19話 ディアナとのお茶会
「お義姉様、お兄様とのデート、どうでした?」
「ゴホゴホゴホッ!!」
ヴィンスとのデートから三日後のこと。休暇をもらっていたドロテアは、ディアナから誘われたお茶会に参加していた。
お茶会と言ってもドロテアとディアナ、互いのメイドがいるだけの、城内にある中庭で行われている小規模なものである。
因みに、中庭の囲いにも特殊な加工が施されており、城内に声が筒抜けになる心配はなかった。
ドロテアはゔ、うん! と咳払いをしてから、天使のような笑顔を向けてくれるディアナを見つめた。
「ええ、とても楽しかったです」
「特に? 特にどの辺りがですか!?」
「特に!? えっと……紙芝居や大道芸はもちろん、伝統的な茶器や──」
「そういうことではありませんわ!? お兄様とどんなふうにイチャイチャして楽しかったのかを聞きたいんですの! ハグは? キスはしましたか!?」
(ディアナ様、身も蓋もありませんわ……!!)
ここ数日で分かったのだが、どうやらディアナは恋愛の話にとても興味があるらしい。
ディアナの歳は十八。年頃なのでおかしな話ではないのだが、流石に今後身内になる人間に洗い浚い話せるほど、ドロテアのメンタルは強くはなかった。
「な、何もありませんでしたわ! 楽しくお話して、街を周っておしまいでしたので」
「そうなのですか? お兄様はお義姉様にゾッコンですから、キスの一つや二つはあったかと思ったのですが……」
(確かにありましたけどね……! 出発の直前に鼻を甘噛みされたし、ベンチに座っているときには頬にキスをされましたけども……!)
脳内で叫ぶだけに留めたドロテアは、ふぅと息を吐いて自身を落ち着かせて、出来るだけ冷静を装う。
すると、今日も今日とて謝罪の品で渡した帽子を被るディアナが、重たいため息をついた。
「それにしても、デート良いですわね……私もあの人と行きたいですわ……」
吸い込まれそうな大きな瞳を伏し目がちにしたディアナがポツリと呟く。
以前、廊下で話したときにはヴィンスが話しかけてきたのでディアナの話が逸れてしまったのだが、今ならば聞いても良いだろうか。
そんなふうに心配に思ったものの、ディアナがこちらをキラキラとした目で見てくること即ち、この話を広げても良いということだろうと察したドロテアは、「もしかして」と口火を切った。
「ディアナ様の好きな方って、ラビン様ですか?」
「そ、そうなのです……! お義姉様凄いですわ……! よくお分かりになりましたね……!」
「え、ええ」
(多分、城内で知らない者はいないと思うわ……)
帽子をいの一番に見せに行くこと然り、執務室に差し入れを持ってきてくれたときはじぃっとラビンのことを見つめていたり、単純に彼にだけ距離が近かったり。
(ディアナ様は知らないだろうけど、実は『姫様の恋応援し隊』なんていうのも存在するのよね……私も入ろうかしら)
……というのは一旦置いておくとして。つまり、ディアナはラビンとのデートに恋い焦がれているのだろう。
「お兄様と私とラビンは幼馴染みなんですが、私は昔からラビンのことが大好きで……。でも彼は私のことを妹のような扱いばかりをして、中々進展できなくて……お義姉様たちのようにデートをすれば距離が縮まるのかなぁ、なんて思ったり……」
「ごめんなさい、こんな話を……」と申し訳無さそうにするディアナに、ドロテアは首をブンブンと横に振った。
「いえ、お話してくれて大変嬉しいです。微力ながら、私で協力できることがあったらお手伝いいたしますから、何でも言ってくださいね」
「お義姉様優しい……!! 大好きです……!!」
ぶんぶんぶん。ディアナの黒い尻尾が興奮気味に右へ左へと揺れる。
(か、可愛い……! もふもふしたい……って、そうじゃない……!)
ドロテアは自身の欲求に内心で鞭を打ってから、何度目かの咳払いをした。
「ディアナ様、やはりここは思い切ってデートに誘ってみたらどうでしょう?」
「けど断られたら……」
「それはないと思います。ラビン様がディアナ様を見る目は大変お優しいですから」
「そ、そうですか……?」
ロレンヌの侍女をしていたとき、いかに主人が快適に過ごせるかを先読みするため、ドロテアはかなりの観察眼を手に入れていた。
もちろんその能力だけでラビンの本音までは分からないが、彼がディアナに対して何かしらの好意を持っていることには間違いないと思ったのだ。
ディアナは辺りに散らしていた視線を再びドロテアに向けると、「決めました!」と声を上げた。
「私!! 三日後に行われる星月祭りに、ラビンを誘ってみようと思います……!」
「星月祭りですか。良いですね」
「でしょう? あっ、ドロテア様、星月祭りの日の言い伝えってご存知ですか……?」
◇◇◇
「──で、ディアナのために、わざわざ休みの日に、しかもこんな夜更けにドロテアが働いていると」
夜も更けて来た頃、ドロテアはもう休むからとナッツを下がらせると、ヴィンスから執務室の鍵をもらっていたので、それを使って入室し、手元を照らす明かりをつけて仕事をしていた。
それも全てはディアナのため。というよりは、ディアナがデートに誘う相手──ラビンが、確実にデートの日に休めるよう仕事を進めておこうと思っていたのだけれど。
「はい……そういうことです……」
ほんの僅かな光が廊下に漏れていたのだろうか。
突然現れたヴィンスに、こんな時間に仕事をしている理由を聞かれたドロテアは、正直に事のあらましを打ち明けた。
王であるヴィンスに不審がられる行為だったことを反省したことと、ヴィンスほどの敏い人物ならばディアナの気持ちを確実に知っているだろうと思ったからである。
現にヴィンスはディアナの気持ちを知っており、説明は事なきを得た。
「……お前の優しいところは好きだが、こんな夜更けに一人で出歩くのはいただけないな。たとえ城内だったとしてもだ」
「……っ」
「しかもこんな薄着で」
ドロテアの服装といえば、夜着の薄手のワンピースに、シルク生地の桃色のガウンを羽織ったものだ。
まだ湯浴みを済ませていなかったヴィンスは黒色のジャケットを脱ぐと、それをドロテアの肩へぱさりと掛けた。
「着ていろ、風邪を引くぞ」
「あ、ありがとうございます」
「それと仕事はしなくて良い。明日ラビン自身にやらせる。ディアナのことをちらつかせれば、あいつはぶっ倒れてでも仕事を終わらせるだろ」
「えっ、それって……」
(つまり、そういうことよね?)
それなら私の出る幕はないわね、とドロテアは羽ペンを定位置に直すと、ヴィンスにこっちへ来いと言われたので、立ち上がって窓際にいるヴィンスの元へと歩いて行く。
そんなドロテアは、ヴィンスの隣にちょこんと突っ立つと、直接本人は見ずに窓に反射して見えるヴィンスの顔を眺めてみる。
相変わらず整った美しい顔をしているのに、ひょっこりと見えるフサフサの耳が可愛い。
久々に触りたいな……と思っていると、ヴィンスが窓越しに見えるドロテアを見てククッと喉を鳴らしてから、からかうような声色で問いかけた。
「耳、触るか?」
「えっ、良いのですか……!?」
「ああ、もちろん。ただし、一つだけ条件を呑んでくれないか?」
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