37話 手紙の二枚目
(二枚目って……何……?)
ケビンは一体何を言っているのだろう。手紙は一枚しか存在しないと思っているシェリーは口をぽかんと開けてから、震える唇を必死に開かせた。
「そんなの知りませんわ……? 手紙は一枚で……私への叱責と……お姉様が優秀だってことと……自宅謹慎令のことと……他にも罰を与えるからということしか、書かれて──……」
「それは一枚目だ! 二枚目を……どうして読んでいないんだ……っ」
「…………あっ」
そこでシェリーは、手紙を読んだ日の夜のことを思い出した。
(そうだわ……たしかあの日は窓を開けていて……強風が吹いて……それで……)
さぁっと、シェリーの顔が青ざめていく。
もしかしたら、ケビンの言う二枚目の手紙は、部屋の外に飛んでいってしまったのかもしれないと思ったからだ。
「そ、その手紙には……何て書いてありましたの……?」
しかしそれを確認する術はない。
だからシェリーは、ケビンが先程から口にする手紙の二枚目に何が書かれていたのか問うと、ケビンは頭を抱えて重たい息を吐いてから、おもむろに口を開いたのだった。
「前回会いに行ったときに、君を馬鹿女だと罵ったことに対する謝罪だ」
「…………!」
「……この前も言ったが、女性が男性よりも優秀であってはならないという考え方は、私たち王族の負の遺産だ。それに従い、見目が美しい者に『聖女』の称号を与え祭り上げたのも、我々王族がしたことだ」
確かに今までシェリーの我儘や、ディアナやヴィンスへの暴言は許されるものではない。
サフィール王国からドロテアが居なくなるという損失だって、シェリーがもう少しまともな性格であったならば起こらなかったことだろう。
全てを国や環境のせいにするには、シェリーは愚か過ぎた。──けれど。
「だからシェリー、君が異常なまでの美貌に対する自信を持ち、愛されて当然だという傲慢さや、我儘は必ず通るべきという考え方を持ったのは、我々王家の責任でもある」
「ケビン……様……」
「もちろん君自身の責任が一番多い。幼子ならまだしも、もう君は立派な貴族令嬢だからだ。だが私も……聖女を廃止しようという話が出るまで、君の美しさを理由に全てを許してきた。愚かなのは、私も一緒だ」
眉尻を下げて語るケビンに、シェリーは上手く声が出ない。
「……手紙の続きには、こう書いた。頼むから家で大人しくしていてくれ。出来るならばシェリーにもやり直す機会を与えたいため、陛下には可能な限りの穏便な処分をと頼んだから、と。私は先人たちの過ち、そして自らの過ちを悔い、これから国のために身を粉にして働くつもりだからと。聖女の称号は廃止となっても、シェリーだけが割りを食わないよう、出来るかぎりのことはするつもりだから、と」
「……それって……」
「……陛下の許しが出るならば、婚約破棄はしないつもりだった。それが叶わないのならば、出来るだけ良縁を探してやるつもりだった。……せめてもの罪滅ぼしのつもりで」
「だが……」とポツリと呟くケビンは、ヴィンスとドロテアの方に振り向いて深々と頭を下げてから、再びシェリーへと向き直った。
「もう庇いきれない。……悪いが、婚約破棄だ、シェリー」
「ま、待って、待ってケビン様……!!」
シェリーは急いで立ち上がると、ケビンの胸元へと縋り付いた。
けれどその手は優しく払い除けられ、シェリーはその場にずるずると尻餅をつく。
──どうして、こんなことに。
ぺたりと座り込んで、シェリーはそんなことを思う。
ヴィンスがドロテアのことを物珍しくて選んだわけじゃないことくらい、流石にもう分かる。
あの優しかったドロテアが憤怒するくらいに、ヴィンスのことを大切に思っていることも、ケビンが王族として、婚約者だったシェリーのために色々と手を尽くそうとしてくれていたことも。
周りの視線や声から、シェリーが『聖女』という称号にどれだけ守られていたのかも、これから優秀な女性が重宝されるとするならば、シェリーに出る幕がないことも。……いや、それ以前に、もう表舞台に出られないことも、感覚的に理解出来た。
「……っ」
コツコツとヒールの音が響く。その音にシェリーがゆっくりと顔を上げると、そこに居たのはしゃがみこみ、眉尻を下げた切なそうな表情のドロテアだった。
「何よ……どうせ私のこと、ザマァみろって思ってるんでしょう?」
