4話 黒犬の騎士様?
五年前までは行儀見習いとして働いていたので、ドロテアは王城というものに慣れていたつもりだったのだけれど。
「本当に広いですね……」
作りはサフィール王国の王城と似たようなものだが、それにしたって倍は広い。
ぽつりと漏れてしまった言葉に、一歩前を歩くレスターが答えた。
「はい。王の間は一番奥ですから、十分は歩くかと」
「なるほど。ありがとうございます」
ご丁寧にトランクまで運んでくれるレスターは、どうやら優しい青年らしい。民はまだしも、王に近い存在とあればシェリーの発言も知っている可能性が高いため、冷たい仕打ちを受ける覚悟をしていたのだけれど。
(レスター様は、ことの詳細を知らない? けれど、それにしては物凄く周りから見られるのよね……)
騎士や文官と擦れ違うたびに、ぎょっとした目で見られていることに気付いているドロテアは多少居心地が悪い。
人間の女だからか、はたまた大切な姫様を愚弄した人間の姉だからか。それは分からなかったけれど、これくらいは我慢しなければ。ドロテアが表情を変えずに歩いていると、レスターが歩く速度を緩めて隣を歩き始めたので、ちらりとそちらを見やる。
「失礼ですが、このトランクには一体何が?」
「ああ、ご安心ください。怪しいものは何も。私が準備できる、陛下と姫様への謝罪の品でございます」
「…………ほう」
(……ん? 何か今、レスター様の雰囲気が……)
先程までの雰囲気とは違う、少し圧があるように感じたが、それは一瞬のことだったので、ドロテアはさほど気にしなかった。
「事前に中身をご覧になりますか? 怪しいものだという判断でしたら、破棄していただいて構いませんし」
「……いえ。わざわざ妹殿の代わりに謝罪に来た貴方が変なことはしないでしょう?」
「……はい、それはもちろんですが……」
どうやらレスターは、細やかな事情まで知っているらしい。もしや、この風格は、一介の騎士なのではなく、王の側近、もしくは姫の護衛騎士だからと考えると、ドロテアは腑に落ちた。
「それにしても、貴方も大変ですね。サフィール王国の聖女は性格が中々に難ありだという噂を聞き及んでいますが、まさか他国にまで謝罪に来るとは。妹殿の尻拭いはこれが初めてではないのでしょう?」
「……! よくご存知ですね」
「そりゃあ、大切な姫様を愚弄した者の身内のことくらいは調べるさ」
「……っ」
まただ。また、雰囲気が変わった。気を抜いたら腰が抜けてしまいそうなそんなレスターの圧に、ドロテアの額には汗が滲む。
(当たり前だけれど、そりゃあ怒っているわよね……)
獣人は身内や仲間を大切にする種族。国王だけでなく、家臣が怒り狂っていても何もおかしな話ではないのだから。
ピタ、とドロテアは足を止める。偶然にも周りには騎士や文官がおらず、このだだっ広い王城の廊下で二人きりとなった中で、ドロテアはレスターに対して深く頭を下げた。
「大変申し訳ありませんでした。暴言についてはもちろん、妹本人を連れてこられなかったことも、妹の我儘をどうにか出来なかったことも、大変申し訳なく思っております」
「……何故、俺に謝罪を? もしかして怖かったですか?」
ドロテアはゆっくりと顔を上げると、ふるふると頭を横に振った。
「少し怖かったのは事実ですが、謝罪したのは怖かったからではありません」
「では何故?」
「姫様への暴言で傷付いているのは、姫様だけではないと思ったからです」
「………………」
レスターは黄金の瞳をすっと細める。その瞳に射抜かれたドロテアは、慎重に言葉を選んだ。
「家族や仲間を大切にする心優しい獣人の皆さんは、姫様が傷付かれたら同じように傷付くのではと思いました。少なくとも、レスター様からは、怒りと同様に悲しみを感じました」
「………………」
「……本当はこの国に来るまでの間、許しを得るためにどう交渉しようか色々考えました。獣人国が我が国との貿易により有利に進められるよう、私の持ち得る知識を全て渡そうかとか、関税を下げさせたいとお望みならば、どのような品ならばその要望が叶いやすいかお伝えしようか、とか」
「待て。それは貴女の独断でか? 何か学んでいるのか?」
「知識を得ることが趣味でして……権限はありませんが、お役に立てるかと」
もちろんドロテアは一介の子爵令嬢なので、確約はできない。けれど、自身の持ち得る知識には自信があった。多少は役に立てるかもと思ったのだ。
けれど、考えているうちにドロテアは我に返った。
姫が事を荒立てず、国王がシェリー自身に謝罪を求めた、その理由を。
「けれど、そんな政治的なことを求めているならば、今の状況にはなっていないはずです」
「………………」
「代わりの私では、完全に怒りを鎮めていただくのは難しいでしょう。……でも」
ドロテアは再びゆっくりと頭を下げた。
思わず見てしまうほど美しいその姿に、レスターの黄金の瞳の奥が少し揺れる。
「怒りは、その人の心を蝕みます。私の謝罪で、ほんの少しでも皆様の心の傷が浅くなればと、そう願わずにはいられないのです。貴方方の大切な姫様を、愚弄したこと、大変申し訳ありませんでした」
「…………お前……」
レスターは顎に手をやると、何やら考える素振りを見せる。
しばしの沈黙を解いたのは、レスターの「顔を上げてください」という柔和な声だった。
「貴方の気持ちは分かりました。しかし、陛下や姫様が貴方の謝罪を受け入れてくださるかは分かりません」
「……もちろんです」
「それに陛下には冷酷非道という噂があるのはご存知ないのですか? 殺されるかもしれませんよ」
「いえ、それはないと思います」
「…………! ほう、それは何故?」
レスターの問いかけられ、ドロテアは曇りのない瞳で彼を見つめた。
「まず姫様が事を荒立てないよう配慮してくださったこと。大切である姫様のその気持ちを、陛下は汲むのではないかと思いました。争いを仕掛けず、謝罪の要求も、妹本人ではなく、私が謝罪する場も設けてくださったことからも、血も涙もないような方とは思えません。どころか、こう思えてならないのです。……陛下は、とてもお優しいお方なのではないかと」
刹那の沈黙。先程はレスターが破ったものの、その静寂はしばらく続くが、それは突然解かれた。
「あはははははっ!!!!」
「…………!?」
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