41話 可愛い二人に囲まれて幸せ
◇◇◇
ヴィンスとハリウェルの話し合いが終わった頃。
一方でドロテアは現在、ディアナの部屋でお茶を共にしていた。
つい数分前までは部屋で読書をしていたのだが、物凄い勢いで部屋に来てくれたディアナに、お茶をしようと誘われたのである。
「お義姉様! ハリウェル様に勘違いで求婚されたって聞きましたわ! 勘違いとはいえお兄様がかなりお怒りの様子だったとか! お義姉様のお心は大丈夫ですか……っ? 私、心配で……!」
「ディアナ様落ち着いてくださいませ……!」
ナッツとディアナ付きのメイドがお茶や菓子の準備をしている間、いつもより大きな声で問いかけてくるディアナ。
どうやら、お茶に誘ってくれたのは、先程の件でドロテアが傷付いてはいないかと心配してくれていたらしい。
「怒ったお兄様は怖くありませんでしたか……!? 勘違いとはいえ、皆の前で抱き締められたり、求婚をされて、嫌な気持ちになったりとかは……っ」
「ディアナ様……なんてお優しいのでしょう……」
余程心配してくれているのだろう。いつにもましてピクピクと黒い耳が動き、眉尻を下げた様子のディアナに、可愛い……! と思いつつ、ドロテアは緩んだ思考を切り替える。
これ以上、ディアナに心配をかけさせるわけにはいかなかったから。
「実際、抱き着かれて求婚されたときは何事かと思いましたが、突然過ぎて嫌な気持ちより驚きのほうが強かったです。それに、結果的にはハリウェル様の勘違いだったわけですし、今は何とも。ヴィンス様のお怒りの様に関しては……むしろ……」
「むしろ?」
これをどう伝えたら良いのだろう。上手く言語化ができる言葉が見つからないと思いつつ、ドロテアは出来る限り思いを言葉に乗せたのだった。
「嬉しい……といいますか」
「嬉しいですか……?」
「はい。普段あまり感情的に怒ったヴィンス様を見ることがないので、そういうお姿を見られたこととか、その、改めて私のことを本当に好いてくださっているのも、感じた、といいますか……っ」
「はいっ! はいっ! それで……!?」
前方には、黒い尻尾をブンブンと振って目をキラキラとさせるディアナ。
後方からは物凄い強さの風を感じ、おそらくナッツが興奮して尻尾をぶりりんっと振りまくっているのを察しながら、ドロテアは言葉を続ける。
「その、もしや、やきもちを焼いてくださっているのかと思うと、僭越ながら嬉しくなってしまって……」
「きゃー!! お義姉様可愛いですわー!! 胸がキュンってしますわーー!!」
「ディ、ディアナ様落ち着いてくださ──って、ナッツ! 貴方も落ち着いて……! 風が……っ、すごっ」
それからディアナの興奮は最高潮に達したのか、「お兄様きっと、お義姉様から、やきもちをされて嬉しかったなんて聞いたら、嬉し過ぎてこうですわ!」と言うと、両手を出して指先を少し曲げる。
そして、鈴がなるような声で「がおーですわっ」なんて言ってライオンのマネをしているディアナに、ドロテアの心臓はギュンッと音を立てた。
「殿方は好きな女性があまりに愛おしいとき、つい、がおーっとなるから気を付けてくださいねと、前にラビンから聞いたことがありますから──って、お義姉様?」
胸を押さえるドロテアに、ディアナはきょとんとすると。
「狼なのにライオンなのがまた堪りません……ディアナ様が……可愛過ぎて……動悸が……」
「えっ? 大丈夫ですか……!?」
「はい……国宝級です……何度でも見たいくらいです……」
「そんなにですか!? ふふ、それなら今度ラビンにもしてみようかしらっ」
「とっっっても良いと思います……」
(きっとラビン様は、ディアナ様の可愛さにしばらく使い物にならなくなるのでしょうが。まあ、ご自身でディアナ様にお教えしたのですから、致し方ありませんね)
ドロテアでさえディアナのがおーポーズに悶絶したのだ。おそらくラビンは凄いことになるだろうが、それはまた別の話である。
それからしばらく、ディアナの部屋では可愛らしい時間が流れた。
耳をピクピクさせてキャッキャと騒ぐディアナに、ブンブンと尻尾を振り回して「ぷきゅうっ」と鳴いているナッツは、この世のものとは思えないほど可愛いのは言わずもがな。
(可愛いに包まれて、何て贅沢で幸せな時間……)
これでもふもふも自由に出来れば……! と思わなくはないが、それはさておき。
「……あっ、あの、お義姉様」
その少し後のこと。落ち着きを取り戻したディアナが何だか恥じらうようにして話しかけてくるので、ドロテアは小首を傾げて「はい」と答えると。
「先程の騒動のとき……その、ラビンが活躍したのだとか……その、えっと……」
ぶんぶんぶん。言いづらそうにしているが、黒いフサフサの尻尾がディアナの感情を現している。
おそらく、ドロテアの心配が無くなった次は、好きな相手──ラビンの活躍を聞きたいのだろう。
(は、恥じらう姿も、なんて可愛らしいのでしょう……! ああ、尻尾も恥じらって揺れている気がする……! もふもふ……じゃない!)
つい手が伸びてしまいそうな自身の欲求を必死に抑えつつ、ドロテアは求婚騒動のときのラビンの活躍について話していく。
すると、ドロテアの話を聞き終わる頃には、ディアナは満面の笑みを浮かべていた。
「ラビン大活躍ですわ!」
「はい、何だかとても逞しかったですよ。あのままハリウェル様が勘違いを口にし続けては、ハリウェル様自身がもっと恥をかいてしまいますし、私やヴィンス様もより困惑してしまっていたでしょうから」
「ふふっ、ラビン、格好良いです……!」
嬉しそうに頬を緩ませるディアナに、ドロテアもつられて笑う。
そんな中で、ドロテアはふと思った。
(……ディアナ様とお話していると、無性にヴィンス様に会いたくなる)
二人が兄妹で、似ている部分があるからだろうか。それとも、先程ヴィンスの話をしたからだろうか。
──どちらにせよ。
(ヴィンス様に会いたいな……)
やきもちをされるのも嬉しいけれど、いつもみたいにあの余裕を浮かべた蠱惑的な瞳で見つめてもらいたい。聞き心地の良い低い声で、ドロテアと名前を呼んでほしい。
(それに、そろそろ、キスも──って、何を考えているの私は……!)
ドロテアは独りでにぶんぶんと首を横に振ると、突然のことに心配そうな面持ちで見てくるディアナに対し、大丈夫だからと口にする。
(あ……)
そしてその瞬間、ドロテアはとても大切なことを自覚したのだった。
(キス云々の前に……私まだ、ちゃんとヴィンス様に思いを伝えられていないわ……!)
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