2話 準備は万全で参りましょう
ドロテアが侍女として働き始めたのは十二歳の頃だった。
サフィール王国の基準で見目があまり良くないと判断された令嬢は、十二歳になると親の判断で王城へと行儀見習いとして働きに行くよう命じられるのである。
というのも、一種の保険だ。見目のせいで結婚ができなかったときに、せめて職だけはあるようにとの配慮なのだが、それ即ち、良縁は叶わないという烙印を押されたようなものであった。
「先程話した、急用についてなのですが」
とはいえ、殆どの令嬢は十五歳になると行儀見習いを終え、社交界デビューを迎えるとどこかの令息と結婚する。
……のだけれど、ドロテアはその限りではなかった。社交界デビューは済ませたものの誰からも声はかからず、世間話でもと何人かの令息に話しかけることはしたが、暫くしたら皆顔を引き攣らせて去って行ったのだ。
流石にドロテアも、そこまで私の顔は酷いのかしら……とショックを受け、そのとき侍女として働かないかと声をかけてくれたロレンヌのもとで世話になっているというわけである。
「どうせまた、貴方の妹が何かやらかしたのでしょう?」
「はい。そのとおりでございます」
ロレンヌが薬を飲んだのを確認し、ほっと息を吐いたドロテアの表情は、なんとも言えないものだった。
前日行われた生誕祭は、聖女であるシェリーの誕生を祝うものだった。
聖女の誕生日には国を上げて生誕祭が行われる習わしになっており、そのとき来賓として訪れていた獣人国の姫を獣臭いと言って怒らせたのがドロテアの妹、シェリーその人である。
とはいえ、その場では事は大きくならなかったらしい。
騒がしい生誕祭で、シェリーの声がそれほど周りに通らなかったこと。シェリーの近くにいたのは侍女や騎士たちだけで、両親が口封じに成功したこと。
何より、獣人国の姫が『それはごめんなさいね?』と言って会場を後にしたことだ。
彼女の護衛が怒りを露わにしそうになったのを止めたのも、姫本人らしい。同盟国ということで、大事にしないほうが良いと思ったのだろう。できた姫である。
しかし話はそれで終わらなかった。獣人国の姫君からではなく、国王であるヴィンス・レザナードから、シェリーに対して先の件の謝罪をするよう通達が来たのである。
公爵家に来る前に父からこの一連の話を聞いていたドロテアは、これをロレンヌに説明したのだった。
「獣人国レザナードの国王といえば、確か狼の獣人で……一部で冷酷非道だと呼ばれていなかったかしら?」
──獣人国レザナード。王の名は、ヴィンス・レザナード。二十五歳の若さで王の座についたが、その実力は計り知れない。
レザナードは、様々な種類の獣人が住まう、非常に豊かな国だ。
確か、獣人は人よりも力が十倍は強いと言われており、強靭な肉体を持っているのだとか。
小国であるサフィール王国に敵が侵入してこないのは、ひとえに獣人たちが防衛を担ってくれているからに他ならない。
「はい。しかし同盟を破棄するだとか、突然戦争だとか言い出してこない辺り、噂もあてにならないかもしれませんが……。それに、非はこちらにありますし。とにかく、そういうわけで、私が代わりに謝罪に行くことになったのです」
「これで何度目の尻拭いかしら? まあ、個人的には、今回ばかりは貴方が行くのが正解だと思うけれど」
シェリーの性格の悪さは、貴族たちは皆知るところである。
それでも、聖女の称号の前では性格など些細なことであり、何か問題を起こしてもドロテアが尻拭いをしてきたことによって、問題視されたことはなかった。
「しかし、事を起こした本人が特別出向くほうが良いのでは?」
「普通ならばそうね。それに国内の貴族ならば聖女であるシェリー嬢に強く出られないし。けれど相手は他国。……で、貴方の妹の性格よ? まともに謝罪できずに余計に相手方を怒らせるだけ。それならばまだ代理としてドロテアが行くほうが勝算はあるというものよ。……ま、貴方が可哀想なのは事実だけれど」
クスクスと笑うロレンヌは、どうやら本気で可哀想と思っているわけではないらしい。
ドロテアがシェリーの尻拭いについて漏らすと、ロレンヌはたいていこうして笑うのだ。
「けれど大丈夫よ、ドロテアなら」
「ただの侍女には過大評価でございます。しかし、出来ることはやってみるつもりです」
ドロテアは一介の子爵令嬢で、ただの侍女だ。親からは愛されていないし、実家のお金を自由に使うことも許されていない。
侍女として勤めた五年分の給金は大半は趣味に使ってしまっていて、それほど蓄えはない。
正直やれることは少ないのである。
「しばらく暇をあげるから、頑張りなさいね」
「はい。三日後に発つつもりですので、おそらく十日は戻らないと思います」
「あら、直ぐに出発しないの?」
「相手方に許しを請い、それを受け入れてもらうために、出来るだけ準備をしなければと思いまして」
もちろん、誠心誠意謝罪することは大前提として。というか、まずはそれが第一なのだけれど。
(この三日間で、念入りに調べなければ。国王陛下と、姫君について)
獣人国については非常に詳しいドロテアだが、個人についての情報は少ないのである。
「なるほどね。獣人国が敵に回ってはサフィール国もただでは済みませんから、出来ることは私も協力するわ」
「ロレンヌ様……ありがとうございます」
そうして、ドロテアは三日間の準備の後、獣人国レザナードへ旅立った。
「十分足りるだろう!」と父から渡された獣人国までの交通費が全く足りず、自腹を切ることになった事実に、こんな簡単な計算も出来ないなんて……と嘆きながら。
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