44話 護衛騎士任命式典の後の初仕事
一週間後。
今日は王の間で、ハリウェルの護衛騎士任命式典が行われた。
これをもってハリウェルは正式にドロテアの護衛騎士となり、そのことは城内だけでなく国中にも周知されることになる。
本来であれば、ドロテアがヴィンスの正式の婚約者になった時点で婚約披露パーティーを開き、それから護衛騎士任命式典が行われるのだが、パーティーのほうが準備が大掛かりなので、今回は順番が逆になったのだ。
(さて、改めて気を引き締めなければ)
婚約披露パーティーが行なわれるのは、一ヶ月半後だが、書類上ドロテアはヴィンスの正式な婚約者だ。
専属護衛騎士までつけてもらったのだからと、ドロテアは改めて身の引き締まる思いだった。
そして現在、式典が終わった王の間で、ドロテアは玉座に座るヴィンスを見上げていた。
「ドロテア、式典の直後で疲れているだろうが、一つ頼みがある」
がらんとした王の間には、ドロテアと彼女の後ろに控えるハリウェル、そして玉座に座るヴィンスと彼の後ろに控えるラビンの四人。どこかキリリとした空気感の中で、ドロテアはゆっくりと頭を下げた。
「はい。何なりとお申し付けくださいませ」
そう返事をすると、ヴィンスがラビンに目配せをする。
すると、ラビンはとある書類をドロテアに持ってきて「ご覧ください」というので、ドロテアはその指示に従って書類を目を通した。
「これは、大都市『アスマン』の近隣の街、『セゼナ』の復興計画書ですね」
「ああ。ドロテアならば、書類を見ずとも大方のことは把握していると思うが、念のために準備させた」
『セゼナ』──通称『職人の街』。
この街にはレザナードが誇る伝統工芸品などを作る職人たちが数多く住まい、工房が多く立ち並ぶ。
『アスマン』のようにお洒落なブティックやカフェテリア、目を引くような露店や宿泊施設などはないが、ドロテアのような知的好奇心の塊からしたら、まるで夢のような街なのだ。
「確か、『セゼナ』は半年ほど前に竜巻の影響を受けて被災地認定されていましたよね。負傷者は出なかったものの、住まいや工房の一部が壊れたと。確か三ヶ月前に、それらの修繕の全てが完了したという報告書が上がってきていたはずですが……もしかして、何か問題でも起こったのですか?」
「……いや、現時点で民から不満の声は上がっていないし、実際に俺が街の様子を見てきた限りでは、ほぼ以前と変わりはないんだが……一点だけ気になることがあってな」
「…………?」
気になることとは何だろう。流石のドロテアでもこれだということは思い浮かばず、引き続きヴィンスの言葉に耳を傾けると。
「復興から三ヶ月経った今でも、一部の工芸品の生産量の数が元に戻らなくてな」
「……もしや、フウゼン染めの布のことですか?」
「……! 良く分かったな」
「いえ。私も実は気にはなっていたのです。ここ半年間、フウゼン染めの布の数は、被災前に比べ減少していること。……とはいえ、建物がもとに戻っても、全てが元のように戻るには時間がかかると思い、それほど深くは考えていなかったのですが……」
そう考えていたドロテアだったが、ヴィンス曰く、それは少し違うらしい。というのも。
「フウゼン染めを扱う工房は、竜巻の被害には遭っていないんだ」
「……! なるほど……」
だからヴィンスは、生産量について気がかりらしいのだ。
工房の主人が病気をしたとか、怪我をしたというわけでもないことは裏を取っているらしく、原因が分からないらしい。
(フウゼン染めは他にない深い青色をしていて、それを使った品は、レザナードの工芸品の中でも特に人気が高いはず。他国との貿易品にも組み込まれているし、確かに数が減少したままでは困るわね)
状況を理解したドロテアは、口元に手をやると、何が原因なのだろうかと思案する。
(でも、ここで簡単に答えが出るなら、ヴィンス様が既に解決している気がする)
そんな結論に至り、それならば何故ヴィンスがこの話題をしてきたのか、という方に思考を巡らせると、ドロテアはとある答えに辿り着いた。
「ヴィンス様、頼みとは……その原因を私に探して来てほしいということでしょうか?」
「流石、話が早いな。ドロテアには俺の婚約者として、明日『セゼナ』を視察し、フウゼン染めの生産量が減ったままである原因を突き止めてほしい。……ドロテアならば、それが出来るんじゃないかと思ってな」
「そんな……私はただの侍女で──」
そう言いかけて、ドロテアは自ら言葉を飲み込んだ。
(ただの侍女じゃないわ。……私はもう、ヴィンス様の正式な婚約者なんだもの)
おそらくヴィンスのことだ。原因を突き止めるためにある程度の手段は講じたはず。
それでも分からなかったとなると、一筋縄ではいかないのかもしれない。
(……それでも、ヴィンス様は私に任せてくださった)
それは、ヴィンスがドロテアの知識の豊富さや思考力、観察力や行動力など、過分なほどに能力を認め、期待しているからに他ならないわけで。
(好きな人に期待されるなんて、こんなに嬉しいことはないわね……)
ドロテアは美しい所作でドレスを掴むと、片足を引いて洗練されたカーテシーを披露する。
続いて、ゆっくりと口を開いた。
「……先程の言葉は取り消させてください。ヴィンス様の婚約者として、精一杯務めてまいります」
「…………ああ。期待している。だが無理はするなよ」
「はい!」
こうして、ヴィンスの正式な婚約者としての初めての仕事は、『セゼナ』への視察となった。
不安がないわけではなかったけれど、期待してくれるヴィンスのため、そして国や民のために、精一杯やれることはやろうと、ドロテアは明日の視察までの間、事前の下調べに尽力するのだった。
いつもお読みくださる皆さま、本当にありがとうございます(*´艸`*)
明日は発売前日ということで、朝も投稿しようと思っているので、お楽しみに♡
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