「違うわ」
「じゃあ何よ……っ、可哀想だって哀れんでるの?」
シェリーの問いかけに、ドロテアはふるりと横に頭を振った。
そんなドロテアはゆっくりとシェリーの頬に右手を伸ばしていく。
先程叩かれそうになったこともあってシェリーがギュッと目を瞑るが、予想していた衝撃が来ることはなかった。
どころか、あまりに優しい手付きで頬にピタとドロテアの手のひらが触れ、何故かシェリーの目頭はじんわりと熱くなっていく。
「貴方に謝らないといけないことが二つあるわ。一つは、さっき叩こうとしてごめんなさい。怖かったでしょう?」
「……っ、何で、なん、で、お姉様が……っ」
震える声で、シェリーは問いかける。ドロテアは悲しそうなのに、どこか温かな眼差しをシェリーに向けたまま、「もう一つは──」と話し始めた。
「シェリーがこんなことになってしまった原因の一つは、私が貴方の尻拭いをしてきたせいね。そのせいで、シェリーの我儘を助長させてしまったのだから」
「な、んで……っ」
「……ごめんね。シェリー。こんな姉を、どうか許してね」
今にも泣きそうなほど悲痛な顔で、そんなことを言ったドロテア。
それは、シェリーの心に渦巻いていたどす黒くて歪な塊を少しずつ砕いていった。
「……っ、だから!! どうして、グスっ……何も悪くないお姉様が、謝るのよぉ……っ!」
──謝るのは、どう考えたって私の方なのに。
その瞬間、ピキッと、シェリーの中で何かが割れる音がした。
「ごめんなさぃ……今までごめんなさいお姉様ぁ……っ」
「シェリー……貴方……」
わんわんと大粒の涙を流しながら、謝罪を口にするシェリー。
嗚咽混じりにヴィンスのへの謝罪、ケビンへの謝罪も口にする姿に、ドロテアは堪らずシェリーを抱き締めて、何度も何度も背中を優しく擦った。
「……分かった、分かったわ、シェリー」
「うわぁぁぁぁんっ…………!!」
シェリーが最後に心から謝罪をしたのはいつだっただろう。少なくとも聖女の称号を賜ってからはなかったように思う。
ドロテアはそんなことを思いながら、シェリーを抱き締めつつ、少し距離のある位置からこちらを見ている両親に視線を向けた。
「お父様とお母様も、こちらへ来てください。どうか、シェリーの傍に」
「……っ、ああ」
「ええ……っ」
ドロテアに呼ばれて慌ててドロテアとシェリーのもとまで走って来た両親は、床に膝をつくと互いの顔を見合わせる。
今までドロテアは妹と比べられ、肩身の狭い思いをしてきた。何度も尻拭いを命じられ、腹を立てていてもおかしくないし、今だってシェリーの身を案じずとも、誰一人ドロテアを責めたりしないだろう。それだというに。
それは、「ドロテア……」と、震える声で父親が娘の名を呼んだ直後のことだった。
両親がドロテアに向かって頭を下げたのは、まるで女神のような崇高なドロテアの姿に、親としての不甲斐なさを痛感していたからであった。
「……今まで申し訳なかった……! ドロテア……お前には今まで苦労ばかりかけて……酷いことを言った。本当に……申し訳なかった……」
「私も、本当にごめんなさい……貴方のような優しい子に、今までなんてことを……っ」
「……もう、良いのです。私は今、誰よりも大切にしてくれる方と出会えて幸せなので」
ドロテアは、ちらりとヴィンスを見やると、あまりに優しげな黄金の瞳に心が温かくなる。
けれど、ドロテアには両親とシェリーに言わなければならないことがあったため、シェリーから腕を解くと、両親と妹を力強い瞳で見つめたのだった。
「けれど、これだけは言っておきます。もう私は今後一切尻拭いはいたしません。自分たちの言動は全て、自分たちで責任を取ってくださいませ。……それと、シェリーが謝罪しようと、ディアナ様とヴィンス様への暴言は事実で、決して許されるものではありません。どんな罰が下るかは分かりませんが……覚悟はしておいてください」
そんなドロテアの言葉に、シェリーと両親は深く頭を下げる。
周りの貴族たちは皆、そんなシェリーたちの様子に驚きながらも、慈悲深く、そしてヴィンスの婚約者として堂々たる姿を見せたドロテアに、目を奪われていたのだった。
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