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27話 有能な侍女、見参

 

「ドロテア様! 昨晩の星月祭りはいかがでしたか!? 陛下と楽しまれました?」

「そ、それは…………」


 星月祭りの次の日の正午、ドロテアは妃室で昼食を摂っていた。


 使用人たちがドロテアに快適に過ごしてもらうために準備してくれた妃室はなんとも心地よい。

 ドロテアが可愛いものに目がない、というのは使用人たちにバレているらしく、今までの部屋よりもかなり可愛らしい仕上がりだ。


 薄ピンクのふわふわとしたクッションや、白を貴重とした可愛らしい丸いテーブル。ナッツ曰く、ヴィンスの指示によって部屋に大量に置かれている動物たちのぬいぐるみ。


(ヴィンス様、自分以外のお耳や尻尾は触ってはいけないと言っていたから、もしかしたら、せめてもの贈り物なのかもしれないわ……)


 ……つまり、ヴィンスが居ないときにどうしてもモフモフしたいときは、部屋のぬいぐるみを触れということなのだろう。


(……ふふ、ぬいぐるみを置くよう指示をしているヴィンス様を想像すると、なんだか可愛い)


 ──と、部屋への印象はさておき。


 ドロテアは昨日の星月祭りのことを思い出し、頬を真っ赤にしながら口を開いた。


「ええ、そうね……色々勉強になったわ」

「流石ドロテア様です! お祭りの際にも知識を蓄えるだなんて! 本当に尊敬します……!」

「あ、ありがとうナッツ」


 あまりに純粋な心で褒めてくれるナッツにドロテアは居た堪れなくなって、紅茶をゴクリと一口流し込む。


(学んだことといえば……ヴィンス様は夜目が利くということと、足が速いだけじゃなくて跳躍力もとてつもなく凄いこと、耳へのキスの本当の理由と、耳に触れたヴィンス様の唇が柔らか、かっ、た……。〜〜っ!!)


 ──いや、思い出すのは止めよう。昨日もドキドキのあまりよく眠れなかったというのに、このままでは午後からの仕事にも差し支えそうだ。


 ドロテアは昨日のことを一旦頭の端に追いやると、ナッツにも同じ質問を返したのだった。


「ナッツは? 星月祭り、楽しめたかしら?」

「はいっ! 露店でたーくさん、たーーーくさんっ! 美味しい物をいただきました……! おかげで先月のお給金は残り少しですが……後悔はありません!」


 頬をぷっくりと膨らませ、嬉しそうに尻尾をブンブンと振るナッツ。 

 あまりの可愛さに、ドロテアはニヤける口元を手で押さえた。


(か、可愛い……!! 尻尾ぶるんって! ああ、もふもふしたい……一度で良いから顔を埋めたい……)


