22話 夜行性だからな
あれは一昨日の夜だっただろうか。ラビンと共に執務室にいたヴィンスの元にサフィール王国からの手紙が二通届いた。
一つは建国祭に出席するための招待状。
もう一つは建国祭に是非参加してほしいという内容と、以前、シェリーがディアナに対して暴言を吐いたことに対する謝罪が書いてあった。
もちろん、ヴィンスとドロテアの結婚を邪魔するつもりはない──つまり敵対関係になるつもりはないという旨も。
(サフィール国王は俺たちを敵に回したくないと。まあ、当然だな)
獣人国の総力を持ってすれば、サフィール王国など一溜まりもないのだから。
ヴィンスはその手紙を一旦机にしまう。ディアナとのデートの時間を確保するために、一心不乱に机に向かっているラビンに「おい」と声を掛けた。
「………………」
「おい、ラビン」
「………………」
「……ハァ。ディアナが差し入れ持ってきたぞ」
「姫様こんな夜に部屋から出てはいけません! 私が送っていくので早く部屋まで戻りましょ──って、ヴィンス? 姫様は?」
「嘘だ」
「ヴィンスううううう……!!」
疲れもあったのか、耳を立てたり下げたり丸い尻尾をぷるぷると震わせて変な顔をするラビン。ヴィンスはつい鼻で笑ってしまう。
「無視するお前が悪いだろうが」
「……それはすみませんでしたね。で、なんです?」
「いや、俺のドロテアが居なければ今頃お前はどれだけ仕事をやってもデートには行けなかっただろうと思ってな」
「半分惚気ですか? それとも感謝を求めてます? ドロテア様には毎日感謝の言葉を伝えてますからね? 文官全員!」
ラビンの言葉に、そんなこと知っていると言わんばかりの当然の顔をするヴィンス。
ドロテアはもう獣人国において無くてはならない存在だ。もちろん、彼女の聡明さや知的好奇心もそうだが、気遣いだったり、優しさだったり、頑張り屋だったりするところも。
ヴィンスからすれば、照れたときの可愛い顔や、恥ずかしくても出来るだけ思いを伝えてくれるところ、幸せそうに耳や尻尾を触る姿、というかドロテアという女性が存在するだけで幸福なのだけれど。
とにかく、ヴィンスはそんなドロテアをサフィール王国の建国祭に連れていきたいと思っていた。
というのも、求婚をしたとき一時帰国を認めなかったために、勤め先で良くしてくれた主人──ロレンヌに挨拶ができないことを、ドロテアが気に病んでいると思ったからだ。
もちろん、サフィール王国に行くにあたってドロテアの家族に対しては懸念はある。何かしらの尻拭いをドロテアにさせようとするのではないか、ドロテアを傷つけるようなことを言うのではないかと。
(……まあ、ドロテアに何かしようとするならば、俺が容赦しないがな)
──そうして、話は現実に戻る。
「はい。参加させてください。今後のためにも、婚約者として顔を出しておいたほうが良いと思います。ただ、まだ婚約誓約書は届いていないのですよね……?」
「ああ。そのことなんだが、むしろ聞きたかった。お前の両親は文字くらいは読めるよな?」
「さ、流石に。……けれど」
婚約誓約書の手続きは、比較的簡単なものだ。
文字の読み書きを習っている貴族ならば難なく行えるはずだというのに、まだ返信がないことにヴィンスは疑問を持っていたのだけれど。
「あまり頭が良くない、と言いますか。少し手続きというものが苦手と言いますか」
「つまり馬鹿だから婚約誓約書の手続きに四苦八苦していて遅れている可能性があると」
「……そうとも言えますね……申し訳ありません……」
ドロテアが謝る必要はないだろう。そう伝えれば、彼女は「それはそうなのですが……」と申し訳無さそうに呟いた。
おそらく、ドロテアは妹の尻拭いだけではなく、両親の足りない頭も補ってきたのだろう。
「とにかく、建国祭までに婚約誓約書が届かなくとも、お前は俺の婚約者として連れて行く。ついでにドロテアの両親にさっさと手続きを済ますよう催促する。この心積もりはしておけ」
「かしこまりました。因みになのですが、建国祭に出席した際は、少しだけ自由時間をいただいてもよろしいですか?」
ドロテアの質問の意図が直ぐ様理解できたヴィンスは、「ああ」と答えてから話を続けた。
「世話になったライラック公爵夫人と話したいのだろう? 勿論構わん。というより、ドロテアが世話になった人だ。俺も挨拶をするつもりだから、そのつもりで頼むぞ」
「はい……! ありがとうございますヴィンス様……!」
暗闇の中、ぱあっと嬉しそうに笑うドロテア。ヴィンスはそんな彼女の姿を見て小さく笑い返してから、おもむろに口を開いた。
「──で、そろそろ良いのか。覚悟とやらは」
「……! そ、それはですね……!」
ハッとしたドロテアは、無意識に自身の足元へと視線を寄せた。
つい普通に話していたが、本当は生足を見せるまでの覚悟を決める時間だったというのに。
(どうしましょう……っ、そもそもこんな姿をヴィンス様に見せるなんて、いつになったら覚悟ができるというの)
──いや、できる気がしない。ドロテアはそんなふうに自問自答して、これからどうしようかと思案していると、ヴィンスの喉を震わせる音にぱっと顔を上げた。
「ヴィンス様? どうされ──」
そこで、ドロテアは気づいてしまったのだ。
暗闇の中で、ヴィンスの琥珀色の瞳がキラリと光っていることに。先程暗闇でも目が見えているのかと思わせるほどに正確に手を捕らえられた理由にも。
「ヴィンス様、もしかしてずっと見えて……! ハッ! 夜行性だから、もしかして夜目が利く……」
「御名答。焦っていたからか、ドロテアにしては気付くのが遅かったな」
「……なっ、なっ」
「ずっとドロテアの綺麗な脚は見えていた。覚悟が不要で良かったじゃないか?」
そのとき、ぐいと腰を引き寄せられ、ドロテアの身体はすっぽりと、愉快そうに口角を上げるヴィンスの腕の中に捕われてしまう。
早まる心臓の音。間違いなくヴィンスには聞こえているのだろうと思うと、よりいっそう鼓動は高鳴った。
「……だが、この格好で外に出すわけにはいかないな。お前のこんな姿を見ても良いのは俺だけだ」
静かな部屋に響く、重低音なヴィンスの声。
胸の奥がきゅうっと疼いたドロテアは、ナッツに申し訳ないと思いつつも、すぐに着替えようと心に決めたのだった。
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