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31話 唇はお預け

 

 ドロテアは読書が好きだ。分類に特に拘りがなく、未知なる知識を得られるものならどんなものだって読んできた。

 だから、恋愛小説だったり、営みについて詳細に書かれている本だって読んできた。むしろ若干前のめりで。


 けれど、ドロテアは分かってしまったのだ。ヴィンスに組み敷かれている状態では、書物から得た知識はなんの役にも立たないのだと。


「……お、たわむれ、は……っ」

「戯れじゃないことくらい、聡明なお前なら分かるだろうに。……惚けて可愛いな、ドロテア」

「と、惚けてなど……っ」


 ──ギシ。ヴィンスが僅かに体重移動したことで、大人四人程度でも横になれそうなほどに大きなベッドから軋んだ音がする。

 その音がやけに厭らしくて、ドロテアはかあっと顔を赤く染めると、目の前にいるヴィンスからぱっと目を逸らした。


「何だ。さっきはあんなに可愛いことを言ってくれたのに、そっぽを向くのか」

「……っ、ヴィンス様、私はまだ、正式な婚約者じゃありませんから、どうか今日は……」

「……フッ。それは、正式な婚約者になったら何をされても良いというふうに聞こえるが」

「……!! 揚げ足を取らないでくださいませ……!」


 視界に彼がいなくとも、耳がヴィンスで満たされる。目を逸らしても意地悪な言葉が降り注いできて、ああ言えばこう言われ、ドロテアの万策は尽きた。


(狡い……) 


 少し視線を下に下ろす。汗ばんだヴィンスの姿。胸元が開いた夜着が胸元が少しはだけている姿なんて目に毒だ。


 組み敷く際に捕われた手は力強いものの、どうやったって振りほどけないほどの強さじゃないところが、ヴィンスの一番意地悪なところだろう。


 ──逃げ出そうと思えば逃げられるだろう?


 ヴィンスは、逃げないと分かっていて逃げ道を用意するから狡い。


「ドロテア。逃げないなら容赦しない」

「だ、ダメです……! ヴィンス様は、体調が悪いのですから、お休みにならなくては……」

「お前が癒やしてくれるのが、一番の治療だと思うがな」

「〜〜っ」


 再三だが、言おう。ヴィンスのはああ言えばこう言う。


「……さっさと目を瞑れ。別に俺は目を開けたままでも構わんが」 

「……っ」


 そう言って、ゆっくりと顔を近付けてくるヴィンス。


 そしてそれは、星月祭りの夜にあとほんの少しで触れ合わなかった唇の距離が、残り指一本程度にまで詰まったときであった。


「ヴィンス、眠っていますか? 起きているようなら水をお持ち致しましょうか?」


(ラビン様……!?)


 扉の方から聞こえるラビンの声。おそらくディアナの様子を確認してから、ヴィンスの元へ来たのだろう。


「ヴィ、ヴィンス様……ラビン様がいらっしゃいましたから、どうか……」

「……あんのヘタレ兎め……タイミングの悪い……」


 と、ヴィンスは不機嫌そうに愚痴っているものの、ラビンが心配で部屋を訪れたことくらいは分かっているのだろう。


「またお預けか」と呟くと、ヴィンスはドロテアの上から退いて、ドロテアのことも起き上がらせた。


 ベッドの上でヴィンスと対面で座ることとなったドロテアだったが、ラビンを待たせていることもあって、さっさと妃室に戻らなければとベッドサイドに足を下ろすと、その時だった。


「待てドロテア」

「はい──?」


 ドロテアな小声で返事をすると、くるりと振り向く。

 何か用だろうかと思っていたら、ヴィンスの手がずいと伸びてきて、彼の親指がドロテアの唇を優しく掠めた。


(えっ!? ……なっ、何……!?)


 ヴィンスの熱を帯びた親指が一瞬だけ触れた唇を、ドロテアは咄嗟に両手で隠すような素振りをすると、そんな彼女にヴィンスはふっと笑う。


 そして、ヴィンスはまるで挑発するような琥珀色の瞳を一瞬たりともドロテアから逸らすことなく、彼女の唇に触れた親指を、自身の唇に押し当てたのだった。


「…………今日はこれで、我慢しておく」

「〜〜っ!?」


 すっかり油断したときの突然の行為に、ドロテアは勢い良く立ち上がると、いの一番に妃室の方へ足を急かす。

 くるりとヴィンスの方へ振り向いて深く頭を下げると、小声で「お大事に……!!」とだけ告げてヴィンスの部屋を後にしたのだった。



 ◇◇◇



 次の日になると、ヴィンスの身体は元の姿に戻っていた。

 体調も全快したようで、身体を動かしたいからと朝から王国騎士団の訓練に指南役として参加しているくらいだ。


 対してドロテアは、普段通りとはいかなかったのだけれど。


「ドロテア様どうかされました? やっぱり……私が昨日陛下のお部屋に入ってはいけませんということをきちんとお伝えできていなかったから、怒っていらっしゃるのでしょうか……」

「それは違うわナッツ! ナッツに怒ってないから! いえ、そもそも怒ってないから……!!」


 昨夜のヴィンスとのことを思い出すと、つい顔が緩んでしまいそうなドロテアは、それを隠そうとしかめっ面を発動していた。


 そのせいでナッツが不安そうにブンブンと尻尾を振りながらあらぬ勘違いをしているわけだが、ドロテアがナッツを怒る日なんて来ないだろう。いや、来ないと言い切れる。


(ナッツの尻尾……やっぱり一度くらいはもふもふしたいわ……って、そうじゃない)


 ……と、ナッツはさておき。


 ドロテアはその日、ヴィンスだけではなく、ディアナの元気そうな様子も確認すると、ほっと胸を撫で下ろしてから、自室の机に向かった。


 約二週間後にある、サフィール王国の建国祭パーティーに参加する際に、ヴィンスの婚約者として堂々と隣に立つために、可能な限りの準備をしておきたかったから。



 ──そうして数日後、ドロテアはヴィンスと共に馬車に乗り込む。


 妹のシェリーが、まさかあそこまで愚かな行いをするとは、夢にも思わずに。

お待ちかねの、建国祭がすぐそこです……!

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