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43話 さあ、もふもふタイムは訪れるのか

 

「ヴィンス様……っ」


 そこには、黄金の瞳をすっと細めて、やや顰めっ面の婚約者──ヴィンスの姿があった。


「陛下……!」 


 無論、ハリウェルもヴィンスの登場に気付かないはずはなく、驚いたのか、ドロテアを掴む手がパッと緩む。

 その瞬間、ドロテアは今だとばかりに手を引っ込めると、続いてこちらにスタスタと足早に歩いてきたヴィンスの腕の中に引き込まれていたのだった。


「きゃっ……」


 勢いあまり、こつんとヴィンスの胸板で額を打ったドロテアだったが、ヴィンスに会えた嬉しさや驚き、そして彼から感じる張り詰めた雰囲気に、痛みなんて感じなかった。


「ハリウェル、ドロテアの手を無理矢理掴んでいたように見えたがどういうことだ。それに、ドロテアはお前に離すよう言っていたはずだが」


 声は荒げずに静かに怒るヴィンス。おそらく、昼間の件もあって周りに誤解を生むような行動をしたハリウェルに憤りを覚えているのだろう。


 そんなヴィンスに対して、ハリウェルはさぁーっと顔を青ざめると、腰を直角に曲げて深く頭を下げた。


「本当に申し訳ありません!!!! 偶然お会いしたドロテア様に昼間の件を謝罪したところ……心優しく許してくださった慈悲深き姿につい興奮してしまい……! 感動のあまり……何も聞いておらず、ひたすら手を……!」

「…………。そうなのか、ドロテア」

「は、はい。私が慈悲深いかどうかは分かりませんが……概ねはそうかと……」


 獣人は耳が良いが、室内にいると特別な加工のせいで廊下の声は聞こえない。

 おそらくヴィンスは書庫からほど近い執務室で仕事をしており、廊下に出た瞬間ドロテアの声を聞いて駆け付けてくれたのだろう。


「……そうか。状況は把握した」


 ヴィンスはぽつりとそう呟くと、ドロテアから少し離れて、未だに深く頭を下げているハリウェルを見下ろした。


「ハリウェル、昼間も言ったが、ドロテアを煩わせるようなことはするな。それと、周りに誤解を与えかねない行動も重々気を付けろ。いいな。──次はないぞ」

「は、はい!! 大変申し訳ありませんでした……!」



 その会話を最後に、ヴィンスはハリウェルにもう行けと命じて、その場は収束したように思えた、のだけれど。


(ヴィンス様……おそらくまだ怒っていらっしゃる)


 二人きりになった廊下。困っていたところを助けてくれたヴィンスにお礼を伝えなければいけないところだが、ドロテアはヴィンスに話しかけられないでいた。


 ヴィンスの表情はもちろん、張り詰めたように鋭く立ち上がった彼の尻尾に、彼の中に不穏な感情があることを察したためである。侍女時代に鍛えられたのであろう観察力が、今日は仇になった。


(……とはいえ)


 このままという訳にはいかない。

 いくら苛立っていても、お礼を言われて無下にするようなヴィンスではないだろうと、ドロテアは話しかけようと覚悟を決めた、そのとき。


「ドロテア、来い」

「えっ」


 ヴィンスの手に手首を捕われたドロテアは、そのまま彼の後ろを付いていく形となる。


 それからヴィンスは直ぐそこにある執務室に入ると、誰もいないことを確認してから、ドロテアにソファに座るよう命じた。


「ヴィンス様、もし宜しければお茶の準備を──」


 そして、侍女としてのクセで、何気なくドロテアがそう声をかけると。


「いい。とにかく座れ」

「……っ、は、い」


 ギラついた琥珀色の瞳に、いつもより抑揚のない声色。有無を言わさぬ雰囲気のヴィンスに、ドロテアは少し肩をビクつかせてから、ソファの端っこにちょこんと腰を下ろした、のだけれど。


(ヴィンス様……想像していたより怒っている──!?)


