35話 シェリーの思惑、ヴィンスの怒り
(あら? 獣の割に結構いい男じゃない?)
ディアナの兄ということもあって、ヴィンスが整った容姿だろうとは予想していたシェリーだったが、実際に目にするとそれは段違いだった。
(ふふ。獣とはいえ、まあこの見た目なら、私と釣り合うかしら?)
──数時間前。
シェリーは両親と共にパーティー会場に入ってからというもの、目立たないよう目立たないよう徹底していた。招待状はあるため入場はできたものの、ケビンからは自宅謹慎を言い渡されていたからである。
しかし建国祭のパーティーには大量の貴族と来賓客が入り乱れる。王族は大量の客人から挨拶をされ、長時間身動きは取れない。
だから、相当目立った行動を取らない限り、シェリーの入場が王家にバレることはないと踏んでいたのだ。
中には「今日は殿下にエスコートしていただけないの?」なんてことを尋ねてくる令嬢はいたが、多忙だそうだから遠慮をしたと言えば、事なきを得た。もちろん、いつものシェリーらしからぬ発言に驚きはされたけれど。
「シェリー・ランビリス子爵令嬢が、俺に何のようだ」
「やだヴィンス様ったら! どうぞシェリーとお呼びください!」
「…………で、何のようだ」
目尻をぴくと動かしたヴィンスに、シェリーはにこりと微笑む。
(ふふっ、顔が強張ってるわ? もしかして私の美貌に驚いているのかしら? 可愛いところがあるじゃない!)
シェリーは小首を傾げて「うふふっ」と声を漏らすと、バルコニーの手摺に凭れ掛かるヴィンスの隣へとひょこひょこ歩いて行く。
ヴィンスの前でくるりと一周し、揺れる美しい髪、薄っすらと見えたはずの項で彼を誘惑すると、明らかな上目遣いで話し掛けた。
「あのヴィンス様? お姉様に求婚したというのは本当なんですの?」
「そうだが」
「あら〜びっくりですわ? そんなに人間の女が珍しかったのですか?」
「は………………?」
シェリーは、ケビンから手紙を受け取ってからというもの、ない頭で必死に考えたのだ。どうして、ドロテアがヴィンスに見初められたのか。
ケビンの話や手紙、状況を考えれば、少なくともその考えにだけは絶対至らないだろうに、シェリーは心底愚かだった。
かつシェリーは、自身のディアナに対する言動、そこからドロテアが獣人国に嫁ぐことになった重要性を、未だにからっきし理解出来ていない。
そんなシェリーに反省なんて感情が芽生えるはずもなく、ケビンからの叱責や自宅謹慎令の根源はドロテアにあると思いこんでいた。そして、ケビンから婚約破棄をされることも、まるで決定事項のように思い込んでいたのだ。
──だからシェリーは決めていた。
「そうですわよね? 獣人国にはあまり人間がいないのでしょう? お姉様みたいな見た目の女でも、興味が湧いてしまったのではないですか?」
「…………お前……」
「けれどヴィンス様? お姉様はやめておいたほうが良いわ? 少し頭が良いだけの売れ残りだもの。あれが未来の王妃だなんて、獣人国の恥になるんじゃないかしら?」
シェリーの言葉に、ヴィンスはやや俯いた。
前髪のせいでその表情を窺い知ることは出来なかったが、シェリーは、ヴィンスがドロテアを選んだことを後悔しているというふうに取ったらしい。
ヴィンスとの距離をつめ、飛び切りの笑顔で囁いた。
「……その点、私の美貌は見た通りですわ? ケビン様には最近辟易していたところでしたし……私がお姉様の代わりに王妃になって差し上げても良いですわよ? ね? 良い話でしょう?」
そう、シェリーは、ケビンに捨てられる前に、ヴィンスに乗り換えてやると決めていたのだ。ドロテアよりも何倍も魅力的な自分なら、十分可能だと思っていた。
どころか、ヴィンスが尻尾を振ってこの話に食いついてくるとさえ思っていたのだ。
(ふふっ。まあ獣っていうのはちょっとあれだけど、顔も良いし未来の王妃だものね? 我慢してあげるわ? ……何より、私よりも売れ残りのお姉様が幸せにしているなんて許せないもの)
女としてのプライド。生まれてこの方、ドロテアよりも愛されてきたという絶対的な自信により膨れ上がった醜い感情がシェリーの中で渦巻いて、それが卑しい笑みとなって現れる。
未だに俯いているヴィンスに、シェリーはにんまりと微笑んで、そっと手を伸ばした。
「ヴィンス様? お気持ちに素直になって? どう考えたって、少し頭の良い売れ残りのお姉様より、こーんなに可愛い私のほうが良いでしょう?」
鈴が転がるような声でそう囁いたシェリー。
同時にヴィンスはゆっくりと顔を上げ、二人の視線が交わった、その瞬間だった。
「戯言はもう終いか」
「えっ?」
「……お前、俺のドロテアを侮辱するとは……余程死にたいらしいな」
「ヒィッ……!!」
(なっ、なんで……何でこんなに怒ってるの!?)
釣り上がった黄金の瞳には、例えようのない程の怒りを孕んでいる。その瞳だけで、本当に人一人程度ならば簡単に殺められそうな程に。
「貴様のような愚かな女が今までもてはやされていたなんて、到底理解できないな。お前如きがドロテアのことを傷付けてきたのかと思うと……怒りで頭がどうにかなりそうだ。一応ドロテアの身内だからと大人しく話を聞いてやったが、もう聞くに堪えん」
「あっ……あっ……」
ケビンにも相当酷いことを言われたが、ヴィンスの言葉はその比ではなかった。
心の底から溢れ出る嫌悪感、怒り、そしてその見た目のせいか迫力があり、シェリーは恐ろしくて数歩、よたよたと後退る。
「俺が物珍しさにドロテアに求婚をした? 売れ残り? 少し頭が良いだけ? 獣人国の恥? ……ハッ。笑わせる。お前、姉妹だというのにドロテアとは何一つ似なかったんだな」
そうしてヴィンスは、シェリーを恐ろしいほど冷たい視線で射抜きながら、決定的な一言を言い放った。
「あまりに愚かで、可哀想な女だ」
「……!! ……かっ、可哀想……ですって!? この私が!? 可哀想って言ったわね!? 獣のくせに!!」
シェリーは我慢ならなかった。馬鹿だの愚かだの言われることもそうだけれど、ドロテアと比べて、可哀想だと言われることだけは。
(可哀想なのはいつも、私じゃなくてお姉様なんだから!!)
シェリーは表情を歪めて、キッとヴィンスを睨みつけた。
「獣のくせに調子に乗るんじゃないわよ!! あんたなんてね! こっちから願い下げなのよ!! あんな売れ残りのお姉様に求婚するだなんて、あんた頭おかしいんじゃないの!? そもそも、獣のくせに人間の言葉使うなんて変なのよ! あーもう! 気持ちわ──」
その言葉の続きが、バルコニーで響くことはなかった。
一つは、会場で生演奏が始まり、その音で搔き消されたから。それともう一つは──。
「シェリー貴方、ヴィンス様に向かって何を言っているの」
見たことがないくらいに自身を睨みつけてくるドロテアが、バルコニーに現れたからだった。
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