3話 獣人国レザナード
「ここが……獣人国レザナード」
ドロテアがレザナードに到着したのは、サフィール王国を出て四日後のことだった。
レザナードまでの道路はあまり舗装されていなかったため、体力は削られてしまったが、遠目からレザナードの街を見るドロテアからは感嘆の声が漏れた。
「凄いわね……市場は栄えているし、見たことのないものが沢山あるわ。あ、あの服は確か本で見た……」
サフィール王国は年中温暖な気候のため、暮らす者たちの服装は基本的に薄手だ。
サフィール王国でも夏になると薄手の装いになるものの、決定的に違うのはセパレートか否かということである。
「あれがセパレートタイプの洋服……ふむ、動きやすそうだし、お洒落の幅が広がるわね」
サフィール王国では、男性はシャツとズボンといったように分かれた洋服を着るが、女性は貴族ならばドレス、平民もワンピースのような繋がった装いばかりなのだ。
他国の服装について獣人国を取り上げていた本を読んだことがあったドロテアは、それを直に見ることができた喜びで頗る上機嫌だった。
(少数は人間が暮らしているみたいだけれど……)
──どこを見ても、獣人、獣人、獣人……!
「……ああ、可愛い。お耳も尻尾も触りたい……可愛い。もふもふしたい……可愛い……。って、浮かれていてはだめよ! 謝罪をしに来たのだから……!」
ニヤけてしまいそうな口元を抑え、ドロテアは眉尻を下げる。
ドロテアは、見た目に反して大の可愛いもの好きだった。特にふわふわとしたものは別格に。だからこそ、獣人国については格段に詳しいのである。
(ああ、これが旅行ならば……!!)
そう思うものの、後の祭りだ。それならば、とドロテアは気持ちを切り替えることにした。
「けれどそう! ずっっっと来てみたかったレザナードに来られたんだもの! 少しくらい街を見たってバチは当たらないはず。獣人さんたちのお耳や尻尾を、観察するくらいは……」
ドロテアが謝罪に向かうことは、既に連絡済みだ。あと五時間ほど時間はあるし、謝る相手が居ないのにうだうだ考えているのは時間の無駄というもの。
「さあ、行きましょう」
ドロテアはトランクを片手に、涼し気な紺色のワンピースをひらりと揺らしながら街へと足を踏み出した。
大都市『アスマン』には、活気が溢れている。本の中でしか見たことがない食べ物に雑貨など、ドロテアは目をキラキラとさせながらそれらを見ていく。
獣人たちにばかり目がいってしまうドロテアだったが、あまり見ては失礼だろうと、一旦興奮を抑えることにして観光を楽しんでいた。
(やはり本で見るものと直に見るものは全然違うわね)
好奇心が止まりそうにない。少しだけ軽食を取ろうか、それとも雑貨を買おうか。
悩んでいると、太もも辺りにドンっという衝撃を感じたドロテアは、一瞬よろけてから、膝を折ってしゃがみ込んだ。
「余所見をしていてごめんなさい。大丈夫?」
おそらく猫の獣人なのだろう。真っ白な耳と尻尾が可愛過ぎる獣人の少女とぶつかってしまったようなので、ドロテアは手を差し出すと、少女はその手を取ってぴょんっと立ち上がった。
「にんげんのおねーちゃん、ありがとう!」
「……うっ!!!」
「おねーちゃん……? おむねがいたいの?」
「いえ、大丈夫よ。あまりに貴方が可愛いものだから」
「……?」
こてんと首を傾げる少女の猫耳が、ひょこっと動く。尻尾の先はくるりと丸みを帯びていて、おそらく母であろう獣人の元へ走るたびに揺れる尻尾なんて、いくらでも見ていられそうだ。
(だめよ……落ち着きなさいドロテア! けれど猫の獣人ちゃん……本当に可愛かったわ……!)
ドロテアは、緩んでしまいそうな頬を片手で押さえ、もう片手で少女へとフリフリと手を振ると、再び歩き出した。
それから謝罪に向かう時間になるまで、ドロテアは休憩することなくアスマンの探索を楽しんだ。
「人間のお嬢ちゃん! これ食べていきな!」と名物の串焼きをくれた熊の獣人の男性に、「この国の服を買うならあの店が良いわよ〜」と教えてくれた猿の獣人の女性。他にも沢山声をかけてくれて、まるで旅行に来たのかと誤解しそうになるほど、ドロテアは楽しいときを過ごした。
(本当に来て良かった。皆、気の良い方たちばかりね)
獣人国は基本的に穏やかな性格をしていると本に書いてあったが、実際にその通りのようだ。もちろん些細な揉め事くらいはあるのだろうが、今のところ目につくようなものはない。
それに、洋服店を教えてくれた獣人の女性がこう言っていたのだ。
『私たち獣人はね、みた目で怖がられるときがたまにあるけれど、皆優しいのよ。もし怒るとしたら、家族や大切な者たちを傷つけられたときくらいかしらね』
その言葉を聞いて、ドロテアは確信したのである。
(きっと、国王陛下もお優しい方なのね)
冷酷非道なんて呼ばれているらしいが、ドロテアがここに来るまでの経緯や、獣人たちの話を聞けば、そんなはずはないと分かる。噂は尾ひれがつくものだし、もしそうだったとしたら、国や民、家族を守るためだったのだろう。
「けれどこれは、許していただくのが大変になってしまったかも」
何故なら、その大切な対象である妹姫に対して暴言を吐いたのだから。
「ああ、頭が痛いわ……」
しかし、残酷なことに時は平等に進む。
ドロテアは約束の時間になる少し前、一人でも着られる程度のドレスを着用し、身なりを整えてから門番に説明をすると、許可を得てから入城した。
そして、すぐにドロテアはとある獣人の騎士に案内をしてもらうことになるのだが──。
「──陛下のところまで、俺が案内をいたします」
そう声をかけてくれたのは、王城内に配置されている騎士と同じ鎧を着用しているものの、どこか風格がある獣人の男だった。
「ありがとうございます。サフィール国から参りました、ドロテア・ランビリスと申します。案内をよろしくお願い致します」
「犬の獣人の、レスターと申します」
レスターと名乗る青年は漆黒の耳に、漆黒の髪。同じ色の太くてしっかりとした尻尾。全てを見通すような金色の瞳からは何故か一瞬目が離せなくなる。
(な、なんて美しい瞳……それにとても格好良い……今まで見たどんな殿方よりも……)
顔のパーツが整っていて、眉目秀麗とはこのことを言うのだろうと思うほどに、完璧だ。
ドロテアは面食いではなかったけれど、流石にここまで格好良いと、ついつい彼のことを凝視してしまう。
それに、女の中ではかなり高身長のドロテアよりも頭一つ分は優に高く、かなり高身長でもあった。服の上からでも分かる程よい筋肉は、日々鍛えているからだろうか。
「どうかされましたか?」
「……い、いえ、申し訳ありません」
あまりの顔面の良さにぼうっとしてしまったが、ドロテアは気を引き締めてレスターの後をついていく。
(……ん? あれ、何だか……)
レスターに少し気になるところがあったものの、振り返った彼が「少し歩きます」と言うので、ドロテアは「はい」と小さく返したのだった。
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