 もうドロテアの背中は冷や汗でびちゃびちゃだった。服を雑巾のように絞ればポタポタと滴る程だろう。


(もしかしたら、私にも怒ってる? ハリウェル様に手を離していただくための言い方が甘いとか、婚約者としての自覚が足りないとかそういう……)


 ヴィンスにはときおり意地悪は言われるけれど、それはお菓子なんかよりも甘美なものだ。

 所謂怒りというものを彼にぶつけられたことがなかったドロテアは、どうしたら良いのだろうと両手で胸の辺りを押さえる。


 しかし、その時だった。


「……ふぅ、ドロテア」


 深く息を吐いてから、先程よりも少し穏やかな声で名前を呼んだヴィンスはドロテアに近付くと、彼女の膝を枕代わりにしてソファに横になったのだった。


「……!? ヴィンス様……っ!? な、何を……!」

「……ハリウェルのせいで今日はどっと疲れた……悪いが、少し休ませてくれ」


 真上にいるドロテアを見てそう言ったヴィンスは、ごろりとドロテアの方に寝返りを打った。


「……っ、ヴィンス様……! お疲れならばお部屋に戻ってベッドで眠ったほうが宜しいかと……!」

「お前の膝枕のほうが疲れが取れる」

「〜〜っ!? それならばせめて反対を向いていただけると……!」


 懇願するような声色で頼むドロテアに、ヴィンスは視線だけをドロテアに寄こして、ふっと小さく微笑んだ。


「嫌だ」

「いっ、嫌ですか……っ!?」

「ああ。だってこっちを向いたほうが、俺はお前を感じられるし、ドロテアは恥ずかしいだろう?」

「……!? い……意地悪です、ヴィンス様……」


 真っ赤な顔をしてドロテアがそう言うと、ヴィンスは「どこが」としれっと答えた。


「……これでも、本当は押し倒してしまおうかというくらいには嫉妬で頭がどうにかなりそうなんだ」

「……っ!?」

「それを膝枕で我慢している俺は、寧ろ紳士だと思うが?」


 なんて、自分で言っておきながら「紳士なんて柄でもないがな」とポツリと呟くヴィンス。


 ドロテアは不安の沼から一転して甘い沼に落とされて、もうたじたじだった、のだけれど。


「ドロテア……さっきは怖がらせたな。済まなかった」

「えっ……いえ、そんな……!」


 そんなふうに謝られてしまえば、ドロテアも本来言わなければいけないと思っていた言葉がしっかりと頭の中に浮かぶわけで。


「私こそ、ヴィンス様の手を煩わせてしまって申し訳ありません……」

「あれは全面的にハリウェルが悪いから気にしなくていい。……それに」


「嫉妬したのは俺の勝手だしな」と囁いたヴィンスに、ドロテアはどうしようもなく切ない気持ちになった。好きな相手に対して嫉妬するのは別に普通の感情だと思うから。


 けれど、ヴィンスがそう思ったのは、ドロテアがきちんと思いを伝えていないからというところが大きいのだろう。

 その自覚があるドロテアは、恥ずかしさのあまり告白ができない代わりに、これだけは伝えなければと口を開いた。


「ヴィンス様に嫉妬してもらえるのは……とても、嬉しいです」

「…………!」

「……っ、だから、勝手なんかじゃありません……」


 両手で顔を覆いながら、必死に紡いだドロテアのそんな言葉。


 ヴィンスは「本当にたまに凄いことを言う……」と呟いて、男の本能──ラビン曰くがおーが出ないように、片手でそっと顔を押さえた。



 その後は、冷静さを取り戻したヴィンスが怖がらせたお詫びにもふもふを許すと、ドロテアは花が咲いたように笑って、彼の耳と尻尾をもふもふしたのだとか。


「ふふ、もふもふ……幸せです……ふふっ」 

「……本当に嬉しそうに触る奴だな」

「……ふへへ、ふわふわ、もふもふ……ぐふふ……」

「聞いちゃいないか」

読了ありがとうございました♡

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