30話 どんな貴方だって
ヴィンスの体調は、朝はそれ程酷くなかったように思う。毎月、新月のたびに身を隠すのだとしたら、そのサイクルも把握していることだろう。
それにヴィンスは今まで、ドロテアに対して全くと言っていいほど隠し事はしなかった。言動で全て伝えてくれた。
それなのにどうして、今回ばかりは言わなかったのだろう。
(ヴィンス様の気持ちが……知りたい)
相手の心の機微など、いくらドロテアでも完全には分かるはずがない。それも複雑な感情なら、なおさら。
真剣な瞳で問いかけてくるドロテアに、ヴィンスは少し沈黙を挟んでから、重たい口を開いた。
「……そうだな。お前にこの姿を見られたくないと思いつつも、心の何処かで、この姿をお前に受け入れてもらいたいと思っていたからかもな」
「……!」
獣人国の王であるヴィンスにとって、ただの人間の姿──しかも弱っている姿は、あまり見せたいものではなかったのだろうか。それとも、この姿を見たら、何かが変わってしまうと思ったのだろうか。
(どうして……。だって、ヴィンス様には変わりはないというのに。それに私はただの人間。そりゃあヴィンス様の姿には驚いたけれど、人間の彼を不満に思うことなんてないのに)
獣人として、そして男としてのプライドだろうか。それとも正式な婚約者でもない相手への線引きだろうか。
見られたくなかった理由を色々考えられるが、ドロテアはどれもしっくりこなかった。
「悪かったな。さっきのはただの戯言だ、忘れろ」
「それは……無理な相談ですわ、ヴィンス様。私は納得出来ないことを、そのままにしておくことが出来ない質なので」
知的好奇心が豊富なドロテアだ、疑問をそのままにしておくなんてことは、出来なかった。
何より、ヴィンスのことだから。
ドロテアはヴィンスの片手に手を伸ばすと、ギュッと両手で握りしめた。
「どうして、私が今のお姿のヴィンス様を受け入れないと思ったのですか……?」
「……。答えてやってもいいが、笑うなよ」
「えっ? あ、はい」
(笑う? どうして?)
ヴィンスは意地悪は言うが、それ程冗談を多く言う方ではない。
ヴィンスの意図が読めないドロテアはとりあえず真剣に聞こうと、彼の手を取ったまま少し前傾姿勢になると、彼がおもむろに口を開いた。
「……お前は、俺たち獣人の耳や尻尾が好きだろう」
「………………。は、はい?」
「それに俺は言った。お前が俺の妻になるなら、好きなときに耳と尻尾を触らせてやると」
「……えっと、つまり……」
「……ドロテアが見た目や種族で態度を変える人間だとは端から思っていない。……だが、耳と尻尾がない俺の姿を見て、お前がほんのすこしでも残念に思うかもしれないと思うと、見せるのを躊躇った」
間抜けと言われても仕方がない程度には、ドロテアの口はぽかん、とだらしがなく開いた。
(え? え? でもだって、ヴィンス様いつもは……)
ヴィンスはいつも自信満々で、凛としていた。ドロテアが直接好きだと言わなくとも、その思いを察して、待ってくれていた。
早く好きになれだなんて言いつつも、彼の黄金の瞳はドロテアの感情をすべて見破っていたというのに。
(不安に、なったの? ヴィンス様が?)
そんなヴィンスに対してドロテアの中で芽生えた感情といえば、恥ずかしさのせいで好きだと伝えられていないことで、彼を不安にさせてしまったことへの申し訳無さ。……それと、もう一つ。
(な、何だろう……ヴィンス様が、可愛い……)
ヴィンスの頬がほんのりと色付いていることが、ランプの光で分かる。いつもの蠱惑的な表情は影を潜め、やや眉尻を下げて気まずそうにするところなんて、まるで別人のようだ。
ちらりとこちらを見て、「何だ」と尋ねてくる声も覇気はなく、ドロテアの胸の辺りは何故かきゅんと音を立てた。
(いつもとは違うヴィンス様を知れるのが、こんなに嬉しいなんて……)
もちろん申し訳無さはある。けれどそれよりも、いつもと違うヴィンスを見られたことが、彼の意外な感情を知れたことが、あまりにも嬉しすぎて、ドロテアはついつい口走ってしまったのだった。
「私は何も、ヴィンス様のお耳や尻尾にだけ惹かれたわけではありませんわ。……ヴィンス様のお優しいところ、少し意地悪なところ、国や民のために毎日頑張っていらっしゃるところ、一途に、愛を伝えてくださるところ。全部、全部──。だから、姿形が変わったって、私はヴィンスの様のことがす──」
──そこまで言って、ドロテアは口を閉ざした。
目の前のヴィンスの瞳が見開いて、黄金の奥にほんの少しの欲情が垣間見えた気がしたから。
「あっ……ちがっ……今のは……その……っ!」
「俺のことを──何だ? さっさと言え、ドロテア」
ヴィンスの手を掴んでいた両手が、いつの間にやら空いている方のヴィンスの手によって包み込まれてしまう。
ドロテアが前傾姿勢になっていたこともあって、ヴィンスが少し体を前に傾けるだけで距離は縮まり、鼻先が今にもくっついてしまいそうな距離にドロテアはひゅっと喉を鳴らした。
「いけません、ヴィンス様……っ」
「……何がいけないだ。あんなに煽るようなことを言っておいて」
ニンマリと口元に弧を描くヴィンス。ドロテアが何を言おうとしたかなど、お見通しなのだろう。
ヴィンスの蠱惑的な瞳が目の前にあるドロテアは、羞恥のために顔を遠ざけようと腰を反った、のだけれど。
「一つだけ、良いことを教えてやろうか」
いつの間にかヴィンスの手によって両手首を拘束されたドロテアの身体は、一瞬にしてベッドへと縫い付けられた。
掴まれた手首が熱い。熱があるのだから早く休むようにと、ヴィンスを諭さなくてはいけないというのに。
「いくら体調が悪かろうが、ただの人間だろうが、お前を組み敷くことくらいは容易い。……俺を煽った責任、取ってもらおうか?」
こちらを見下ろして、余裕有りげにそう言うヴィンスに、ドロテアは心臓を高鳴らせるだけで何も言えなくなった。
読了ありがとうございました!
◆お願い◆
楽しかった、面白かった、続きが読みたい!!!
と思っていただけたら、読了のしるしに
ブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!
なにとぞよろしくお願いします……!