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29話 狼と月

 

「驚くのも無理はないな。どの文献にも書いていなかっただろう? 獣人が人間の姿に変化するなど」


 艷やかな黒髪からひょっこりと見えていたはずの獣の耳と、真っすぐでふさふさの尻尾がないその姿は、ヴィンスが言う通り、ただの人間の姿だ。 


 普段よりも素早く瞬きを繰り返すドロテアに、ヴィンスは気まずそうに目を伏せる。


(ヴィンス様は、そんなにこのお姿を見せたくなかったのかしら……)


 確かに突然のことで驚いてはいるが、ヴィンスであることには変わりないというのに。

 どころか、ドロテアからしてみればそれよりも重要なことがあったから。


「その、お姿の件はとりあえず置いておくとして、体調は大丈夫ですか? お熱はありますか? 身体は怠くないですか? 水分は取れていますか? それと──」

「…………普通、聞くのはそこじゃないだろ」


 ヴィンスは一瞬瞠目してから「お前はそういう女だよな」とポツリと呟いて、喉をクツクツと鳴らし始める。

 そんなヴィンスの笑みにはドロテアの優しさに対する愛おしさが含まれていた。ドロテアはそのことに気づかなかったけれど、彼に笑える余裕があることにホッとするばかりだった。


 そんな中、性急にドロテアの手からランプを奪ってベッドサイドに置いたヴィンス。

 それからドロテアの空いた手をぐいと引っ張って引き寄せて前屈みにさせると、彼女の腰を掴んでひょいと持ち上げた。


 太腿辺りに向かい合わせで跨がる体勢になったドロテアは、一瞬ぽかんとしてから、すぐさま顔から火が吹き出るほどに羞恥を露わにしたのだった。


「ヴィ、ヴィンス様……!? いくらなんでもこの体勢は……!」

「男の部屋にのこのこ入って来たんだ。これくらいは覚悟していただろ」

「……っ、のこのこ入ってきた訳ではありません……!」


 顔を真っ赤にしながら、自身の上で緊張気味な声を出すドロテアも悪くない。

 内心そんなことを思いながらも、ドロテアの瞳に憂いがあることに気付いているヴィンスは、「どこから話すか」と口火を切った。


「……本音を言えば、体調は少し悪い。熱はあるし全身怠いし頭痛もある……が、医者や薬でどうこうなるものでもない。ただ、これは日が登れば(じき)に治まるから心配はいらん。それと、花瓶が割れたのはお前が訪ねてきたことに驚いて、偶然腕が当たっただけだ。怪我はしていないから、心配するな」

「か、かしこまりました。えっと、その体調不良というのは、新月や、今のお姿になっていることにも関係しているのでしょうか?」

「……ああ、そうだ」


 頷くヴィンスに、ドロテアは視線をやや上に向けて考え始める。


 ヴィンスの体調が何よりも心配だったが、どうやら大病などではないらしい。


 ドロテアは、大きな心配はいらないと分かるや否や、人間の姿になったヴィンスの変化について、完全に思考を奪われていた。

 そのため、今の体勢についても忘れてしまっているよう、なのだけれど。


 ──この体勢を気にされないのはそれはそれでムカつくが。


 ヴィンスはそんなことを思うが、今はそれどころではないかと口に出すことはなかった。


「もうこの際だ、説明しておく」


 ()()()()()でこの姿をドロテアに見せたくなかったヴィンスだったが、もう見られたのなら隠す必要はないだろう。

 それに、ヴィンスはドロテアを一生手放す気はないのだから、話すのが少し早くなっただけのことだ。


 少なくとも結婚してからは話すつもりでいたヴィンスは、ズキズキとした頭痛に表情を僅かに歪めながらも、吐息混じりの声で話し始めた。


「先ず最初に、狼の獣人は毎月、新月の日になると体調を崩す。そして日が完全に沈むと獣人ではなく、ただの人になる。……今のようにな」

「つまり、ディアナ様もということですか?」 

「そうだ。この現象を知っているのは、この城に居る者だと、ラビンと側近の何名かくらいか」


「なるほど……」と返事をしながら考え込むドロテアは、そういえばと思い出した。


 確かに今日、日中に会ったディアナはどこか元気がなさそうだった。早めに休むと言っていたため、それ程心配はしていなかったのだが、どうやらヴィンスと同じ理由で体調を崩していたらしい。