 とはいえ、ヴィンスからの命令があるためそれは叶わないのだが。 

 わざわざ部屋にぬいぐるみを用意してもらったこともあるし、ドロテアは寝る前にぬいぐるみをもふもふしてこの欲求を鎮めようと胸に決めた。



「そういえばドロテア様、一つお話がっ!」

「何かしら?」


 おかわりの紅茶を入れるナッツにそう言われたドロテアは、はて、と小首を傾げた。


「今日の夜──というより、新月の夜の陛下についての話です!」

「新月の夜のヴィンス様について? というと?」


 新月の夜と言われても、思い当たるフシはない。

 知識の塊のドロテアが知らないということは、獣人国内でしか広まっていないようなものなのか、はたまた王城内でしか広まっていないようなものなのだろうか。


 どちらにせよ、ヴィンスに対してのことならば特に知りたいと思うドロテアは、ナッツに詳細を尋ねようと思ったのだけれど。


 ──コンコン。


「失礼いたしますドロテア様! まだ休憩中だというのに申し訳ありませんが、至急来てください……!」 

「えっ」   



 ◇◇◇



 ラビンに至急呼び出されたドロテアは、おかわりの紅茶をとりあえず流し込むと、ヴィンスについての疑問を持ちながらも、ラビンの後を追った。


 そして執務室に到着すると、大量の書類に絶望するように机に項垂れる文官たちの姿に、ドロテアは目を瞬かせたのだった。


「こ、これは一体……午前中はこんな有様ではなかったような……」 

「ドロテア、俺から説明する。とりあえずこっちに来い」


 執務室の最奥、ヴィンスの席の前まで周りを見回しながら歩いて行く。

 昨日は全員早めに仕事を切り上げ、星月祭りを楽しむぞ〜と目をキラキラ輝かせていた姿は、今日は見る影もなかった。


「それで、ヴィンス様これは一体……? この大量の書類はどうしたんですか?」

「ドロテアを昼食休憩に下がらせた直後、大量に書類が届いてな」

「な、なるほど? 中を確認しても宜しいですか?」

「ああ、説明するよりも、ドロテアなら見たほうが早いかもな」


(あれ? なんだかヴィンス様、体調悪そう……?)


 今朝は気にならなかったのだが、ヴィンスの声にはやや覇気がない。なんだか目に力強さもなく、大量の書類を前にして疲弊しているのだろうか。


(……だとしたら侍女として、そして未来の妻としてヴィンス様をお支えたい)


 ドロテアはよし、と意気込むと書類のいくつかに目を通す。

 するとドロテアは、瞬時に大量の書類の今を理解したのだった。


「国境を警備する騎士たちが新調したい武器を記した注文書に、野営のときの食料調達費の請求書、戦闘時の報告書の数々なのですね……しかしこの数は……複数の辺境伯様が送ってきたタイミングが重なってしまったようですね」

「そういうことだ。近々、一部の騎士が王都に戻って来てまた手続きがあるからな。この書類に時間をかけている暇はない」


 レザナード王国は、サフィール王国の守りを担っている。つまり、レザナード王国自体に攻めてくる敵だけでなく、サフィール王国に攻める敵とも交戦するため、他国よりも戦闘回数としては多いのである。


 そのため、国王の指示がなくとも、余程大きな戦争ではない限りは国境付近にいる各辺境伯が騎士たちに指示し、現場を対応できるというシステムになっているのだ。

 これも獣人たちの強さゆえ、被害がほとんど出ないから出来ることなのだが。


 そして今大量に送られてきた書類の数々は、その辺境伯から送られてきたものだ。

 偶然が重なったせいで各地からの書類が一斉に来てしまったわけである。


「このままではこの大量の書類だけで三日はかかる。ドロテア、悪いが力を貸してくれ」

「それはもちろんです。まず仕分けをして、優先順位をつけましょう。そこから一つ一つ丁寧に、ミスのないよう処理するのが結局は一番の近道ですから」

「…………ああ、助かる」


 やはりヴィンスの声に覇気はない。ドロテアにはそれが、ただの疲れだとは何故か思えなかった。


(ヴィンス様、やっぱりなんだか元気がない気が……体調が優れないけど、皆さんの前にいる手前隠していらっしゃるのかしら……)


 ──だとしたら、一分でも一秒でも早く休ませてあげたい。


 ドロテアはその一心で、一瞬目を閉じて仕事の段取りを頭の中で組み立てる。今日が新月の日であること、ナッツがそのことについて何か言いかけていたことは一旦頭の端に追いやり、すぐに書類に取りかかるのだった。



 ──そうしてすっかり夜が更けた頃。


「きゅ、救世主だ……! ドロテア様はやっぱり我々の救世主だ〜!!」

「ありがとうございますドロテア様……!!」


 執務室に処理済みの書類が綺麗に整頓されている様子に、文官たちは口々にドロテアに感謝を述べた。

 逐一調べながら進めないといけない書類が、ドロテアの知識によって数段早く進められたからである。


「いえ、皆さんのおかげですよ。お仕事お疲れ様でした」


 そして、文官たちへの挨拶もそこそこに、ドロテアは部屋を出た。


 日が沈む直前、良く見なければ気付かないほどのややふらついた足取りで執務室を出ていったヴィンスに会いに行くために。

作者をお気に入り登録してもらうと新作の通知がいきますので、是非よろしくお願い致します……!

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