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39話 そこに現れたのは……?

 

 建国祭の次の日、ドロテアたちは馬車に乗って獣人国へ帰路に就いた。


 獣人国に到着してからはディアナやラビン、使用人たちにお帰りなさいと出迎えられ、胸がほっこりと温かくなったのは記憶に新しい。


 ……と、そんなドロテアだったが、帰国して次の日から早速仕事に励むヴィンスを支えようと執務室に足を運ぶと、あまりの悲惨な状況に目を瞠った。


「……ヴィンス様、凄い量ですね」

「ドロテアが来るまではこういう状況も珍しくなかった」

「わ、わぁ……」


 まるで書類に埋もれてしまいそうな文官たち。書類の山からはラビンの耳だけがひょっこりと見えており「た、たすけ、て……」なんて声が聞こえてくる。


「ヴィンス様……! ラビン様が書類の山に埋もれてしまっています……! 早くお助けしないと……!」


 ドロテアがそう言うと、ヴィンスはふっと笑ってから「問題ない」と口にしたのだった。


「おいラビン、ディアナが心配そうに見ているぞ」

「姫様……!? 心配は無用です! 私は無事で……って、また嘘を言いましたねぇぇぇ!?」

「………………。ふふっ」


 ディアナの名前を聞いて飛び出たラビンに、ドロテアは口元を隠すようにして笑みを零す。

 それにつられるようにヴィンスも小さく笑みを浮かべると、ドロテアたちは互いの顔を見合わせてから書類に取り掛かるのだった。



 ◇◇◇



 書類の山と格闘してから三日後のこと。 


「ドロテア様、久しぶりにモルクードをお入れしました!」 


 この三日間まともに休憩をせずに働いていたドロテアは、ヴィンスから休むよう言われ、自室で寛いでいた。


「ありがとう。ナッツが初めて入れてくれた紅茶ね……ん〜良い香り」 

「お菓子も沢山用意してありますよっ! 沢山お仕事をしてお疲れだと思いますので、甘いものを食べて身体を癒やしてくださいませ!」 

「ナッツ……!! なんて良い子なの……」


 甘いものを食べるよりもナッツを見ている方が、欲を言えば耳と尻尾を触れたらもっと癒やされるのになんて思いながら、ドロテアはケーキを一口ぱくり。

 甘みが身体に染み渡り、ホッと一息つく。


 その時、コンコンというノックの音にナッツが扉を開け対応すると、そこには見慣れた彼の姿があったのだった。


「ドロテア様、陛下がいらしています」

「ヴィンス様が……? 直ぐにお通ししてくれる?」

「かしこまりましたっ!」


 一体何の用だろうかと疑問に思ったものの、ドロテアは無意識に髪の毛を整える。


 それからヴィンスは「少しの間だけ下がっていろ」と言って人払いを済ませると、扉を締めた彼にドロテアは駆け寄った。


「どうされました? あ、先ずはお茶をお入れしないと……」

「いや良い、もう少しで辺境地から一部の騎士が戻って来て会いに行かないといけないからな。手短に用件だけ話す」


 そう言ったヴィンスはずいと書類を差し出すと、ドロテアはそれを見て「あ……」と声を漏らした。


「婚約誓約書……今日届いたのですか……?」

「ああ、今さっきな。本来ならばドロテアの両親が手続きをしなければならないが、先日の件でランビリス子爵家自体がどうなるか分からないだろう? だから、事前にサフィール国王にこの書類の手続きをどうにかしろと言っておいた。二つ返事で了承していたな」

「なるほど……」


 確かに王家の蝋印が押されていることから、正式に受理されている証拠である。


「じゃあこれで……正式な婚約者……」


 書類を手にしながら、俯きがちにそう言ったドロテアの声色はやや覇気がない。というよりは、心ここにあらずという感じだった。


 ヴィンスはドロテアはじっと見つめてから、もしや、と声を掛けた。


「家族のことを考えているのか?」

「えっ?」

「家族のことを考えているから反応が薄いのかと思ったが、違ったか?」

「それは……」


 確かにドロテアは獣人国に帰ってきてから、家族のことが何度か頭を過ぎった。

 だが、あまりにも仕事が多すぎたことと、家族のことを考えても彼らの罪も罰も何も変わることは無いのだと思うと、少しずつ考えなくなっていった。


(……けれど一番は、泣いたから、かしら)


