46話 ただの侍女……じゃないんですってば!
黒狼陛下、発売前夜です!ドキドキ!
それは、工房に着いた直後のこと。
話に聞いていたとおり気難しそうな顔をしているレーベに、ドロテアは簡単に自己紹介をしてから、早速フウゼン染めの生産量の低下についての話を切り出そうとしたときだった。
(こ、ここは天国ですか!? 見たことないものが沢山……!!)
木材で作られた工房の中には、初めて目にする数種類の染色機に、葉を細かくするための大きなミキサー、もちろんフウゼン染めには欠かせない原料のフウゼンの葉がある。
知的好奇心の塊であるドロテアが、仕事を忘れて工房内を見入ってしまうのは致し方ないだろう。
「この染色機は今や世界に三台しかない貴重なもの……わっ、フウゼンの葉は図鑑に載っているものよりも分厚いわね……」
興奮が冷めきらぬ様子で、無意識にブツブツと呟きながら工房を見て回るドロテア。
いきなりこんな調子で大丈夫なのかとユリーカが心配していると、レーベはしばらくドロテアをじっと見つめてから、彼女に声をかけた。
「おい、あんた……ドロテアだったな。フウゼン染めに興味があるのか?」
そのとき、ドロテアは勢いよく振り向いて、レーベのもとへ駆け寄る。
話をそっちのけで工房を見て回ったことへの申し訳なさよりも、感動のほうが上回っていたから。
「それはもちろんです!! フウゼン染めはレザナードが誇る最高峰の染め物! フウゼンの葉特有の深い青の色味は男女問わず人気で、他国にもファンが居るほど……! しかしフウゼンの葉の扱いが難しく、綺麗に染められるのは限られた職人さんのみ……! その中でも最高峰の腕を持つと言われるレーベさんの工房が見られるなんて、興奮が止まりま──」
そこまで言って、ドロテアの声はぷつりと途切れた。
(ま、まずいわ……)
ここに来た目的は視察だと言うのに、今の自分はまるで見学にはしゃぐ観光客のようだと我に返ったからである。
「も、申し訳ありません、レーベさん……! つい一人でぺちゃくちゃと……」
ヴィンスに任せられた仕事だというのに、とんだ大失敗だ。
ぽかんとした顔でこちらを見ているレーベをこれ以上呆れさせないよう、出来る限りの謝罪をしなければと思い頭を下げた、のだけれど。
「おおおお! そうかそうか! そんなにフウゼン染めに興味があるのかドロテアちゃんは!!」
「ドロテアちゃん……!?」
レーベの発言に、驚きのあまり声が出てしまったのはハリウェルである。
そんなハリウェルを余所に、レーベはドロテアの手を掴んだ。
「フウゼン染めを好きな奴に悪い奴はいねぇ! 好きなだけ見てってくれドロテアちゃん!」
「えっ、あ、は、い、ありがとうございます?」
(……あ、あら?)
──というわけで、レーベに大層気に入られたドロテアはその後、満足行くまで工房内を見て回ることが出来た。
職人であるレーベの解説付きで、ドロテアはこの上ない幸せな時間を過ごせた、のだが。
「えっと、レーベさん。そろそろ本題に……ここ半年間フウゼン染めの生産量が減っていることについて、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
いくらなんでも、ずっと楽しんでいる訳にはいかない。
仕事できたのだからと、ドロテアは意を決して問いかけると、レーベは「ドロテアちゃんになら話してもいいかな……」と、少し言いづらそうに話し始めた。
「最近、思ったように色が染まらない時があるんだ。前より色が薄いっつーのかな」
「……思い当たる原因はございますか?」
「いや、それがなくてよぉ。いろいろ染め方を変えたり試してみたんだが、分からなくてな。俺は染まり方が納得いかないものは市場には出したくねぇ。だから、染める数は減ってねぇんだが、納品数は半分くらいになってんだ」
レーベの話を聞いて、ドロテアはなるほどと納得した。
どうやら減ったのは単純な生産数ではなくクオリティが保証された納品数だったらしい。
(……もしかしたら)
そのとき、ここまでの聞き取りで、ドロテアは昨夜考えついたとある仮説が頭に浮かぶ。
そして、ドロテア「あの」と話を切り出した。
「フウゼンの葉自体の品質が落ちている可能性はありませんか?」
「何?」
「フウゼンの葉は劣化が早い植物です。そして、劣化した葉は染色した際に上手く発色しないと本で読みました。レーベさんの工房で使われているフウゼンの葉の採集場所を調べたところ、その地も竜巻の影響を受けていることは既に確認済みです。……つまり、竜巻の影響でフウゼンの葉に目には見えないような傷が付いている可能性があるのではないかと。そのせいで劣化したとすれば──」
「……! だから、試行錯誤しても薄く染まるものがあったのか! 言われりゃあ、竜巻の後から破れなんかで没にする葉が増えてたんだ! 良い葉だけを選んで使っていたつもりだったが……なるほどな」
ドロテアの説明に、レーベは「そうかぁ、そういうことかぁ」と大きく頷いている。
一応仮説とは言ったものの、工房の設備はしっかりとしており、レーベの染色に対する熱意を知った今、おそらく今回の原因は原料の品質低下で間違いないだろう。
レーベにも思い当たるフシがあるところから、ドロテアはホッと安堵した。
「いやぁ! 凄いなドロテアちゃん! こんなこと直ぐに分かっちまうなんて! ……本当に凄いぞ!! 天才だ!!」
「いえ、私はただの侍女……っでは、なくて、ですね……!」
また言ってしまった、とドロテアは恥ずかしそうに顔を隠すと。
「がははっ!! まあ何でも良い! とにかくお手柄だドロテアちゃん! そんじゃあ今から解決策を考えるか!」
レーベがそう言うので、ドロテアは冷静さを取り戻すために頬をペチッと叩くと、直ぐに「そのことなのですが」と声をかける。
ドロテアは昨日から、フウゼン染めやフウゼンの葉、そして竜巻の経路や影響について考え、調べていた。
そのときの情報と過去に知り得た知識から導き出されたのが今回の仮説だったわけだが。
「解決策も既に考えてありますので、ご安心くださいませ」
「な、何ぃぃぃ!?」
問題の原因を調べるなら、そのときに上がった原因の解決策も検討しておく。
当たり前のようにそれをやってのけるドロテアに、レーベだけではなく、ハリウェルとユリーカも驚いて、顎が外れるくらいに口を開いていた。
読了ありがとうございました♡
ついに黒狼陛下、発売前夜ですね……!
黒狼陛下は長く長く書いていきたいので、皆さま是非応援よろしくお願いします……!
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