32話 どうして直ぐにバレてしまうの
ドロテアとヴィンスがサフィール王国に着いたのは、建国祭の前日だった。
数人の護衛や使用人と到着した二人は、サフィール王国側が手配してくれた高級ホテルで一夜を明かすと、次の日の午後から準備を始める。
ドロテアは付いてきてくれたナッツにお礼を言いながら、建国祭のパーティーに合わせたドレスに袖を通した。
「ドロテア様っ! 完成しました! とーっても! 美しいです〜!! 可愛い〜!!!!!」
「あ、ありがとうナッツ……! けど尻尾から凄い風が……っ、落ち着いて……!」
感情が爆発すると無意識にブンブンと尻尾を振り回すナッツ。
まるで嵐のような暴風にドロテアはさっと彼女から離れると、遠目から見えるナッツの可愛らしい姿にうっとりしてから、自身の姿を見やる。
「我ながら……これは中々……」
サーモンピンクのAラインドレスには、ところどころキラリとした宝石が散りばめられている。しかし淡い光であることから一切下品ではなく、ドロテアの顔つきもあってか上品な仕上がりだ。
髪の毛も後ろで編み込んでから斜め前に下ろし、ヴィンスの瞳と同じ金色の髪飾りでワンポイント。上品で、どこか魅惑的な女性の出来上がりだった。
「ありがとうナッツ、とっても素敵」
ドロテアが嬉しそうに頬をほころばせると、ナッツは耳をピクピクと反応させてからドロテアに駆け寄った。
「ドロテア様は何を着てもお似合いになりますっ!」
「そんなことは……」
「あります! 陛下から贈られた髪飾りもとってもお似合いですよ……!」
「あ、ありがとう」
今日の昼食の直後、「パーティーではこれをつけろ」と言って半ば無理やり渡された包み。
中を見ればヴィンスの瞳と同じ色で、それが何を意味するか大方理解ができたドロテアが顔を真っ赤にしたのは記憶に新しい。
それに、ヴィンスが追い打ちをかけてくるものだから。
(『ドロテアが俺のだという証だ』なんて、わざわざ言わなくともなんとなく察したのに……!)
しかも、ゾクリとしてしまうほど、蠱惑的な低い声を耳元でだ。
ドロテアは今思い出しても顔から火が出そうになるが、これから国の代表となるヴィンスの婚約者として建国祭のパーティーに出向くのだからと、一旦煩悩は他所へやる。
「それじゃあナッツ、私はそろそろ行ってくるからね。戻るのは遅いと思うから、今日は早めに休んでね」
「はい! 気を付けて行ってらっしゃいませ!」
笑顔で送り出してくれたナッツと別れてから、ドロテアは先にホテルの前に待機している馬車まで歩き始めた。
「ヴィンス様、お待たせいたしました」
外はもうすっかり暗い中で、馬車の前には正装に身を包んだヴィンスが既に待っていた。
(今日は一段と格好良い……)
そんなことを思いながらヴィンスの目の前で立ち止まると、何やらじいっと見つめられたドロテア。
一体何だろうと思っていると、ヴィンスの視線が髪飾りにあることに気づいてしまい、ドロテアはぱっと髪飾りとは反対の方へ顔を背けた。
「……それ、着けたんだな」
「もちろんです。大変素敵で気に入りました。ありがとうございます」
「それならまた、今度は同じ色のネックレスをプレゼントしよう。……イヤリングも良いな」
「……っ、そこまでせずとも、大丈夫です……!」
自身の瞳や髪と同じ色の装飾品を送ることは独占欲の現れである。
これは獣人国だけでなく、サフィール王国でも知れ渡っている文化なので、さすがに全身にヴィンスの色を纏うのは恥ずかしかった。
必死な姿のドロテアに、ヴィンスはくくっと楽しそうに笑みを漏らした。
「まあいい。とりあえず行こう」
「はい。今日はよろしくお願い致します、ヴィンス様」
レディファーストで馬車に乗り込むと、当たり前のように隣に座ってくるヴィンス。ドロテアが「えっ」と上擦った声を漏らしても、関係なしのようだ。
「ヴィンス様、こちら側が良いのなら、私が向かい側に座りましょうか……?」
「そんな理由で俺がここに座ったんじゃないことくらい分かっているだろう? あまり惚けると膝の上に乗せるぞ」
「……っ、それはご容赦くださいませ……」
ヴィンスはドロテアにだけパーソナルスペースが狭い。
おそらくこれも通常運転なのだろうからと、ドロテアは隣を気にしないように努めた。
(それにしても、約一ヶ月ぶりの帰国だというのに、なんだか凄く懐かしいわね)
自身の左側に座るヴィンスの存在を意識しないように右側の車窓を見つめれば、見馴れた王都の景色にドロテアは思いを馳せた。
(あ、あれは休日に本を買いに行った古書店。あっちはお使いで行ったロレンヌ様御用達の文具店ね……)