 ヴィンスの前で泣きじゃくったことは、今思い出すと恥ずかしいに尽きる。

 けれど、あのとき泣いたおかげで、ヴィンスが泣かせてくれたおかげで、ドロテアの心は救われたのだ。


「ヴィンス様、違うんです……そうじゃないんです」


 ドロテアは首を横に振ってから、ゆっくりとした動きでヴィンスを見上げる。

 そうして、一度キュッと唇を結んでから、恥ずかしそうな声を紡いだ。


「ヴィンス様と正式な婚約者になれたのだと思うと、嬉しくて……」

「……っ」

「ですからその、喜びに浸っておりました。申し訳ありま──きゃっ」


 瞬間、ドロテアの背中には凛々しい腕が回され、力強く抱き締められる。


「ヴィンス様……!?」


 ぎりぎり痛くない程度の力で抱き締められ、困惑しているドロテアは、ヴィンスの胸辺りをポンポンと優しく叩いた。


「えっと、どうされたのですか……?」

「……ほんと、お前はたまに無自覚で可愛いことを言う」

「えっ? かわっ? え……っ!?」


 ヴィンスが何を可愛いと指しているかドロテアには分からなかったが、もはやそんなことはどうでも良い。

 抱きしめられた腕の温もり、胸元から聞こえるヴィンスの心臓の鼓動の高鳴り、耳元に微かに触れる彼の吐息に、ドロテアは緊張と羞恥で息が止まりそうだった。


「あの、ヴィンス様、一旦離してくださ──」

「だめだ、と言いたいところだが……そうだな」

「……!」


 珍しくすんなりと解かれた腕。ドロテアはほんの少しの寂しさと安堵を同時に感じながらヴィンスを見つめると、彼の瞳が熱を帯びていることに気付いてしまった。

 その瞬間、何かを予期したのか、心臓がドクリと激しく脈打つ。


「……なあドロテア、前にデートをしたときに俺が言ったことを覚えているか?」

「どのことでしょう……?」

「ちょうどドロテアくらいの背の高さが好きだと言ったことだ」


 そういえば──……と思い出したドロテアは、コクリと頷く。


 しかし、それが今、何の関係があるのか分からずにいると、しれっと顎を掬われていたドロテアは聡明故に、理解してしまったのだった。


「……これくらいの身長差の方が、しやすいだろう?」

「〜〜っ!?」

「煽った責任はしっかり取れよ、ドロテア」


 ドロテアの顔に、いつの間にか影ができる。

 吸い込まれそうなほど美しい琥珀色の瞳が近付いてきて、ドロテアはそっと目を閉じた。



 ──のだけれど。


「ドロテア様〜!! そろそろお茶のおかわりを、って、ぷきゅうううう!! 申し訳ありませんんんっ!! お邪魔してしまいましたァァァ!!」


 ──バタン。


「………………」

「………………」


 まるで嵐のようなナッツの登場、そして退場に、ドロテアは一瞬キョトンとしてから、ぷっと笑みを零した。


「ふふっ、何度目でしょうね……っ、こうやって寸止めになるの……っ、タイミングが奇跡的過ぎて笑えてきてしまいます」

「……笑えん。俺は全く笑えん」

「ふふ、申し訳ありません、笑ってしまって……ふふっ、ナッツのことは私が注意しておきますから、どうか叱らないであげてくださいね……っ、ふふっ」

「笑い過ぎだろう」


 一度目は鷹の獣人の少年に、二度目はラビンに、三度目はナッツに。

 こんな偶然が起こるのは天文学的な数字なのではないかと思うと、ドロテアはなんだかおかしくて、しばらく笑い続けた。



 ──そうして、ドロテアの笑いが落ち着いた頃。


「せっかくだから、今日帰還する騎士たちを一緒に見に行くか?」

「宜しいのですか?」


 ドロテアは休めと言われていた手前言い出せなかったのだが、本当は帰還する騎士たちに会ってみたかったのだ。

 というのも、国を守ってくれている防衛の要である騎士たちに感謝の気持を伝えたかったことと、将来王妃になる身として、出来れば彼らに顔を覚えてほしかったからである。


「まあ、軽く挨拶をするだけだから、それほど疲れることもないだろ。それに、正式な婚約者になったからには、今後外交などの公務も手伝ってもらうことになる。社交も増えるだろうから、ドロテアに一人専属騎士をつけようと思っていたところだ。そいつも紹介する」

「騎士様を? はい。かしこまりました、ヴィンス様」



 それからドロテアは、移動の最中どんな人物が自身の専属騎士になるのかを聞きながら城内を歩いた。

 それからヴィンスと共に正門の前で騎士たちの到着を待つと、ものの五分程度で現れた、総勢百名ほどの騎士たちにドロテアは挨拶代わりに軽く頭を下げていくと、一人の男がヴィンスの前で片膝をついた。


(ヴィンス様に挨拶をしているってことは、あの方が部隊長ね。ということは、私の専属騎士になってくださるという……)


 白銀の髪に、やや気だるそうな垂れた目。白い三角の耳に、しっかりとした白い尻尾。

 眉目秀麗ではあるものの、まるで似ても似つかぬ容姿──正真正銘ヴィンスの従兄弟の、白狼騎士、その人である。


(名前は確か……ハリウェル・ロワード様)


「ハリウェル、ご苦労だった。数日休暇を取った後、俺の婚約者の護衛に当たって欲しいんだが、構わないか?」 

「仰せのとおりに」


 ハリウェルは片膝をついてヴィンスとの挨拶を終えると、次はドロテアの前で片膝をついた。


「ハリウェル・ロワードと申します。先程陛下から専属騎士の命を拝命致しました」

「辺境地での活躍、耳にしています。この国を守ってくださって、本当にありがとうございます。……と、そういえば名乗っていませんでしたね、失礼いたしました。私の名前はドロテア・ランビリスと申し──」

「ドロテア・ランビリス……?」


 顔を上げ、こちらを見上げてくるハリウェル。

 ドロテアはどうしたのだろうかと、笑みを浮かべながら「……? はい」と答えると、それは突然だった。


 ハリウェルは素早く立ち上がると、思い切りドロテアを抱き締めたのだった。


「ドロテア……!! 私です……! ハリウェルです……!!」

「えっ……!?」

「ずっと君に逢いたかった……!! 私の運命の人……! 結婚してください……!!」


「…………。はい?」



 〜第一章 完〜

読了ありがとうございました!

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