5話 違和感の正体
(な、何事……!?)
突然のレスターの笑い声に、誰もいなかった筈の城内の廊下に、続々と獣人たちが集まってくる。
猫、狐、兎、犬などの様々な獣人たちが何事だと覗うような目を向けてくる中、ドロテアはそこで、はたと気付いた。
(あれは、犬の獣人よね……レスター様も、確か犬の獣人だって言っていたけれど、何か違和感が……って、そうだわ! 確か犬と狼に関する本で……)
そこで、ドロテアはふと気付いてしまったのだ。何故、レスターの後ろ姿を見て違和感を持ったのか、何故、彼にただならぬ風格を感じるのか。
「あ、あの、もしかして──」
「ドロテアと言ったな。わざわざ妹の代わりに謝罪に来る変人だとは思っていたが──想像以上だ。……もう演じるのは辞めだ。説明は後にして、さっさと行くぞ」
「えっ。……きゃあっ!!」
突然の浮遊感。膝裏と背中あたりを支えられ、所謂お姫様抱っこをされたドロテアは、至近距離にあるレスターを──。いや、彼の名は──。
「あっ、あの、貴方様はっ」
「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
「……へっ、て、きゃぁぁぁあ!!!」
獣人は体が強靭だ。力はもちろん、人間に比べて足も早い。
一応落とさないよう抱き締めてくれてはいるが、それでもドロテアは振り落とされるのが恐ろしくて、彼の首元をギュッと掴むと、ふ、と彼から愉快そうな声が届いた。
王の間まであと半分の道のりだったというのに、およそ数十秒で到着したことから、肉体の差をまざまざと知ったドロテア。
新たな知識を手に入れた喜びと、あまりの速さに恐怖で心臓が激しく鼓動した。
「さて、入るか」
「お、お待ち下さい……! このままでですか!? というか、貴方様は──」
ドロテアの声を遮るようにして、ギィ……と王の間の扉が開き始める。
男が騎士たちに目配せをするだけで開いたことも、入城してから、痛いほどに周りから視線を向けられたことも、やはり、そういうことで間違いないのだろう。
(このお方は──)
完全に開かれた扉。最奥にある玉座が空席だったことでより一層、それは確信に変わる。
ドロテアは懇願するように男に下ろすよう頼むと、渋々といった様子で下ろしてくれた彼に礼を述べてから、ドレスの裾を掴んで頭を下げた。
「……改めまして、先の件の謝罪に参りました、ドロテア・ランビリスと申します。……ヴィンス・レザナード国王陛下」
「……ほう、やはり気付いていたのか。聡いな」
そう言って、男はスタスタと歩くと玉座に腰を下ろした。下から眺めているからだろうか、長い脚がより際立っている。
(あれが、獣人国の王……写真がなかったから顔を知らなかったとはいえ、気付くのが遅すぎたわ)
「面を上げろ」との声がかかり、ドロテアはゆっくりと顔を上げていく。
既に王の間にはおそらく姫と思われる女性に、側近と思われる数名の獣人たち。部屋の端には騎士たちが集まっていた。
「ドロテア嬢、はるばるよく来たな。さて、話したいことは山程あるが……まず聞こう。何故俺が国王だと分かった? 俺は挨拶のとき、犬の獣人だと自己紹介したはずだが」
「……それは──」
獣人国の王が黒狼であることは、有名な話だ。だから、ヴィンスは疑問に思っているのだろう。
(分かったとはいえ、すっかり騙されましたけれど)
初めから違和感を持っていたとはいえ、別の犬の獣人を見るまではその違和感の正体に気付けなかったドロテアは、ここまで理由を述べることを躊躇した。
けれど、王の御前、しかも謝罪に来た一介の子爵令嬢如きに、拒否権はない。
「他の犬の獣人の方と比べて、陛下の尻尾が常に真っすぐであったことが、一番の手掛かりでした。犬の尻尾はくるりと丸くなっていることが多いと文献に書いてありましたので」
「ほう。それで?」
「あとは陛下が大笑いしたときの歯です。犬よりも鋭く太い歯がちらりと覗いておりました。金色の瞳も、陛下の特徴だと聞いておりましたので、当てはまるな、と。あとは風格です。……失礼ながら、一介の騎士様とは思えないほどに風格がございましたので」
ドロテアの説明に、ヴィンスはククッと喉を鳴らす。
何か面白い玩具を見つけたかというように細められた瞳に、ドロテアの心はざわりと揺れた。
「中々観察力に優れているらしい。その能力は侍女の仕事で培ったものか?」
「……優れているなどと、身に余るお言葉でございます。私は一介の子爵令嬢で、ただの侍女でございますゆえ」
全てを見透かしていそうな金色の瞳から目を逸らすことなく、ドロテアは凪いだ声色で言葉を返す。しかし内心はそれほど冷静ではなかった。
(そもそも、どうして陛下は偽るようなことを?)
それに、自惚れでなければ何故か謝罪相手から褒められているのだ。
よく主のロレンヌも褒めてくれるが、ドロテアは褒められるようなことをした覚えはないので、いつも困ってしまうのだけれど。
すると、ヴィンスはより一層楽しそうに口角を上げて鋭い歯を覗かせたかと思うと、ちらりと妹に目配せをした。
姫はその意図に気付いたのだろう。コクリと頷くと、ドロテアに視線を寄せた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。ドロテア嬢、君は自身の妹の代わりに、俺の妹であるディアナに謝罪に来た──そうだな」
「はい、左様でございます」
「──だ、そうだがディアナ。お前はどうしたいんだ」
話の矛先がディアナへと向く。
ヴィンスと同じように漆黒の耳と尻尾、金色の瞳。髪の毛も艶々とした漆黒で、お尻にかかるほどに長く、美しい。
シェリーよりも大きな瞳に小さな顔、外に出たことがないような真っ白で陶器のような滑らかな肌。守ってあげたくなるような華奢な肩に、ドロテアはつい目を奪われてしまう。
(絶世の美少女……ああ、なるほど。だからシェリーはわざわざ姫様に暴言を吐いたのね)
自身よりも美しいディアナを辱めたかったのだろう。
シェリーの性格をよく知るドロテアにはそのことが手に取るように分かり、余計に申し訳無さが募って「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げていると、鈴が転がるような声で面を上げてと言われ、ゆっくりと指示に従うと。
「ドロテア様、貴方が謝る必要はありませんわ。それに、此度の件、別に私は何とも思っていないのです」
「……え」
(一体、どういうこと……?)
読了ありがとうございました!
◆お願い◆
楽しかった、面白かった、続きが読みたい!!! と思っていただけたら、読了のしるしにブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!
なにとぞよろしくお願いします……!