二十年暮らしたサフィール王国だ。他にも沢山思い出すことはあれど、その殆どがロレンヌに関するもので、家族のことはあまり思い出さなかった。
(まあ、そうよね。あまり楽しい思い出はないもの)
人間の脳は上手くできていると、過去に何かの本で読んだことがあった。
脳内が悲しい思い出ばかりならないよう、上手く整理をしてくれているらしいのだ。
(ああ、だからあのときのことを思い出すのね、きっと……)
──ガタンゴトン。馬車が小刻みに揺れる中、ドロテアはかなり昔のことを頭に思い浮かべて、少しだけ眉尻を落とす。
こんな顔をヴィンスに見せては心配をかけてしまうかもしれないと車窓を眺めたままでいると、左側からずいと伸ばされた手に気づかなかった。
「ふぇっ」
「やはり、何か落ち込んでいるな。どうした」
ぐいと顎を掬われて、半ば無理やりヴィンスの方に向けられてしまったドロテア。
いつもならば羞恥が勝つが、今回ばかりは疑問が上回った。
「表情は見えていなかったはずですのに、どうして」
「……勘だ。なんとなく、お前が悲しんでいる気がした」
獣の勘だろうか。それともヴィンスだからか、相手がドロテアだからなのか。
理由は何にせよ、気付かれてしまった申し訳無さと、気付かれた喜びのような感情が胸の中で混じり合う。
そんな中で、ドロテアはぽつぽつと話し始めた。
「……少しだけ、昔のことを思い出していました」
「家族のことか」
「はい。それで少し、感傷に浸っていたのかもしれません」
「けれど大丈夫です」と、そう言ってドロテアは眉尻を下げたまま控えめに笑って見せると、ヴィンスが僅かに顔を歪める。
そして、ドロテアの顎を掴んでいたヴィンスの手が、今度はドロテアの頬を優しく撫でた。
「俺が居るから何があっても守ってやれると思っていたが、少しでもお前にそんな顔をさせるくらいなら、連れて来ない方が良かったのかもな。……済まん」
「……え?」
そこでドロテアは、過去に一つ疑問に思っていたことの答えが分かった気がした。
(そういうこと……だからヴィンス様は……)
ヴィンスは求婚した日、ドロテアに帰国を許さなかった。
当初は逃げ出すのではないか、と疑われているのかもしれないと思っていたドロテアだったが、今ならはっきり分かる。
(ヴィンス様は、私が一人で国に戻った際に、家族や周りの貴族に何か言われたら傷付くかもしれないと思って、その芽を摘んでくださっていたのね……。なんて……なんて優しいお方なんでしょう。こんな方に愛されるなんて私は、世界で一番幸せ者ね)
少しだけ落ち込んでいた気持ちが、ヴィンスの思いやりによってゆっくりと浮上していく。
ドロテアは自身の頬に触れているヴィンスの手の上に、自身の手を重ねた。
「ヴィンス様、ありがとうございます」
「何に対する礼だ」
「ふふ。色々、です。それに私、本当に大丈夫ですわ。両親には婚約誓約書の催促をしなければなりませんし。妹がヴィンス様に無礼を働くかもしれないことは不安ですが……その場合は、姉である私が今度こそ止めなければ」
先程までとは違い、強い意志を感じるコバルトブルーのドロテアの瞳。
聡明で、優しくて、相手のことを思いやるときに見せるこの強い瞳がヴィンスには愛おしくて仕方がなかった。
「本当に無理はしていないんだな?」
「はい! 問題ありません。……正式ではありませんが、ヴィンス様の婚約者として頑張らせてください」
そんな言葉に、ヴィンスは「……本当にお前は、強い女だな」とポツリと呟いた。
車輪が軋む音と重なって、それがドロテアの耳に届くことはなかったけれど、ドロテアがもう落ち込んでいないようならヴィンスはそれで構わなかった。
──そうして、その後。雰囲気が明るくなった馬車内で。
「あ……けれど、少しだけ緊張しているので、良ければお耳と尻尾を触らせていただいても宜しいですか……?」
「それで気が紛れるなら好きにしろ」
「あ、ありがとうございます……!! 少し久しぶりです……! あ〜……もふもふ……ふふ……癒やされます……」
王宮に到着するまで、ドロテアはヴィンスの耳と尻尾を触り続けたとかいないとか。
読了ありがとうございました!
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楽しかった、面白かった、続きが読みたい!!! そろそろ建国祭だぞやった!!
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