいよ……っ、助けて……っ)
いつもなら傍にいてくれる母は居ない。父も直ぐには戻って来られない。知らない土地、知らない部屋。苦しい身体に、募る寂しさ。
ハリウェルには我慢の限界が訪れ、縋るように扉を開ける。
──すると、その時だった。
『……! だ、大丈夫ですか!? お顔が真っ赤ですが……もしや熱が……!?』
家族に売れ残りだと言われ、王城に行儀見習いに来ていたドロテアと出会ったのは。
◇◇◇
「あのときの少年が……ハリウェル様だったのですね」
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