 今さっきまで共に机に向かっていたラビンも「早く終わらせなきゃ」と何度も呟いていたことから、もしかしたらディアナの様子が心配だったのかもしれない。


「他の家臣や使用人たちには、新月の日の夜は俺とディアナの部屋には指示された者以外近付くなと言い渡してある。……ドロテア、お前は付きのメイドからは、何も言われなかったのか」

「話の最中でラビン様が部屋に入ってこられて、そこからずっと執務室でしたので」

「……ハァ、ラビンの奴、本当に間の悪い」


 互いに何故この状況に陥っているか、大方理解したドロテアとヴィンス。


 頭の中を整理するドロテアに対してヴィンスは熱のためか軽く汗をかいており、ぺたりと額にくっつく前髪が邪魔だったらしい。

 片手で乱雑に前髪を掻き上げてから、ヴィンスは再び口を開いた。


「先王曰く、獣人が誕生した頃から、狼の獣人にはこの現象が現れるらしいな」

「……! 原因は分かっているのですか……?」

「……おそらく、狼と月が密接に関わっているからだろう」

「狼と月……それなら過去に調べたことがあります」


 狼は満月の夜になると普段よりも凶暴になり、新月の夜になると弱体化するという文献を、ドロテアは何冊か読んだことがあった。


(けれど確かに、それだと今の状況と合っているわね。体調も悪そうだし、人間の体のほうが脆弱なのは間違いないもの)


 しかしドロテアは、そこで一つ別の疑問を持った。


(それなら、満月の夜にも何か変化があるのかしら……。けれど、私が獣人国に謝罪で訪れて求婚された日は確か満月だったはず……。大して変わった様子はなかったように思うけれど)


 そんなことを考えるものの、体調が悪いヴィンスに、今わざわざ聞く必要はないだろう。

 ドロテアはそう思って疑問を胸にしまうと、自身が趣味で調べていた獣人国の歴史について思い出した。


 ──獣人国の初代王は、狼の獣人だったという。 

 圧倒的な物理的な力とカリスマ力で、一代で獣人国を作り上げたとか。

 しかし、そんな狼の獣人はあまり繁殖力が強くなかった。──否、厳密に言えば、狼は番だと決めた相手だけを愛し抜く一途な動物なため、一夫多妻制の獣人と比べると、それ程多くの子を成すことはなかったのだ。

 そのせいもあってか、数は年々減少していき、現在では狼の獣人は王家の者のみとなったことは有名な話だ。


「ディアナはまだしも、獣人国の王であり、強さの象徴である俺が月に一度人間になるなどと民に知られてしまえば、不安にさせてしまう。それに他国にバレでもしたら大問題だからな。……このことは他言無用で頼むぞ、ドロテア」

「それはもちろんでございます。打ち明けてくださって、ありがとうございます……ヴィンス様」


 どこかまだ憂いを孕んだ瞳ではあるものの、ふんわりと笑うドロテアに、ヴィンスはそっと手を伸ばす。

 滑らかな頬に熱っぽい指を滑らせれば、ドロテアの身体はぴくんと跳ねた。


 熱のせいもあるのか、普段よりも蕩けるような瞳を向けてくるヴィンスに、ドロテアはゴクリと生唾を呑んだ。


「あ、あの、お話も終わったようなのでそろそろ降りても……?」

「だめだ。ドロテアは、病人の頼みを断るような非道な人間じゃないだろう?」

「心配しなくても良いって仰ってませんでしたか……!?」

「さあ? 熱のせいで忘れたな」


 ああ言えばこう言う。意地が悪い言葉を並べるが、その内容があんまりにも甘いものだから困ったものだ。


「……っ、それならせめて、一つだけ質問に答えていただけませんか?」


 その話題を切り出したのは、半分は甘い雰囲気から逃れるため。もう半分は本当に疑問に思ったためだ。


 おずおずと口を開くドロテアに、ヴィンスは耳を傾ける。


「ヴィンス様は先程、今の姿をあまり見られたくないと仰いました。それなのに、何故ヴィンス様は私に直接、今日は絶対に部屋に入るなと言わなかったのでしょう?」

読了ありがとうございました! 

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